第6話 沙夜の日常

 次の日の午前中。

 母親も、流石に退院手続きは忘れていなかったようだ。病院から無事解放される。

 と言っても、私にとっては試練の始まりだ。知らない女の人と、知らない家で生活しないといけない。逃げ出したいけど、魂の抜け出し方も分からないから付いて行くしかないのよね。


 自分の身体を病院へ残したままというのも気が重い。


 思わずため息がこぼれ落ちた。


「はぁ? ため息付きたいのは私の方だよ。あんた、明日からちゃんと学校へ行きなよ」

「え、学校!?」


 これ以上、ミッション追加しないで欲しい。この子、学校に友達いないんだよ。居場所ないんだよ。

 だから、こんな事になったのに。


「行かなきゃ、駄目なの?」

「当たり前でしょ。学校には風邪って事にしてあるんだから。自殺未遂なんて知られたら、ああ、面倒くさい」


 面倒くさいって、あんたそれでも母親かっ。


 色々言ってやりたくなったけど、なんとか踏み留まった。これから一緒に生活するなら、波風立てるのは悪手だ。このまま放り出されたら、住むところが無くて困っちゃうからね。


 十七歳のJKって、なんて中途半端なんだろう。大人でも子どもでも無くて。

 一人前に扱って貰えないのに、甘えることも許されない。

 働くのも場所が限られるし、夜の街歩いていたら補導対象。


 なのに、なんで沙夜はあんなところに居たのか。それは、携帯の中身を探れば明白だった。


 援交して、稼いだお金でメンコンカフェで推しに貢ぐ。


 そして……何らかのトラブルに巻き込まれたようだ。


 こんな母親に育てられたら、そうなるよね。胸がぎゅっと締め付けられる。


 まあ、だからといって私の上に落ちて来て命を奪った事を、仕方なかったなんてあっさり割り切れるわけは無くて。

 言いようのない悔しさが沸々と腹で煮えたぎっているんだけどね。


 そういえば、クソ死神が言っていたわね。四十九日後にまた会おうって。その時、この身体で生きていくか、死ぬかを決めろと。


 死ぬなら……死ぬ前にやりたいことを全部やって、アイツラ直也と美羽に復讐してから死にたい。


 生きるなら……今度は色々なしがらみを振り切って、自由に生きていきたい。だから、速攻でアイツラに復讐して、沙夜の人間関係も全部縁切って、新しい生活を始められたらいいんだけどな。


 うん。決まりね。


 まずは復讐しよう!


 そのためには、ひとまず、母親のご機嫌をとっておかないといけない。今すぐ追い出されないために。


「分かった。迷惑かけてごめんなさい」

「……ふん」


 くっ、我慢、我慢。



 沙夜の自宅は2Kの古いアパートだった。

 ただでさえ狭いのに、至るところに物が転がっている。汚い。最悪。


「あたしは少し寝るから、あんた適当に片付けておいて」


 え、私が片付けるの!?

 病院帰りなんですけど。


 こんな時、ママだったら……ふとそう思って涙が出そうになる。

 失ってから気づく親のありがたみ……か。


 こんな扱いを受けている子もいるんだわ。

 それはどんなに心細くて、悲しい思いをしたことだろう。


 親は子どもを慈しんで育てるもんじゃ無いの? それができないのに、産んじゃ駄目だよね。

 そもそも、沙夜のこと、ちっとも心配してない。病院へ来た時だって、まるで死んだほうが良かったみたいな言い方をしていたし。


 やっぱり、この母親もどきは『もどき』を名乗る資格すら無いわ。親失格!


 それでも……子どもにとって捨てるのは難しいんだよね。

 親だから。

『親』って肩書一つで、悪魔だって特別な存在になってしまうんだ。

 

 まあ、沙夜さんがどう思っていたのかは……わからないけどね。



 さっさと自室へ入ってしまった母親もどき。私はため息を一つ吐いてから、手近なところを片付けた。


 一通り、生活できるくらいになったところで沙夜の部屋へ。

 狭いけれど、精一杯可愛く飾られた女の子らしい空間。

 それがあまりにもいじらしくて。


 沙夜って、いい子だな。


 ベッドの片隅には百均コスメ。

 

 そっか……一生懸命綺麗にして、推しに会いに行っていたんだね。


 これは彼女が生きていた証。


 初めて、沙夜を身近に感じた気がする。

 

 壁に掛けられた制服が目に入った。

 紺色ブレザーにグレー系のトラッドチェックのプリーツスカート。結構可愛いデザイン。

 うふふ。ちょっとテンション上がるわね。制服なんて、久しぶりでこそばゆい。

 学校は……県立の賀谷かや高校。成績で言えば中くらいかな。


 明日行くなら、少し情報収集しないとね。机の上の教科書やプリント類に一通り目を通すことにした。



 沙夜の母親は夜の仕事らしい。夕方出ていって明け方帰って来る。帰って来ると寝てしまう。


 だから、彼女は昼は学校へ行って、母親が仕事に出た後、夜の街を彷徨っていたらしい。


 家では邪険にされ、学校でも友達がいなくて。


 どんな気持ちで生きていたんだろうな……


 ずしりと胃が重くなった。


 いや、人の心配をしている場合じゃないわ。  

 私は私の心配をしなきゃ。


 とりあえず、明日は学校へ行ってみよう。

 二、三日大人しく通ったら、アイツラへの復讐計画開始よ。

 

 

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