12 完全に最弱ムーブ

 姉貴が帰ってきたので、「不起訴ってことは罪に問われないってこと?」と尋ねると、「証拠が不十分とかそういうことじゃない?」という返事が返ってきた。


「なんだ、ゴルゴンの首が不起訴になった話か?」


「うん。僕には警察のこととか司法のこととか、よくわかんないんだけど……ボヤイターで新しいアカウントつくるとかして攻撃してきたらまずいなって。いま僕がマズったら、ネココちゃんとか僕のあとに出てきた悲鳴系に迷惑がかかるから」


「あんたは優しいねえ……悲鳴系なんてネココ含めあんたのパクリだよ? 強くなろうって気持ちもないしダンジョン学を進展させようって思わない連中だよ? あんたは強くなってダンジョン学進展させたいんでしょ? 根本的に違うよ」


「そうかな。僕は確かに強くなりたいし、ダンジョン学が進めば治せる病気や防げる災害もあるかもしれないけど、なにより楽しいからダンジョンに潜ってるんだよ」


 それが正直な気持ちであった。


 ボヤイターに、「髪切ってきました 人生初の美容院でした」と自撮りをUPする。

 たいへんサッパリして嬉しい。千円カットとはぜんっぜん違う、サラサラだ。


 ネココちゃんはちゃんと美容院に通って髪の手入れをしているわけで、自分を「最底辺」とは言ったもののセルフネグレクトには至っていない。

 だからまだなんとかする道はあるはずだ。事務所というのがどんなものか知らないが、事務所にピンハネされずにもっとネココちゃんがネココちゃんらしく生きる方法だってあるはずだと僕は思う。

 話していたこともなんだかおかしかった。本当はモデルになりたかった、と言っていたはずだ。


 僕はきょうネココちゃんが話していたことを、姉貴にぜんぶ話した。

 姉貴は難しい顔をした。


「ネココが所属してる事務所、メルティタスクっていうとこだけど、ゴルゴンの首が所属してるし、急に増えた悲鳴系ダンジョン配信者も何人か所属してて、正直かなーりヤバいところっぽいんだよね」


「姉貴詳しいね」


「ダンジョンオタクだからね……とにかく大手クランが所属する事務所とはちょっと方向性が違うんだ。なんていうか……そういうところに週刊誌が深掘りしてくれればいいんだけど、週刊誌の読者はそういう業界の闇! みたいなのより熱愛! とか不倫! みたいなのを好むわけで」


「なるほど……」


「だからいまのところ打つ手なし。ライヴダンジョン社もいずれ動くと思うけど」


 そうなのか。

 僕は、なんとかしてネココちゃんを救い出すぞ、と決意して、次の日ダンジョンに向かった。その翌日は姉貴の怒涛の連勤が明ける休日なので、なにかでっかい戦果を持ち帰って、おいしいすき焼きを食べたい。

 いままでの稼ぎで、銃とナイフの装備を更新した。ナイフはちょっと高かったがきちんとしたものを買った。

 よし。

 僕はダンジョンに踏み入った。


 ◇◇◇◇


 111 名無しさん

 きょうもいい悲鳴でしたわ……


 112 名無しさん

 ファイアグリズリーの思わぬ反撃に遭って逃げ出すの、完全に最弱ムーブかましてて笑っちゃった


 113 名無しさん

 結局あのファイアグリズリーはどうなったんだ? 手負いの魔物はヤバくない?


 114 名無しさん

 後から別の配信者がやっつけたっぽい


 115 名無しさん

 これだな(URL貼り付け)


 116 名無しさん

 ありがとー! 後で見てみる


 117 名無しさん

 蓮太郎、相変わらずの最弱ぶりでたいへんよろしい


 118 名無しさん

 まあ蓮太郎以降に出てきた連中の大半がろくに鍛えもしないで悲鳴で稼ごうってやつらだからね……そもそも強さのランキングに入ってないんよ


 119 名無しさん

 そこをいくと最近真面目にレベリングしてるネココはえらい


 120 名無しさん

 やっぱりメルティタスクに闇を感じるわね


 ◇◇◇◇


 結局、姉貴の休日の前日はろくな異星由来素材の稼ぎがなく、休みの日に配信収益を崩して二人でおいしいすき焼きを食べに行こうと提案したら、「それはあんたのために使え」と言われて、ちょっと豪華なラーメンをすすりにいくだけにしておいた。チャーシューマシマシというのはこんなに幸せなものなのか。

 チャーシューマシマシのラーメンで満足できるとは僕もなかなか安い男であるが、まあラーメンといっても一杯1500円はお昼ご飯にホイっと出せるかというとかなり悩む額だ。18歳だぞ、僕は。

 次回こそソロで大きめの戦果を上げたい。もう第一層のモンスターならたいていの相手と渡り合えるはずだ。


 ダンジョンは楽しい、戦って強くなって、異星由来素材を手に入れて、武器を更新して……という、楽しい毎日がそこにはある。

 ただ儲けるために悲鳴を上げるのはいいことだとは思わない。ちゃんと自分に向き合って強くならなくては。


 そうこうするうちに季節は巡り、もう7月だ。昔、夏の東京は死ぬほど暑かったそうだが、いまは異星由来素材のテクノロジーで気温上昇を抑えているので半袖が快適な温度である。異星由来素材、やべー。

 姉貴は相変わらず「それ、労働基準監督署に行ったほうがよくない?」という調子で働いているし、ネココちゃんは悲鳴を上げつつもコツコツやっている。金のリンゴ組も鯨座旅団も変わらず毎日配信をしている。ゴルゴンの首が沈黙しているのが気がかりだ。

 それにしても夏というのはワクワクする。ネココちゃんと海に行きたいなあ、などとカードを見てぼーっと考える。

 そう思っているとスマホに通知がきた。何事かと思いきやえねっちけーからのメールであった。恐る恐る開く。(つづく)

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2024年11月22日 07:05
2024年11月23日 07:05
2024年11月24日 07:05

新人ダンジョン配信者、悲鳴をあげながら逃げる様子が大手の配信に映り込んでバズってしまう 〜悲鳴を聞きたいって言われても困るよ!!〜 金澤流都 @kanezya

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