前のエピソード――１０　デジタルタトゥー

　ネココちゃんはなにやら髪をいじられながら、美容師さんと楽しそうに話している。コミュ強だ。

　僕のほうは焦げた前髪と伸びた後ろ髪をカットしてもらうことにして、あとは美容師さんにお任せすることにした。カラーを勧められたが断った。

　ネココちゃん、カラコン入れないでナチュラルメイクだとこういう顔してるんだな……と、美容師さんが離れた瞬間ちらっと見た。シンプルな顔も悪くない、というかこっちのほうがかわいい。ふだんは顔の情報量が多すぎる。

　美容師さんがネココちゃんに話しかけた。

「ダンジョン配信でなんか今悲鳴系が話題じゃないですか。配信ときどきアーカイブで観てます」

「んーん、モデルになりたかったのに事務所にやらされてるだけだからー、話題になってもあんまし嬉しくないんだー」

　ふつうにしゃべるとこういう口調なのか、ネココちゃん。

　そしてモデルになるつもりが事務所にダンジョン配信者をやらされているというのは初めて聞いたぞ。

「まあモデルやるには背丈足りないんだけどねー。ダンジョン配信してもー、事務所にごっそりピンハネされてるしー、結局は悲鳴系なんてダンジョン学にも貢献できないしー、社会の最底辺なんだよー」

　ネココちゃんの語ることはあまりに希望のない話だった。事務所にピンハネされているのは知っていたが、自分を社会の最底辺だというのはあんまりではないか。

「ネココちゃんは、最底辺なんかじゃない！」

「……蓮太郎さん！？」

　ネココちゃんは猫みたいに目をぎゅっと細めた。鏡の前のメガネ立てにメガネが入っているところを見ると、いつものカラコンは度入りらしい。

「社会の最底辺は、ちゃんと美容院で髪を整えようとか、カラコン入れようとか、そういうことを思わない！」

「……ふふっ。蓮太郎さん、面白いねー」

　おもしれー男扱いされてしまった。僕はカットだけなのですぐ終わり、その少し後にネココちゃんのヘアカラーも終わり、ブローして完成したようだ。ちょうど僕が会計しているときに出てきた。

　ツインテールでなく下ろした髪もかわいい。

　◇◇◇◇

　１０１　名無しさん

　おいお前らこの記事読んだか（週刊誌のＷｅｂサイトのＵＲＬ貼り付け）

　１０２　名無しさん

　読んだ。でも目立つ見出しで嘘か本当かわからん適当なこと書いて閲覧数増やすやつでは

　１０３　名無しさん

　そーゆーのは相手にしないのが上策

　１０４　名無しさん

　それはそれとして蓮太郎がちゃんと美容院行っててよかった　いままでどう見ても千円カットの髪型だったから……美容院行きなって投げ銭したんだよね

　１０５　名無しさん

　だいたい美容院でデートするバカがどこにいるんだ　その時点で大草原だよ

　１０６　名無しさん

　蓮太郎、結局ネココとくっつくの？　やだやだ義堂先生とらぶらぶしてほしい

　１０７　名無しさん

　義堂先生は既婚者だから営業でもそういうのまずいんだと思うよ

　１０８　名無しさん

　でもネココも被害者だからなあ　あまり一方的に悪口言えないよな

　１０９　名無しさん

　ネココとかゴルゴンの首の事務所、「メルティタスク」ってところらしいんだけど、ちょっと調べたらひたすらブラックらしくておののいてる

　１１０　名無しさん

　週刊誌にはこっちのほう深掘りしてほしいよな……

　◇◇◇◇

　アパートに帰ってきて、姉貴からメッセージが来ていることに気づいた。見てみると「これどゆこと？」とニュースサイトのリンクが貼られていた。

　どれどれ。見てみるとそれは週刊誌のＷｅｂ版の記事のようで、「話題の悲鳴系ダンジョン配信者、蓮太郎（１８）とネココちゃん（２０）、美容院で熱愛デートか！？」という記事であった。

「ぎょわ！？」

　思わず変な悲鳴が出たが、どうやら隣の部屋の赤ちゃんはママとお出かけしているらしい。壁をドンドンされることはなかった。

　記事の内容を確認する。実に適当な、９割が憶測の記事であった。

　こういう記事を書かれるほど注目されているとは思っていなかった。例えるなら石の裏の虫が石をひっくり返されたみたいな気分だ。

　それに悲鳴系ダンジョン配信者、という言葉がすっかり市民権を得ている現状はよろしくないのではないか、と僕は思う。いや嚆矢の僕が言うことではないのだが。

　姉貴には「たまたま美容院でネココちゃんと出くわしただけ　内容は９割がでっち上げ」と返信した。

　数秒して「まあ美容院でデートするやつおらんわな」という当たり前すぎる返信が来た。

　ボヤイターを開くと、「あれは飛ばし記事だから見なくておっけー」とか、「ちょっと共闘しただけで関係を疑われるダンジョン配信者って大変だな」みたいな内容のポストをいっぱい見かけた。ネココちゃんは事務所の公式をリポストして、「蓮太郎さんと付き合ってるっていうのは事実無根だにゃ　真に受けないでほしいにゃ」と書いている。僕も「一部週刊誌の報道は事実無根です」とポストしておいた。

　こういうとき事務所がバックにいればサポートしてもらえるのかな。別に名誉毀損とかではないから訴えたりはしないのだろうけれど。

　しかし一部の変な人たちが、ネココちゃんに「もうお前の配信観ない」とか「見損なった」とか言っている。これはまずい、非常にまずい。

　僕のせいでネココちゃんが困るのは困る。なにかいい手はないだろうか。うんうん唸って考えたものの、なんにも答えなんか出てこなかった。

　なんにも答えが出ないな……と思っていたら、スマホにえねっちけーニュース防災アプリからの通知がきた。

「ダンジョン配信クラン『ゴルゴンの首』メンバー、全員不起訴処分」

　これはつまり、ゴルゴンの首はまた娑婆に戻ってくる、ということではないか。ダンジョンでの迷惑行為はもちろん２度とできないが、ボヤイターで捨て垢を作って攻撃してくる可能性はある。僕はネココちゃんも含め、なにか対策を考えることにした。（つづく）