10 デジタルタトゥー

 マツリさんが僕のほうをちらっと見る。僕は頷く。もちろん「やっちまいましょう」の意味だ。

 僕は岩の影から銃を構えた。僕を見失い、ぼっぼっと炎と煙を吐いているファイアグリズリーに散弾をお見舞いする。


「がああああーっ!!」


 ファイアグリズリーは散弾の目潰しを喰らって暴れている。いまだ! スコップを担いで飛び出そうとすると、マツリさんが援護射撃でファイアグリズリーの脚を撃った。見事な命中ぶりで、ファイアグリズリーはすっ転んでビタンビタンしている。


「うあーっ!!!!」


 自分を励ますべく叫びながら飛び出し、スコップを振りあげる。これは悲鳴ではない、雄叫びだ。だから悲鳴を聴きたくて観ている人にはつまらないかもしれない、でも僕は強くなりたい。

 ファイアグリズリーの頭を思い切りスコップでぶん殴る。ファイアグリズリーは沈黙した。マツリさんたち金のリンゴ組がぞろぞろと取り囲み、長物でつついて「まだ生きてるな」という。


「トドメ刺してみ」


 マツリさんにイカついナイフを渡された。


 ごくり、と息を呑み、イカついナイフをファイアグリズリーの首に突き立てる。ダンジョンに出る魔物はいわば宇宙生物なので血糊が飛んだりはしない。

 ファイアグリズリーの口の中で、ぼふ、と火が爆ぜた。熱気が上がってきて前髪がちょっと焦げた。ビックリして思わず「あばぁ!」と叫んでしまう。


『あばぁw』


『あばぁは草 でもいい悲鳴』


『蓮太郎頑張りました! 美容院代投げ銭するから焦げた前髪切ろうね』


 けっこうな額の投げ銭ののち、ライヴダンジョンのアプリ内通知で「レベルが5に上昇しました」と表示された。レベル5ならばネココちゃんと並んだぞ。レベル4を経ずにレベル5になったのにはビックリだ。

 これくらいのレベルであれば第一層はソロでなんとかなる。もうちょっと頑張れば第二層にも行ける。

 これでもう弱っちい悲鳴配信者は卒業だ! そう思いながら、金のリンゴ組の皆さんに頭をさげる。


「気にしない気にしない。ダンジョンは助け合いだよ」


 マツリさんが陽気にそう言う。こちらはなんにも助けていないのだが……と思ったら、どうやら以前金属スライムの大群を連れてきたとき、居合わせた配信者は全員大量の経験値と大量の異星由来素材を手にしたらしい。

 トドメを刺したのは僕ということで、ファイアグリズリーの異星由来素材は僕がもらうことになった。ダンジョンを出て、「これからもよろしくお願いします! 高評価もらえたら嬉しいです! それでは!」と、視聴者と金のリンゴ組の皆さんに挨拶し、配信を切る。


 ◇◇◇◇


 91 名無しさん

 きょうは胸熱だったな


 92 名無しさん

 意外と雄叫びもイケることが判明


 93 名無しさん

 あばぁ!(デジタルタトゥー)


 94 名無しさん

 あばぁww


 95 名無しさん

 金のリンゴ組の公式切り抜きでガッツリあばぁ! に字幕入ってて大草原不可避でしたわ……


 96 名無しさん

 蓮太郎、これでネココのレベルに並んだ?


 97 名無しさん

 残念ながらネココ、きょうの配信でレベル上がって6になってた 頑張ってスライム倒したもんね……


 98 名無しさん

 蓮太郎は……相変わらずのげきよわ配信者……ってコト……!?


 99 名無しさん

 だれかパーティ組んでやってほしいけどここ1週間で増えた悲鳴系とは馴れ合いになってほしくないな……


 100 名無しさん

 蓮太郎は頑張ってるよな 悲鳴がよすぎるだけで


 ◇◇◇◇


「あばぁ!?」


 姉貴とおいしいカニを食べたあと、カニくさい手でスマホをいじってみたら、ネココちゃんがボヤイターでレベル6になったことを報告していた。ぬか喜びにもほどがあった。ネココちゃんを守れる男、せめて対等になりたかったのに。

 そして本日2度目の「あばぁ」で、また壁を叩かれた。赤ちゃんの泣き声が響く。すみません……。


「すごいね蓮太郎、でも姉貴においしいもん食わせるだけじゃなくて武器防具ちゃんと買いなよ」


「うん! でも装備ってけっこう高くてさ」


「ライヴダンジョン社の公式で作ってる武器防具なら投げ銭から手数料引かれないで買えるでしょ?」


「うーむ。確かにそうだね、なに装備すればいいのかな」


「あんたは間合いをとれる武器がいいと思うよ。そのほうが悲鳴が活きると思う」


 なるほど……。姉貴の意見が有識者すぎる。


「接近戦用のナイフもいちおう用意しときな。きょうマツリさんに貸してもらってたみたいなやつ。高いだろうけどスコップだけじゃ殺傷力に欠ける」


「わかった。でも姉貴さ、仕事中に僕の配信観ててエライ人に見つかったらめちゃめちゃ叱られるんじゃないの?」


「あー……まあ将棋のタイトル戦観ながら仕事してる人もいる職場だからね」


 フリーダムな職場だな……。でもなんだか将棋のタイトル戦というのがとってつけたようで怪しいが、姉貴は問い詰めても絶対吐かないので諦めた。

 カニはたいへんおいしかった。カニはむかなくてはならないのでちょっと無口になっちゃうのが残念だが、とても満足した。カニ味噌の味も覚えた。次は和牛のすき焼きにしよう。

 ボヤイターでいい美容院はないか教えてください、とポストして、次の日は休業にして美容院に行くことにした。


 次の朝ボヤイターを確認すると、オススメされた美容院はだいたいガチでオシャレなところだった。いままで千円カットで済ませていたのでどこも怖いのだが、いちばん安そうなところに行ってみる。すると入ってすぐ通された席の隣に、ネココちゃんが座っていた。(つづく)

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