9 強くなりたい

 姉貴は明らかにコーフンした顔をして、アパートで近所迷惑にならないギリギリの音量で言った。


「あの女に変なことされてないだろうな!?」


 あの女ってだれだ、ああネココちゃんか。


「なんで姉貴さ、会社勤めしてるのに僕の配信観てるわけ」


「ウグッ。そりゃパソコンで小さめにライヴダンジョン開いて……とにかくあの女に変なことされてないだろうな?」


「なんにもないよ。ハタチの喫煙者なのにはビックリしたけど」


「あの女、ヤニ吸うのか」


 姉貴、言い方。

 とにかく姉貴はハニトラかもしれないからあんまり近づくな、という。そう言われてももうカードも交換してボヤイターも相互フォローだし……という感じだ。


「色仕掛けしてきたら逃げるからさ」


「いーや。あんたのことだから簡単に騙されてホテルでご休憩することになるぞ」


 僕をなんだと思ってるんだ姉貴。僕はそこまで脳みそ下半身じゃないぞ。

 しかしネココちゃんとカードを交換したのが嬉しくてずっと見ていたのは事実なので、ちょっと姉貴に言い返すのは控えて、とりあえず気をつけよう……と自戒する。


 姉貴は納得したらしくテレビをつけて、今週の「ダンジョンフォーカス」を観はじめた。

 この「ダンジョンフォーカス」というえねっちけーEテレの番組は、タイトルそのままダンジョン配信のトレンドやダンジョン学で得られた知見、ダンジョンで役立つ技術などが紹介される30分番組だ。トレンドと役立つ技術のくだりはたいへん楽しみなのだが、正直ダンジョン学で得られた知見のコーナーは難しくて観ていないことが多い。

 引退した有名なダンジョン配信者、梶井錦之助が司会者で、ダンジョン学の大学を出た知性派のお笑い芸人、ツンドラ高山も司会者である。


 きょうのトレンドは「悲鳴」であった。どうやら僕が配信を始めてから、ぼつぼつと悲鳴を売りにしたダンジョン配信者が出てきているようだ。

 それは単に「弱くても配信の収益で稼げる」という点でダンジョン配信者になった連中もいるらしく、ツンドラ高山が「それってあかんのとちゃいますか」と梶井錦之助に訊く。


「安易にダンジョンに入るのはよくないことですけど、鍛えて強くなろうと希望を持っているならいいことだと思いますよ」とのことだった。

 そうなのだ、僕は強くなってカッチョイイ武技を覚え、強い魔物をばたばた倒したいのだ。断固、悲鳴で儲けようなどとは思っていない。


 知見のコーナーはスライムからとれる異星由来素材がヤケドの治療に役立つ可能性がある、というようなことを言っていた。役立つ技術は義堂さんが講師をしていて、ツンドラ高山を軽々と投げ飛ばしていた。だから義堂さんは一部で「義堂先生」と呼ばれている。

 今週も面白かった。姉貴はお惣菜のアジフライをモグモグしながら、「義堂先生かっちょいー」と幸せそうにしている。


 ◇◇◇◇


 81 名無しさん

 ダンジョンフォーカスみたか 悲鳴が特集されてたぞ


 82 名無しさん

 観た、でも義堂先生がツンドラ高山をぶん投げたのに爆笑して悲鳴のとこは録画でもっぺん観た


 83 名無しさん

 義堂先生、ダンジョンシロウト相手でも容赦なくてしゅき


 84 名無しさん

 悲鳴のコーナーで元祖悲鳴の蓮太郎じゃなくて、蓮太郎以後ボコボコ増えた悲鳴系配信者ばっかり取り上げられてたのはちょっとモニョった


 85 名無しさん

 雨後の筍を観測した気分 そしてその多くは竹になんか成長しないのだ


 86 名無しさん

 蓮太郎、ダンジョンで義堂先生に武技教わってたのをみると強くなりたいという気持ちがあるんだよな


 87 名無しさん

 蓮太郎だって悲鳴でバズりたいとは思ってなかったでしょ


 88 名無しさん

 ネココと話してて「楽しそうだからダンジョン配信者になった」って言ってたしな 楽しくダンジョンに潜るのは強くなることだ


 89 名無しさん

 このスレの住民、ネココから「ちゃん」が取れてるの草


 90 名無しさん

 89、お前も「ちゃん」が取れてるぞ 大草原


 ◇◇◇◇


 さてその翌日。

 僕はいつも通りの装備で雷門ゲートに向かった。よし、ダンジョンフォーカスで観た武技を試してみよう。


「いつも通りレベリングのために小さめのモンスター倒していきまーす」


 そんなことを言いつつ、ダンジョンを戻れる程度に進むことにした。向こうからスライムが現れたので、ダンジョンフォーカスで観た武技を試してみる。スライムを捕獲してぶん投げると、スライムは「ぴぎい」と言って爆発四散した。


「僕、ホントは強くなりたいんですよね」


 そう呟くと手首のデバイスに、『素晴らしい志だ……』『がんばれ蓮太郎』とチャットが流れてくる。

 悲鳴は一つのきっかけであって、もしかしたらみんな純粋に応援してくれているのかもしれない。


 そう思っていたら茂みから大きいモンスターが現れた。こいつはファイアグリズリーだ!

 ファイアグリズリーは第一層最強の魔物である。いまの僕では敵わない、というか第一層の配信者ならパーティを組んで倒す相手だ。

 地上のグリズリーと違い、こいつはマレーグマみたいにのどかな生き物なので、致命傷を負わせるほどの攻撃手段はなく、簡単に殺されるわけではないが、ソロでこいつを討伐できるのは相当なレベルではあるまいか。


「いったん少し逃げまーす……」


 そろりそろりと下がる、足元の石ころに気づかず見事にすっ転ぶ。


「グオオオオオン!!!!」


「うわあああああ!!!!」


『待ってました!』


『とにかく逃げよう! それはそれとして悲鳴がいい!!』


 僕はなんとか起き上がってファイアグリズリーと距離をとる。大岩の影に隠れて様子を見る。ファイアグリズリーは口からボッ! と炎と煙を上げた。


 どうする蓮太郎。やるか、やるしかないのか。大岩からちらっと見ると、金のリンゴ組が深層から引き上げてくる途中で、ファイアグリズリーと僕に気づいたようだった。(つづく)

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