8 破滅する
ネココちゃんは可愛い。金髪とピンクのグラデーションのツインテールが、ちょっと動くだけでぽよぽよ揺れる。僕は完璧にネココちゃんに興味を奪われていた。
ネココちゃんの持っている武器は、小さなピストル一丁である。これでダンジョンを探索して大丈夫だとはとてもとても思えない。しかも試しにスライムに向けて撃ってみて、と言うと、反動がひどくてろくに当たらなかった。
まだ僕のほうがマシかもしれない。僕はダンジョンで僕より弱い人間を初めて見て増長していた。
「いまレベルいくつ?」
「5だにゃ」
前言撤回。ネココちゃんは僕より2つもレベルが上であった。
となるとスライム相手に歯が立たないというのは武器が合っていないか、そもそもダンジョンに向いてないかのどちらかだ。
「ネココちゃんはなんでダンジョン配信者になったの?」
「みんなの地球を救うためにゃ!」
「お、おう……」
キャラ作りを通り越してこれはもうロールプレイではあるまいか。昔流行った、なんとか星から来た女性タレントを思い出す。
「逆に蓮太郎さんはなんでダンジョン配信者になったにゃ?」
「姉貴に楽させるためかな、いや楽しそうだからというのが大きいな」
ネココちゃんはカラコンを入れた大きな目を伏せた。物思いにふける顔もまたかわいい。
「すごくうらや……にゃん! なんにも言ってないにゃ!」
「お、おう……」
僕は本当に、「楽しそうだからダンジョン配信者になった」という人間である。高校3年の秋から、卒業後ダンジョン配信者の免許を手に入れるべくきっちりと勉強し、先生たちに「期待の星」とあだ名されていた。まあそれは単に、他の生徒がダンジョン配信すらお話にならないようなヤンキーばかりだったというのもあるのだが……。
「蓮太郎さん、きょう一緒に探索しないかにゃ? カードも交換したいにゃ」
「いいよ! すごくいいよ!」
カードというのは連絡先やSNSの情報や一言コメントを書いた電子名刺である。僕は生まれて初めて、マトモな女の子の連絡先を手に入れて、有頂天であった。
◇◇◇◇
71 名無しさん
これハニトラじゃないの?
72 名無しさん
その可能性は大いにあると思う
73 名無しさん
ネズミーランドの新アトラクションかな? 黄色いクマさんのハニートラップ! みたいな
74 名無しさん
そういうのどかなもんだったらいいんだけどね……
75 名無しさん
これハニトラかましたとしてネココはダンジョンから追放されるん?
76 名無しさん
ライヴダンジョンの規約見てきたけどハニトラへの言及はなかった。だからむしろ美人局的なやつだったら蓮太郎が破滅する
77 名無しさん
蓮太郎逃げてええええええ
78 名無しさん
まあハニトラと決まったわけじゃない、動向を注視していこう
79 名無しさん
でもネココ、ゴルゴンの首と同じ事務所やぞ
80 名無しさん
逆にゴルゴンの首も事務所に強制されて迷惑系やってた可能性も濃厚じゃないか?
◇◇◇◇
生まれて初めてまともな女の子の連絡先を手に入れ、スライムや大コウモリをやっつけてそこそこ素材を手に入れた。ネココちゃんと山分けして、ダンジョンを出ることにした。
「きょうのネココの配信はここまでにゃ! チャンネル登録と高評価、アーカイブの閲覧もよろしくにゃ! ぐっばいにゃん!」
ネココちゃんは可愛い声で可愛いポーズを決め、自律ドローンの電源を切った。僕もそういうお決まりの挨拶とかってやったほうがいいのかな。姉貴と相談して決めよう。
「そんじゃきょうはここまでにしまーす。次も観てくださいねー」
自律ドローンの電源を切った。ふと顔を上げると、ダンジョンのロッカーに拳銃を預けて、ネココちゃんは思いっきりメンソールのタバコを吸っていた。
「ダメだよ未成年がタバコなんか吸っちゃ!」
「だってネココ、ハタチだにゃん」
「そうなの!?」
僕より2つも年上だった。どういうことだ。
ネココちゃんは実用的な範囲で可愛いネイルをした指でタバコをつまみ、換金した戦果を確認している。
「この4割が事務所のぶんだから……きょうもパンの耳たべるにゃ……」
「えっ、事務所に所属してるとそんなにお金とられるの?」
「そうにゃ。でもそのかわり武器防具とか配信機材代は出してもらえるにゃ」
「じゃあもっとちゃんとしたもの装備しないと! そんな薄い装備じゃ怪我しちゃうよ!」
「そうにゃ? 事務所の先輩のおにーさんたちに、これくらいの装備をしてれば第一層なら大丈夫って言われたにゃ」
先輩のおにーさんたち、ネココちゃんを殺す気か。
とにかくネココちゃんとバイバイして、夕飯の買い出しをしてアパートに戻る。とりあえずふつうに暮らすぶんには充分な額だ。ネココちゃんの場合美容院代やネイル代がかかるのだろう。あとタバコ代。
4月のアパートの部屋はほんのり暖かい。僕はスマホのライヴダンジョンアプリを開き、交換したカードのリストをニヤニヤ見た。まあネココちゃんの1枚しかないのだが……。
さっそくボヤイターのほうをフォローしてみる。ずいぶん綺麗な部屋で清潔に暮らしているようだ。生活感がなさすぎて怖い。
そうやっているとずいぶん早い時間に姉貴が血相を変えて帰ってきた。なにごとだ。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます