7 2匹目のドジョウ

 スーパーに買い物にきて、僕はどうもチラチラチラチラ見られているような気がしていた。

 自意識過剰なだけだよな、と眉をあげて、夕飯の買い出しのついでに食玩のコーナーを覗く。最近の食玩はとても出来がいい。ニチアサの合体ロボットの食玩を買うべきか悩んでいると、小さな子供が僕に向かって大声を出した。


「ママー! ダンジョンのひとがオモチャみてるー!」


「うぇ!?」


「こら! 指ささない! すみません!!」


 お母さんらしいひとがぺこぺこ謝ってくる。いやいやとこちらが頭を下げる。


「いろいろとニュースに出ていたりするもんですから、お子さんに認知されてても仕方ないです」


「本当にすみません、うちの子供ダンジョン配信が好きで……」


「悪い影響にならないように頑張りますね」


 ぺこぺこするお母さんに頭を下げ、どうやらこの視線は自意識過剰でないらしいな、と把握する。

 買い物を終わらせてアパートに戻る。ひとり侘しく、レンチンのチーズハンバーグをチンして食べる。それなりにうまい。もぐもぐ。

 姉貴は「会社員」とは言っているが、いったいどんな会社に勤めているのかわからない。地上波をしばらくザッピングしたあと、ライヴダンジョンをテレビで起動し、ダンジョン配信を眺めることにした。


 新人配信者、の項目を見ると、デビューしたばっかりのダンジョン配信者が並んでいる。僕はバズってしまったのでこのコーナーから消えた。ちょっと残念だ。


「【悲鳴ASMR】新人配信者ネココちゃんがキュートな悲鳴をあげるだけ♡」というのを見つけて、どれどれ、と見てみる。


『にゃああああん!!!!』


 猫耳型感覚拡張デバイスをつけた、僕と変わらないくらいの女の子が、スライムから逃げ回る動画だった。配信者の名前はネココちゃんというらしく、髪を金髪からピンクのグラデーションにしている。逃げるたびにツインテールにした髪がヒョコヒョコ揺れてかわいい。

 でも僕の動画の視聴者が言うような「悲鳴がいい」というのはよくわからない。うーん。僕にはサドっ気というものがないんだなあ。

 ネココちゃんの動画には「ネココちゃんくんかくんか」「ネココちゃんなめなめ」となにやらアレなコメントがドンドコついている。大丈夫なのか、これ……?


 気がついたらゆっくり10時を回っていた。寝た方がいいな。食器を片付けて布団をひいていると姉貴が帰ってきた。


「ただいまあ……」


「おかえりー。冷蔵庫にレンチンのハンバーグ入ってるよ」


「お前はできる弟だなあ……まああんたは寝なさい。姉貴は勝手に食べて勝手に寝ます」


「あーい。おやすみー」


 ◇◇◇◇


 61 名無しさん

 さっそく蓮太郎のマネして2匹目のドジョウ狙ってくる配信者出たぞ(ネココちゃんチャンネルのURL貼り付け)


 62 名無しさん

 観たけど蓮太郎とはあきらかに客層が違う感じだなあ 少なくともわたしはときめかなかった


 63 名無しさん

 ときめかないって62さあ、片付け術の本じゃないんだから


 64 名無しさん

 あきらかなお色気路線だよね 蓮太郎は悲鳴でバズったけど安易に初心者をダンジョンに突っ込んではいけない


 65 名無しさん

 このネココちゃんって配信者、どうやらゴルゴンの首と同じ事務所所属の配信者ぽいぞ


 66 名無しさん

 ブラック案件じゃん!!!!


 67 名無しさん

 ネココちゃんカワイソス


 68 名無しさん

 たぶん事務所の方針で蓮太郎を狙わされたゴルゴンの首といい、2匹目のドジョウでダンジョンに突っ込まれたネココちゃんといい、ダンジョン配信事務所の闇深すぎんか


 69 名無しさん

 蓮太郎は事務所所属じゃないから味方もいないけど事務所に酷い目に遭わされることもないんだな


 70 名無しさん

 その意味では蓮太郎はソロでうまくやってるよな 事務所にピンハネされることもないし


 ◇◇◇◇


 朝起きてくると姉貴がテレビを見ていた。えねっちけーのニュースのようだ。


「見ろ蓮太郎。ゴルゴンの首がダンジョン入れなくなってキレて暴行事件起こしやがった」


「うぼぁ!?」


 壁をドンドンされる。赤ちゃんの泣き声が響く。すんません……。

 しょっ引かれていくゴルゴンの首メンバーは、みなパーカーのフードをかぶってうつむいている。ダンジョン入り口で資格剥奪で止められて、それでキレて暴れたのだそうだ。もちろん警察沙汰になったようだ。実名も出ている。

 これからもライヴダンジョン社は迷惑系配信者を取り締まっていくらしい。これで安心してダンジョンに潜れるぞ!


 念の為入り口を予告せず、僕にとって幸運の象徴である雷門ゲートからダンジョンに入る。

 ダンジョンに入るなり、向こうからスライムに追いかけられた露出多めの女の子が走ってきた。なんだなんだ、スコップを構えてスライムをずがんとやっつける。義堂さんに教わった体術がうまくいった。上出来。


「大丈夫? スライムはやっつけたよ」


「だいじょぶにゃん……」


 女の子はよろりと立ち上がった。戦闘用の装備はろくに身につけておらず、ダンジョン配信者というよりは企業の公式コスプレイヤーとかグラビアモデルとかそんな感じだ。若干胸が寂しいが。


「……もしかして、ネココちゃん……?」


「にゃっ!? ネココのこと知ってるにゃ!? はわわ、もしかして蓮太郎さんにゃ!?」


 まさかこんなに早く出くわすとは。手首のスマートデバイスを見ると、チャットが大変盛り上がっていた。


『まさかの邂逅!!』


『いい悲鳴といい悲鳴が出会ったからきょうからきょうは悲鳴記念日』


 どういうこっちゃ……とにかくこの出会いは、きっとなにかの始まりだと僕は思った、それくらいネココちゃんは可愛かった。(つづく)

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