遺されるもの

「まず、ここの宗教で、ご遺体に何か触れる、いじる、などの事項は禁じられておりませんか?」

「ええと……そういうことは……ない」

「かしこまりました。次に、『注射器』はございますか? なければ本件は相当難易度の高いものとなってしまいますが……」

「『注射器』……? ああ、医者が使うヤツだろ? 村の医者に聞けばあると思うが……」

 首を傾げるデイジー様、無理もございません、私が今から行おうとしているのは、この世界におそらく概念のないものです。

 『保存魔法』というものがあるからこそ、おそらくこの発想が生まれることがなかったのでしょう。

 魔法とは便利なものですが、実際にあると見落としてしまうものもあるのですね。

 ともあれ、私はデイジー様と共に村のお医者様の元へと向かいます。

 お医者様は私の格好を少し物珍しく見たあと、設備を見せてくださりました。

 現代の医療器具には少し及ばないものの、私の見たところ水準としては高めの医療器具か見られます。

 消毒液などもある程度は用意されているようです。

「……こんな村にヒーラーなんて滅多に来ないからな。だからこういう村医者が居るってわけ」

 ヒーラー。高い水準の治療は魔法によって便利に行われる、という認識でしょうか。

「……おや、これは……」

 液体の中に浮かんでいる標本を見つけました。

「『バジリスクの血』詰めにした魚の標本ですね、私、標本作りが趣味でして」

 ――これは僥倖。

 消毒液と、その『バジリスクの血』をある程度いただけませんでしょうか、と私は問いかけました。


「いったい、何をする気なんだ?」

「保存魔法が効いている内に行います。『エンバーミング』、というものです」

「『エンバーミング』……? 保存魔法とはまた違うのか?」

「はい。保存魔法は、超自然的なもので行われるのならば、こちらは科学で保存魔法のようなことを行います」

「具体的には」

 こちらのバジリスクの血を妹様に注入いたします、というと、顔を真っ青にされてしまいました。

「い、妹に何する気だ!?」

「冷静にお考えになってください。まず、骸骨になるには、腐敗というかたちで進みますよね?」

「……ま、まぁ、そうだな……」

「そして、このバジリスクの血で保管された標本は腐っておらず、残存しています」

 バジリスクの血を私の世界でいう『ホルマリン』に該当するものであるのならば、理屈上は――。

「つまり、このバジリスクの血は腐敗を止める効能がある。人体は腐敗と同時に体の体液も流れていってしまいます。このバジリスクの血を血液の代わりに挿入することによって、腐敗を止めつつ、体液がある頃と変わりないようにすることが可能になる、というわけです」

「理屈……は、確かに通っているが……」

 前例がないぞ、という言葉に、左様ですか。いかがしますか。と私は問います。

「あくまで私はご遺族の意志に沿います。もしご不安点がございましたらお答えいたしますし、こちらの対応で不満足であれば、対応を止めます」

「……」

 デイジー様は腕を組んで考えます。無理もございません、司法解剖が進んでいる国でさえ体にメスを入れるのを嫌がる方もいるのですから。

「……妹が、綺麗なままで居てくれるのなら……頼めるか」

 神妙な面持ちで言われ、私は頷きます。

 ――やるのであれば精一杯の対応を――。

 保存魔法のおかげで死後硬直はあまり進んでいないご様子でした。

 綿で粘膜内の汚れを取り、含み綿を入れてかたちを保つ。

 慎重にバジリスクの血を血管に入れていくために、借りたメスで必要な箇所を切開し、進めていく。

「この処置のあと、お身体を洗う必要がございます。……よろしいですか?」

「かまわねぇ。……なんだか」

 生きている時みたいだな、そんな言葉が、デイジー様から漏れました。

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異世界に葬儀屋~チートはないですが技術はあります~ カケミツ @kake_enm

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