放置されているもの

「アンタ、大丈夫か」

 ゴトゴト、という音とともに、私は目を覚ましました。

 眼前に座ってこらちを見ているのは金髪碧眼の青年、すこしやつれているご様子です。

 明らかな私と異なる異国人の身なりで、服装も簡素なものでした。

 周りを見れば、ここが馬車だということがわかります。……はじめて乗りました。

「さっき馬車が通りがかったときに倒れていたんだ。……なんだ、その格好、貴族かなにかか?」

「この格好……ですか」

 ただいまの私の格好は日本国ではフォーマルな喪服。ふと頭によぎるのは『他の世界で生きるチャンス』というお嬢様のお言葉です。

 彼女が神仏の類だとして、私は所謂――度し難いのですが――異世界転移を成し遂げた、ということでしょうか。

 言葉は不思議なことに通じる、これは幸い。いやはや、冥土の土産には丁度良いですね。

「いえ、少々かしこまる機会があっただけです、ただの一般人でございます。倒れていたのは……諸事情で」

「諸事情、ね」

 少し睨むような目線、私とて身分に嘘はつきたくないのですが、異世界から来ました、と申し上げて変人奇人を見る目で見られても困ります。

「野盗にでも遭ったんじゃないか? 倒れていたんだ、あんまり聞くのも野暮だぜ、デイジー」

 助け舟を出すように、隣に座っていたご老年の方が言葉を投げかけてくださります。

「はい、そのようなものです」

 苦笑いしながら返答、これで充分でしょうか――デイジーと呼ばれた御方は、渋々といった様子で私から視線を逸らしました。

「すみません……頭を打ってしまったようで、少し記憶が混濁しておりまして。こちらの馬車は、どちらまで?」

「おやおや、大変じゃないか。今からココナ村に着くぞ、俺やデイジーの生まれ故郷なんだ」

「……」

 そうご老年が申し上げますと、デイジー様は床へと視線を落とします。

「デイジー、気持ちはわかるが……」

「俺は、まだ納得いってねぇ……」

 はて、どういうことなのだろう。私は首を傾げながら、ココナ村に到着するのを待つこととなります。


 村に到着いたしますと、悲痛な顔が見えました。

「あの……ご老年の方。何か……この村であったのですか?」

「バージーで良い。……死んだんだ、デイジーの妹が」

 泣いているのはデイジー様の妹君に年齢が近い子達でしょうか。デイジー様は、とぼとぼと家へと歩いていきます。

「今度デイジーの葬儀があるんだけどな……アイツ、妹が死んだことを受け入れられていねぇんだ」

「左様でございますか……」

 葬儀、と聞いて、お嬢様の複雑そうな表情が思い起こされます。

 葬儀という概念がないわけではない。かといって、満足に行われているわけではない。

「……デイジー様のご自宅に向かうことは、可能ですか? 心配で……」

「ああ……あんまり刺激してやるなよ」

 その言葉に背を押されながら、私は進みます。

「あの……もし」

 コン、と控えめにノックすれば、さっきのか、と返事が来ます。

「……失礼しても?」

「ああ。……」

 沈痛な面持ちのデイジー様。

 そして、部屋の片隅にあるベッドには、眠っている女性の姿がございました。不思議なことに、体の周りが光っています。

 ……眠っている? 違う、これは――。

「妹のミリーだ。昔から病弱で……病気で、死んだ。……今は、見ての通り『保存魔法』で腐っていない」

 保存魔法、と私が復唱しますと、そんなことも忘れたのか? といいだけに声をかけられました。

 大変恐縮です、思い出すためにご教示願えますか? と聞いてみたところ、『保存魔法』とは、葬儀までの間にご遺体を腐らせない、この世界の神官の方がかけられる魔法のようです。

 魔法。現に光って腐敗していないのですから、今はひとまず、受け入れるしかありません。

「でも、いつまでも保存魔法を使えるわけじゃない。葬儀が終わったら魔法を解除して、土に埋められて、骸骨になるのを待つだけだ。……俺、そんなの、考えたくなくてっ……! こんな若さで死んじまったんだ、せめて、死んだ後くらいずっと綺麗で……!」

 ――成程。

 あのお嬢様が言わんとすることは、概ね理解できました。

 この世界では、技術が発達しているものの、ケアは十全にできているとは言い難い――と。

「そちら、私がなんとかいたしましょう。ただし『材料』があるかどうか、ですが――」

「――へ? 『材料』?」

 素っ頓狂な返答。まあ、そんなものでしょう。

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