異世界に葬儀屋~チートはないですが技術はあります~
カケミツ
悔いはなかったはずなんですが
――
私は、ただいまトラックの前に転んでしまった子供をなんとか突き飛ばして、轢かれる直前。
葬儀社の人間として生まれ、育ち、人の臨終の場で多く人を見てきて、様々なお別れを見てきました。
その末、こうして子供の命を守って死ぬ――ええ、悔いはございません。
強いていうのであれば、私の来世というものがございましたら、もう少し長生きしたいと。
そして葬儀は、家族に囲まれてやってくれればいいなと、そう思いました。
「……そういうわけで、相談なんじゃが」
意識がブラックアウト、すると同時に私の目前には、玉座のようなものに座った小さなお嬢様がおりました。
フリルの可愛らしい、白い格好をした女の子です。
「はて、この状況は……? 私は、確か――」
「まぁ、とりあえずその椅子に座りなさい」
「はい……」
言われるがままに、私は椅子に座ります。
周りは真っ白で、白い豪華な柱や、シャンデリアが見えます。とても高価なものでできているように感じ、思わず背筋が伸びる思いです。
目の前のお嬢様も、小さい子供の姿ながら、どこか威厳のようなものを感じました。
「わしは、今様々な世界の管理を任されている存在である。……と言って、信じるかのう……おぬしは若いながらにして、子供を助けて死んだ。これは揺るがぬ事実じゃ。だから、他の世界で生きるチャンスを与えてやろうと思うての」
「は、はぁ……」
意識が落ちる寸前は確かにトラックに轢かれる光景でした、これが走馬灯だとしたらもう少し家族とか友達のことを想起したかったものですが、ともあれ。
「でしたら……そちらの方、ご辞退いたします」
「うむ、そうか、では早速異世界へ……! ――……は? 辞退?」
「私は確かに若く死したかたちとなりますが、悔いはございません。察するに、貴方は神仏の類と存じ上げます。このままあの世に逝けるのであれば、そのまま逝くといたしましょう。これも天命の内です」
「ま、またれい! そんな軽々しく命を手放すのはもったいない!」
慌てた様子でそのお嬢様は申し上げます。
「わしはおぬしの生きている間の善行を見てきた! 多くの者を弔い、多くの人々の心の支えになっておった! だというのに、これで死ぬのは惜しいではないか……! それに……」
「それに?」
「わしはおぬしにやってもらいたいことがあるのじゃ。――おぬしは、もといた世界では、『葬儀』というものをやっておっただろう」
はい、そのとおりでございます、と私は返事を返します。
――『葬儀』。さまざまなかたちがあり、私の居た日本ではポピュラーな火葬の他、土葬、それらに一部該当するものの完全には当てはまらない自由葬、特殊な地域だと鳥葬、お金持ちの方が行うものだと宇宙葬等――私は多くのプランニングとそれらの葬儀を見送ってきた立場でございます。
「その『葬儀』を、今から案内する世界に広めて欲しいのじゃ」
「……? お待ちください。葬儀とは公衆衛生、或いは宗教的意味合いが加味され行われるもの。その『葬儀』が無い世界……なのですか?」
葬儀というものは、古いところをたどるのならば、紀元前3500年頃のメソポタミア文明の死後の世界の概念からなどでも遡れるものです。
主語を大きくして言うのであれば、人類と呼べるものが存在する限り、死者を見送るための儀式――つまり、葬儀は必ず行われるものと言っても過言ではありません。
「んや、そういう意味ではないのじゃ。ただ、見ればわかるというか……」
頭をコツコツとして悩ませるお嬢様。
「……お困りのようでしたら、私がお力添えいたします。満足に葬儀が行われない、というのは、葬儀社の人間として見過ごせるものではございませんから」
私が胸に手を当てて一礼すると、お嬢様はご自分がおすわりになっている玉座、のようなものから飛び上がるように立ちますと、私の元へ駆け寄って、抱きついてきます。
「助かるのじゃー! ……それじゃあ早速、ちちんぷいぷいでご案内なのじゃ!」
なんともまぁ軽い、そして私の意識は、またもや暗転するようです。
悔いはなかったはずなんですが、『葬儀』が充分でない世界があるというのならば、天上へ逝く前に一仕事いたしましょう。
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