マッチ売りの少女、起業する

しまかぜゆきね

マッチ売りの少女、起業する

 1848年、デンマークのとある町。

 その日は雪が降り、冷たく凍えるような夜でした。


「マッチいかがですか。マッチはいりませんか?」


 ほんの6、7歳の少女が、寒空の下懸命にカゴの中のマッチを売っています。

 しかし誰もそのマッチを買おうとはしません。

 みな早足に自分の家へと向かい、少女のことなど見向きもしないのです。


 その日は、年の瀬も迫った大晦日でした。

 誰もが家族と暖かい部屋で過ごそうと、少女のことなど気にしている暇はありません。


「マッチはいかがですか? マッチ……あっ」


 必死にマッチを売り続ける少女の目の前を、馬車がものすごい勢いで走り去って行きました。


 少女は転んでしまい、その拍子にくつが脱げてしまいます。


「う、うぅ、寒い……」

「ほら、邪魔だ。どいておくれ」


 人々はそう迷惑がるだけで、少女のことを気に掛ける人は誰もいません。


「あぁ、お腹がすいた」


 少女は音のなるお腹をおさえてつぶやきます。

 ふと周りの家々に目を向けると、明るい光の灯った窓の向こうで、家族みんなでご馳走を食べる幸せな人々が見えました。


 ……自分も暖かい家の中で過ごしたい。少女はそう思いました。

 しかし、その願いが叶うことはありません。

 なぜなら、家にはひどいお父さんがいます。

 マッチが一箱も売れないままに帰ったら、またぶたれてしまうのです。


「はぁ……」


 少女のため息が、白い煙となって夜の空に消えていきました。



 ──それと同時、少女の堪忍袋の緒がプツン、と切れてしまいました。


 少女はこぶしを握り、つぶやきました。


「ああもう、馬鹿馬鹿しい。マジやってらんねー」


 少女はなんだか色々と面倒くさくなり、投げやりな気持ちになってきました。


「っていうかなんでこんなに売れないんだよ。売れないんだったら作るなよ! しかも仕入れるなよ! 商売下手かよ、あのクソ親父がよぉ!」


 カゴの中にたくさん入ったマッチの箱を見て少女はそう言いました。


 そして周りを歩く人々に怒りをぶつけます。


「おらバカども! 買えよ! なんで買わねーんだよ! ほら、そこのおっさん。マッチいらない?」

「あ、いえ、いらないっす……」


 投げやりな態度でマッチを売る少女に、人々はますます離れていくだけでした。


「くっそぉ、なんで私がこんな思いをしなくちゃなんないんだよ。マジやってられねー! はぁ〜、死ね死ね死ね」


 疲れてしまった少女はブツブツと愚痴を言いながらあたりを彷徨い、教会の近くに辿り着きました。


 そして教会の壁に寄りかかり、そのまま座り込みました。


「うう、寒い……あ! そうだ」


 少女は寒さを凌ぐのにマッチを使うことを思いつきました。


 早速マッチに火をつけてみます。


「おおお、あったかい。こりゃいい」



 そのときです。


 マッチの火の中に、暖かいストーブが浮かび上がってきたではありませんか。



 それを見た少女は、夢中になって次々とマッチに火をつけました。


 すると美味しそうな七面鳥や綺麗な燭台、煌びやかなクリスマスツリーが現れます。


 そして最後には、亡くなったはずの優しいおばあちゃんが浮かび上がってきました。


 炎の中のおばあちゃんは、少女に言いました。



「ワシの考えた最強のビジネスプランを教えてやろう。」




 - - - - - - - -




「──な、なんて?」

「だから、ワシの考えた最強のビジネスプランを教えてやる」



 私の名前はアネット・ヨルゲンセン・ウェグナー。

 マッチ売りの少女をやってます。


 先ほど自暴自棄になって売り物のマッチに火をつけたところ、亡くなったおばあちゃんが出てきました。

 しかも、「最強のビジネスプランを教える」などという胡散臭い文言で私のことを勧誘してきました。


「あ、あのさ、おばあちゃん。久しぶりの再会は嬉しいんだけど……『最強のビジネスプラン』って……?」

「よくぞ聞いてくれた、ニコル」

「ニコルはお母さんでしょ。私はアネットだよ」

「すまん、そうだったのう。それで、今なんの話してたんじゃっけ?」


 このババア、復活してもボケたままかよ。


「ビジネスプランの話でしょ」

「そうじゃった。アネットや、ワシは死んだ後、霊界を経由して古今東西のビジネス本を読み漁った。未来の本も含めてじゃ」


 未来の本!


「そ、それはすごいね」

「すごいんじゃ。だから、その知識を活かしてワシがマッチ売りをサポートしてやろう」


 おばあちゃんは自信満々にそう言いました。

 でもおばあちゃんはボケたままなので信用なりません。


 ですが、私はそれでも何もないよりマシだと思いました。


「わかった。おばあちゃん。そのサポート、お願いするよ。でも本当に読んだビジネス本の内容を覚えているの?」

「……………………もちろんじゃ」

「今、すごい間があったけど」

「覚えておる! 例えばアネットや、『ひろゆき』の『1%の努力』を知っておるか?」


 ひ、ひろゆき? 誰?


「知らないけど……。でも努力は1%じゃなくて、たくさんしなきゃダメなんじゃないの?」

「文句ならひろゆきに言うのじゃ」

「え? いや、でもおばあちゃんが紹介したんだからおばあちゃんが説明すべきじゃ……」

「それって、あなたの感想ですよね?」


 な、なんやコイツ……とりあえずぶん殴ろうかな。


 そんな私の気持ちをよそに、おばあちゃんは話を続けます。


「とにかくじゃ。まず教えたいのは人脈作り、それから営業。営業ってのはまあセールスじゃな。例えばJ.H. パターソンの──おっと、まずい」


 ご機嫌に話していたおばあちゃんの動きが止まりました。


「どうしたの?」

「もうマッチの火が消えてしまう。これ以上は話せない。ウルトラマンシステムじゃ」

「ウルト……? いやそれより、これ以上は無理って、次はいつ話せるの!?」

「明日じゃ。霊界通信は一日一回じゃ」

「どうして」

「ギガが足りん」


 ギガ……?


 おばあちゃんは意味のわからないことをのたまいます。

 しかし、そんなことを言っている間にもおばあちゃんの姿はどんどん薄れていきます。


「おばあちゃん!? 私はどうすれb」「とにかく人脈と営業じゃ! プレゼンするんじゃ! そして今夜を生き延びるんじゃあ! それでは今日はこれにて。バーイ、センキュー」


 おばあちゃんはそう食い気味で言いながら消えていきました。



 目の前には、先ほどと変わらない雪景色が広がっていました。


 ──で。

 なんなんだ、これは。






────◆ あとがき ◆──────

最後まで読んでいただきありがとうございます!


こちらは息抜きで書いた超短編なので、一旦これで終わりとなります。

中途半端なところで終わってしまいすいません ^^;

結構気に入っているので、好評でしたら続きが出るかもしれないです……もしかしたら。多分。

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マッチ売りの少女、起業する しまかぜゆきね @nenenetan_zekamashi

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