道に謝る

鈴ノ木 鈴ノ子

みちにあやまる

 秋風が冷たい晩だった。

 落ち葉を伴った木枯らしの風が私の足元を攫いそのまま道を駆けて行った。

 街路灯の少ない住宅街の小道を私は歩き、この手には数時間前に受け取った婚約指輪が輝いていた。

 記念日ができるプロポーズに涙を零しそれを承諾した。

 偽りの涙を溢しながら、嬉しい顔を見せて、それを受け取ったのだ。

 

 小道沿いの家々からは生活を営む声が聞こえてくる。喜怒哀楽を纏った声が聞こえてくる。

 何時もの小道を自宅に向かっているはずなのに、その小道は一向に途切れることがなかった。不自然に凹凸を見せる道にヒールを履いた足で躓きそうになった、視線が下を向くと先に辻が見え、その辻壁の真下に小さな小さな石造りの道祖神が祀られていた。


『迷ってきたか、小娘』

『迷ってきたよの、小娘』


 道祖神は夫婦で彫られていることが多い、視線の先の道祖神もまた同じだった。そして、その道祖神はこちらへと語りかけて来ていた。言葉は安らかで問い詰めるともなく、ただ、どうしたのだと尋ねている。


「迷いました。迷って、偽って、受け入れてしまいました」


 素直な思いが口を突いて溢れ出た。

 高校生の頃に出会った彼は一途に夢を追いかけていた。その熱い背中を見つめるうちに心は恋で満たされ、その視線に彼も気がついてくれていた。だから、何気ない帰り道に偶然の気持ちの吐露で手を絡め合って気持ちを唇に乗せて交わした。

 あれから共通の夢と成ったそれを追いかけて2人で地道に歩んできた。

 夢を叶えることができる最短の会社に入社し、離れ離れの海外勤務の寂しさに耐え、帰国して暫くした時のこと、業務中に激しい腹痛で床へと蹲りそのまま意識を失った。


「妊娠していらっしゃいますよ」


 入院した病院の医師が嬉しそうにそう告げる。彼はとても喜んでくれた。もちろん、責任を取ると断言して、そして、最短ルートの最後の関門である国際留学を断ったのだった。

 夢が途切れた気がした。

 二人の夢が途切れてしまったと絶望してしまった。

 もちろんお腹の中の愛しい我が子を私は愛している。母親になるのだと思いは胸を熱くし宿る命を慈しんでいる。

 ただ、互いに目指していたものを失ってしまったことが辛かったのだ。

 彼からのプロポーズ、もちろん、人生最高の日であるは過言ではない、でも、その受け入れる気持ちの中に悔いた思いが棘のように刺さっていた。


『お主、道を悔いておるか?』

『お主、道を違えたのか?』


 道祖神のめおとは諭すように問う。


「悔いています、違えたのかもしれません、でも、この道も大切なのです」


 身勝手にそう口にしながら私は大切なお腹へを守るように両手を合せる。手の温かさがじんわりと伝わってくる。


『道を間違えるな』

『道を侮るな』


 めおとはそう語ると互いの片手をまっすぐに伸ばしてこちらを指す、いや、そうではない、後ろを示しているのだ。


『道は曲がるのだ』

『道は起伏するのだ』

『道は崩れるのだ』

『道は流れるのだ』

『道は閉ざされるのだ』

『道は開かれるのだ』


 そして優しすぎる微笑みを浮かべた道祖神が示していた指先をこちらへ向けた。


『歩んできた道は消えぬ』

『歩んできた道は途切れぬ』


 指先が足元へと落ちてゆく、そして私の前にある道を指示した。


『道を侮ってはならん』

『道を捨ててはならん』


 意味が分からずに戸惑っていると道祖神は深く、深く、頷いて見せた。


『道は交わり』

『道は一途となる』


 雷に撃たれるような衝撃が身を貫く。

 確かに道は途切れたように見えたかもしれない、でも、その道は新しき道を歩んだとしても再び交わることがあるのだ、そして交わった道は一途な道へとなることもできる。


『道を生きよ、そして探るのだ』

『道を生きよ、そして進むのだ』


 そう微笑みながら言い残した道祖神はゆっくりと石仏へと戻って行った。その指先は足元の道を指示していた。

 ポケットからスマートフォンを取り出し私は彼を呼び出すと、背後から聞きなれたメロディーが流れてきた。突然、走り去った私を追って彼は、無理強いして止めることもなく、ただ、道の後ろをゆっくりと歩んできてくれていたのだ。


『ねぇ、夢の道を諦めちゃった?』

 

 酷く意地悪なことを口にした。彼は微笑んで首を振った。


『夢の道は広い、だから大丈夫、叶えられる』


 近くまで彼は歩みを進めて首にマフラーを巻いてくれた。

 温かさがとても心地よい。

 手を取り合って私達は一緒に暮す家に向かう。


 一緒の道を一緒に歩く、来年には歩みが増える。


 夢の道はどこまでも続く。

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道に謝る 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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