アーミラリ天球儀の甘美な誘惑

豆井悠

アプリ版アーミラリ天球儀と女子高生

 二年前、ヨーロッパのある遺跡から、原初のアーミラリ天球儀が発掘された。

 それは、今巷にあふれている物とは全くの別物。星たちの動きを見ることで、別の世界線を調べることができるマジックアイテムだった。


 きらきらと輝く円形の天板を、緻密な金細工が施された四つの脚が支えている。その上部では、幾重にも重なる大小様々な黄金のリングが軽やかに回転を続けていた。そう、中央に佇む翡翠色の宝玉を守護するかのように……。


 この貴重なアイテムを、日本の総合商社『フラワーヴィレッジ』が極秘裏に入手していた。魔法などとは縁遠い日本の企業がなぜ? 世界中の裏社会は、しばらくこの話題で持ちきりだった。


 そして、現在。

 フラワーヴィレッジの極秘部署である魔法遺物解析部門は、アーミラリ天球儀の構造、作動論理、動力等、そのすべての解析に成功していた。入手したそれらの情報はすぐに自社のIT部門に共有され、先日ついにアプリ版アーミラリ天球儀がリリースされたのだった。


 瞬く間に普及したそれは、ほんの数日で社会現象となっていた。人生における選択のやり直しができるわけでもなく、ただ、別の世界線を覗き見ることが出来るだけだというのに……人々は、それをせずにはいられなかった。




 女子高生伊崎咲羽いざきさわも、その一人だった。

 快活そうなショートヘアをがしがしと搔きむしり、大きな瞳を凝らして獲物を見据える。整った顔立ちが、台無しだ。

 そう、彼女は今、コンビニスイーツの前で悩みに悩んでいたのだ。

「ロールケーキにしようか……それともスイートポテト?」

 クリームをたっぷりと抱え込んでいるスポンジ生地が、手招きしている。負けじと黄金色の肢体に魅惑の焼き色を付けた彼がウインクを一つ。

「あーっ! だめ~っ!?」

 突如上がった彼女の叫び声に、店員や他の客も肝を冷やした。

 だが、そんなことには気づかない咲羽は、おもむろにスマホを取りだすとアプリ版アーミラリ天球儀を起動した。

「えーと、とりあえずロールケーキを買おう」

 さっと手に取りレジへ一直線。お会計をすますと、一旦店外へ出た。


「さあ、スイートポテトを買った場合の、別の世界線をみせて!」

 ぽちぽちと情報を入力して、ったーん! と確定ボタンを叩く。画面には、デフォルメされた天球儀のイラストが表示され、その上部のリングが緩やかに回転していた。

『解析中……しばらくお待ちください……』

 ものの一分ほどで表示されていた文字が消え、映像が映し出された。

『あーん、このスイートポテトの色ときたら』

 小洒落た包装を剥がし、露わになったそれを、キラキラとした瞳が捉えている。

『う~ん、この匂い、たまんな~いっ! では、いただきまーす!』

 ぱくり、と一口頬張った映像の中の咲羽が、とろけていた。


「……」


 それを見た現実の咲羽の目が、瞬時にギラついた。そして、間髪入れずに回れ右すると、ものすごい勢いで店内に逆戻りしていった。


「すいませ~ん、これもお願いします!」


 結局、ロールケーキとスイートポテト、その両方を彼女は手中に収めたのだった……。


「さ、帰って食べるぞ~っ!」



 こんな生活が一週間も続いた頃、悲劇は突然やってきた。


「きゃああああっ!?」


 お風呂上がりのシークレットタイム、計量の時間である。体重計が示す数字は、通常時からプラス三キロ……。

(詳しい数字は乙女の秘密のため、差し控えさせていただきます)

 当然、この絶叫である。


「もう絶~対に天球儀なんか使わないんだからっ!」

 右拳を突き上げて誓いを立てるが、いつまで我慢することが出来るだろうか?


 アーミラリ天球儀の、甘美な誘惑を……。

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アーミラリ天球儀の甘美な誘惑 豆井悠 @mamei_you

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