いのかわら子ども園
三上アルカ
いのかわら子ども園
いのかわら子ども園には、たくさんの子どもがいます。
パパとママのいない子どもたちが、5人の先生といっしょにくらしています。
ここで待っていれば、おむかえのひとが来て、新しいパパとママのところへ、連れていってくれるのです。
みんなおりこうに待っていますが、ひとりだけ、もんだい
ケンジくんという5さいの男の子です。
ケンジくんは、まいにち悪さやいたずらをして、先生をこまらせてばかりいます。
おかたづけの時間に、ちらかしたり。ブランコの順番を守らず、ひとりじめしたり。チャンバラで友だちをたたいて、泣かせたり。ゾンビのふりをして、小さい子たちをこわがらせたり。
おこられても、あっかんべー。そうしてまた、悪さをするのです。
おつぎは、木の枝でつくったゴムパチンコで、アオキ先生に豆でっぽうをくらわせて、追いかけまわします。そのあとは、落とし穴に落として、おどろかせました。
アオキ先生は、若い男の先生です。おもしろくて楽しくて、ギターをひけます。子どもたちの人気者ですが、ケンジくんにはいつも、してやられています。
アオキ先生をいじめると、アカネ先生におこられます。でもケンジくんはへっちゃらで、おとくいのあっかんべー。「オニババー!」とさけんで、にげてしまいます。
アカネ先生は、若い女の先生です。きれいでやさしいけど、おこるとこわいのです。
ケンジくんは、好ききらいもたくさんあります。
ピーマンやニンジンがあると、だだをこねます。
いちど、冷蔵庫の野菜を全部すてて、ごはん
今日は、女の子たちが作っていた、つみ木のおしろをくずしてしまったようです。女の子たちは泣いてしまいました。
おひげがりっぱなクロサワ先生が、ケンジくんにたずねました。
「どうして、友だちのつみ木をくずしたんだい?」
「だって、つみきなんか、もうあきた。へんしんベルトであそびたいんだもん!」
「そうだよな、そういうものであそびたいよなあ。うーん、公立だからお
子どもたちはわあっと声をあげ、紙とクレヨンとハサミで、思い思いの変身ベルトを作りはじめました。
みんながワイワイもりあがると、ケンジくんはプイッと外へ行ってしまいました。
すべり台の下でしゃがみこんでいるケンジくんに、アオキ先生が声をかけました。
「どうしたの? ケンジくんは作らないの?」
「バーカ!」
すかさず、必殺のゴムパチンコで豆でっぽう。あっかんべーをして、にげてしまいました。
そんなふたりを、やさしいおばあちゃんのような、キムラ園長が見守っていました。
おひるねの時間になって、みんながねむっても、ケンジくんだけは、ねません。
今日はキョンシーになりきって、ピョンピョンはねまわっています。アオキ先生が追いかけますが、つかまえられません。
「だって、ねむくないんだもん!」
やっとケンジくんがねむると、ほかの子が起きる時間です。
先生たちは、今日も休めなかったようです。5人おそろいの、しましまのバンダナとエプロンをはずすひまもなく、子どもたちのお世話をはじめました。
ときどきやってくる、おむかえのひとは、ぼうず頭のお兄さんです。
グレーのスーツをゆるっと着ていて、子どものように笑います。
その笑顔を見ると子どもたちは、すてきなパパとママのところへ連れていってくれそう、と思うのです。
みんな、自分の番をいまかいまかと待っています。
この前は、花のかんむりを作るのが上手な女の子。その前は、いつも本を読んでいた男の子。今日はだれをむかえにきたのでしょう。
わくわくしてお兄さんをかこむ子どもたちの中に、ケンジくんもいます。
歌とおどりがとくいな女の子が、えらばれました。
お兄さんと手をつなぎ、スキップしながら出ていきます。
そうして、ひとりひとり、子ども園を卒園します。ケンジくんよりあとに入園した子も、卒園していきました。
でも、ケンジくんにおむかえは来ません。
前からいた子たちはいなくなって、まわりがみんな新しい子になっても、ケンジくんはずっとここにいました。
おむかえの日の、夕方のことです。
チャイムが鳴って、みんなが園の中にもどっても、ケンジくんのすがたはありません。
ひとりでブランコをこぐ、小さなせなかを、アオキ先生とアカネ先生が見つけました。
ふたりは少しの間、オレンジにそまるせなかと、黒くのびるかげを見つめていました。
「さみしそうですね」
「ケンジくんは、ママが大好きだったそうよ。ママにずっと会えないんだもの。さみしくてたまらないと思うわ」
「ケンジくんがいたずらばかりするのは、さみしいからなんでしょうね」
「いちばん、おむかえをまっているのよ。おむかえのお兄さんが来る日だけは、きちんと顔をあらって、はみがきもするのよ」
「はやく、おむかえが来るといいですね……」
「そうね。さあ、ケンジくんを中に入れなくちゃ」
とうとう、ケンジくんにもおむかえが来ました。
おむかえのお兄さんが、ケンジくんの手を取ったのです。
「おそくなってごめんよ。ほんとうはずっと前に、きみの番が来るはずだったんだ。こちらの手ちがいで、こころぼそい思いをさせてしまったね」
「おれ、わるいこだから、きてもらえないんだとおもってた」
「そんなわけがあるかい。きみはママが大好きな、とてもいい子だよ」
ケンジくんはてれかくしに、ペロリとべろを出しました。
ほかの子たちはうらやましそうな顔です。それでも、よろこんで、笑ったり泣いたりしながら、おかしやおもちゃを持たせてくれました。
ケンジくんは左手でおくりものを、右手でお兄さんの手をにぎりました。
いちどだけ満面の笑みでふりかえり、もうふりかえりません。
お兄さんとともに、園の外に歩いていきました。
おひるねの時間になりました。
みんなすやすやねむっています。手こずらせるケンジくんがいないので、先生たちは
「ひさしぶりの
アオキ先生はじょうだんを言ったけれど、すぐにうつむいてしまいました。アカネ先生がのぞきこみます。
「アオキ先生、泣いてるの?」
「な、泣いてませんよ。笑って送りだすのが、ここの先生の決まりじゃないですか。そういうアカネ先生こそ」
アカネ先生はあわてて顔をそむけました。
「わたしも泣いてないわ。泣くわけないでしょ。ケンジくんが新しいパパとママのところに行ける、うれしい日に」
「そうですね、うれしいですね……でも少しさみしいですね」
「……そうね」
ふたりはそろって、目をこすりました。それを見て、ミドリ先生とクロサワ先生がほほえみました。
キムラ園長が、おぼんをかかえてやってきます。
「さあさあ、みなさんも休んでください。子どもたちが起きる前に」
おぼんには、あついお茶とおまんじゅうが乗っています。
先生たちはいそいそと、黄色と黒のしましまのバンダナとエプロンをはずしました。
すると、すがたが変わっていきます。
はだの色が赤や青になり、キバとツメがとんがりました。おでこからは、1本や2本のツノがニュッとのびています。キムラ園長には、なんと10本も
5匹の鬼はおだやかにお茶をすすり、おいしそうに、おまんじゅうをほおばりました。
さい-の-かわら【賽の河原】
①死んだ子供が行く所といわれる
――『大辞泉』より
いのかわら子ども園 三上アルカ @mikami_ark
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