エピローグ 虹空の先に、道は続く



 夕陽を見ていた。


 ただ、夕陽を見ていた。


 夏らしい遅めの夕暮れの空に、相反する色が1つ。それは、オレンジの景色に佇んでいた。



「綺麗だね」


「そうだな」


 シックスエフのコクピットの中、オレンジ色の光に包まれる景色を、真白とニアは見ていた。


「それにしても、不思議なところだね。ここ」


「俺もそう思う。自分が小人になった気分」


 そう言いながら、真白はコクピットの中を見回す。


 そこまで広くはないが、真白とニアがそれぞれ座る複座式のシートと、各々のカバンが置けるくらいのスペースがある。


 普通に考えればこのサイズ感ならばかなりの大きさを有していそうではある。


「でも外から見たら、この子がシロの声で喋ってるように聞こえるし、サイズも普段のシロと変わらないんだよねー」


「そうなのか」


 鉄脈術の有様を直に見ることが出来ない真白は、初めて自身がどうなっているかを、相棒になったニアの口から知った。


 と同時に、新たな疑問も湧く。


――こいつ、どういう仕組みなんだろうな……。


 真白を格納しているのに人間と同じサイズ、ニアが願えば新しく降ってくる鉄脈術、視界をいつも通りにするゴーグル……


 疑問点やおかしな点を上げれば、おそらくこれからたくさん出てきそうだと容易に想像出来る辺り、鉄脈術は割と何でもありなのだな、と思わされる。


 もしかするとそこには気づいていないだけの一定のルールはあるのかもしれないが、そうだとしても、無法にすら思えてくる自由さは、そこに居合わせる広大さ故に真白に深くは考えさせなかった。




 コクピットの中が、再び静かになる。


 事が過ぎ去った後の、穏やかな時間の予感がする。



 絶対に見ることの出来なかったこの視点の景色に、もう少しだけ浸りたくなる。


 だが、真白の聴覚が、ギリギリ人の声を捉えた。


 それは、誰かを呼ぶ声。遠くにいる人を呼ぶ時の、大きく手を振りながら発していそうな声。


「ニア、多分、俺たちを誰かが呼んでる」


「へ?」


「ちょっと向き変えるぞ」


「うん」


 操縦桿を手に取り、触れた時間に似合わぬ慣れた手つきでシックスエフの前後を反転させる。


 そうして見えた埠頭で、数人の警察官が手を振っていた。


「……あっ」


「鉄脈術って、何の許可もないのにむやみに使ってしまっていいもんだっけ……?」


「あっ」


 真白の言葉で、戦火に熱せられた頭が一気に冷める。


 どうやら、予感は、予感でしかなかったようだった。


「……とりあえず行くかぁ」


「きっと大丈夫だよ。褒めてくれるよ!」


「褒めて……くれるかなぁ」


 逃げの選択肢は話をややこしくするだけ。


 そう思って、真白はゴーグルをつけたのち、シックスエフを埠頭に下ろしていく。


 機体制御の練習を兼ねてゆっくりと、埠頭の空いた場所に機体を下ろして、コクピットハッチを開く。



「いよっと……」


 眩い光に包まれた後、自分の足が地に着くと、世界がまた景色を取り戻す。しばらく離れていた地面の感覚が、少し懐かしかった。


 そして、駆け寄ってくる警察官たちに少し背筋が伸びる思いをしながら、彼らの言葉を待つ。


「あ、えーと……」


「心配しなくとも、ここで即罰したりはしないよ。正当防衛なのは承知しているからね」


「よかった~……」


 先にニアの、少し遅れて真白の、肩の力が抜ける。


 確かに正当防衛ではあったものの、鉄脈術を行使したことには違いない。それを咎められるかと思っていたのだが、そうはならなかった。


「逃げた人たちの中から、君たちのことを聞いてね。事情はなんとなくは把握していますから」


「むやみやたらに鉄脈術を使うべきではない、というのはそうだけどね。こちらが礼を言うべきかな。対処してくれてありがとう」


 若そうな女性警官と、続く初老の警官の言葉に、真白とニアは顔を見合わせる。


 初陣についてくる結果としてはこの上ない程のもの。守るための力として使い、その通りに出来たことで、遅れて達成感が湧く。


「ふぅむ……」


「……俺が、どうかしましたか?」


 初老の警官が、真白を見て少し首を傾げる。


 その理由は、問いかけのすぐ後に分かった。


「君は確か……三鏡さんとこの息子さんだね?」


「え、父とお知り合いで?」


「どっちもだね。製鉄師絡みの事件で、三鏡ご夫妻とは何度も顔を合わせていてね……。その時に写真を何度か見せてくれたよ」


 懐かしむような言葉の後、初老の警察官が、真白の左腕についているOICCを見る。


 ようやく金色になったそれに視線が向けられると、柔らかな笑みが浮かべられる。


「そうか。やはりというべきか……君も、ご両親と同じ道を歩いて行くんだな」


「2人と、同じ……」


「何の縁だか、君のご両親と初めて会ったのも、こんな風な鎮圧の後だった記憶があるよ。土地も時間も全然違うのに、奇遇なもんだなぁ」


 思いがけないタイミングでもたらされた過去の両親の情報に、真白は少しだけ心が暖かくなった。


 自分の両親も、かつて自分と同じように何かの事件に遭遇し、そこから縁を結んでいったのだろうか。


 自分から聞くには少し気恥ずかしい内容であるが故に、おそらくこの話題はこれきりになりそうではある。


 だが、両親の道のりを少しだけでも後追いできたことに、嬉しさを感じていた。



 ふと、視線を警官よりも奥の、陸地の方に向ける。


「あ……」


 ほんの少し、口から漏れた声。真白の視線の先には、


「真白にニアちゃん、ここにいたのか」


 父親である三鏡弌護が、こちらに向かってきたのだった。


「おお、三鏡さん。お勤めご苦労様です」


「お疲れ様です、黒岩さん。息子たちを保護していただいて、どうもありがとうございます」


「とんでもない。むしろ保護されたのはこちらの方ですよ」


「え?」


 警官の、善意でしかない言葉に対する、弌護の驚きの声。


 他に意味はないはずが、真白の背中に少し冷たいものが伝う。


「私も聞いただけなんですがね、お宅の息子さん。それはもう立派な初陣だったそうで」


「……」


 警察官の話を聞いて、弌護が険しい表情になる。


 危険であることを叱りたい。だが運よく――この場合は運悪くかもしれないが――真白たちが親玉を先に潰したことで被害は限りなく最小限だったことも事実。



 首を少し捻り、唸りながら悩んだ後に、弌護の口から出たのはため息だった。


「……まぁ、無事だったし、契約も出来たんだし、大いにプラスだからお咎めなしにしようか」


「よかったね、シロ」


「ああ……」


 逃げられないならば、と勢いで事に突っ込んでいったものの、鉄脈術を使わなければ突破できないような出来事に初陣で首を突っ込んだというのは、冷静に考えてみれば非常に危ないことではある。


 昔からリハビリも兼ねて色々と鍛えられていたものが無意識に出たことでなんとかなりはしたものの、一歩間違えばこの夕陽を見ることがなかったかもしれない、という事実は、真白の背筋にもう一度冷たいものを伝わせる。



「とはいえ、この事件に関して細かいところを知っておきたいところではある。ただもう夕方だし、この件に関する詳しい話は明日学校で聞くことにしよう。今日は2人とも、突然の初陣で疲れてるだろうし」


「はーい。おじさん、また明日お願いします」


「うん。よろしくね、ニアちゃん」


 ニアににこやかな顔を向けられた後、弌護の視線が真白に向く。


 やや種類は違うが、そこに同種の気遣いがあることは、真白もなんとなくは察せた。


「真白、お父さんはもう少しここに残るから、先に帰って母さんと夕飯食べておいて」


「ん、分かった。んじゃ」


「おじさん、またねー」


 手を振る弌護に手を振り返しながら遠ざかるニアと、特に何もすることもなくスタスタ歩いて行く真白。


 少し離れたところで、それぞれの帰路に向かうため、別れていく。


「じゃ、またな、ニア」


「うん! またね、シロ」


 いつも通りの別れ際の挨拶を交わして、また日常に戻っていく。


 ただ一つ、違うのは――





 振り向き様、虹空よりも向こう側に、真白は目を向けた。



 何故だがそこに、これまで見えなかった未来の欠片が見えた気がして、少しだけ笑っていた。



「さて、明日も頑張るか」




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ユア・ブラッド・マイン Prismatic Resolution 一考真之 @KZM-Fourth

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