道を探る

鈴ノ木 鈴ノ子

みちをさぐる

 ミッドルシア帝国の帝都ロンネブルグの街は喝采に彩られていた。

 王城から城門そして正門に至るまで数多くの群衆が集まりをみせている。

 絢爛豪華儀礼用の鎧を纏う近衛師団に警護されながら、凱旋帰国した勇者の一行が国王の用意した煌びやかな馬車で帝都へ姿を見せると群衆は一段と熱気を帯びて高揚した。

 魔人族との戦争が始まって120年、帝国は囚人3000人の命を犠牲として、異世界より勇者を召喚し、その勇者がついに魔人王を討伐した。

 五人の勇者グループとその配下に編成された討伐遠征軍10万人は帝国と人類の唯一の希望として魔人王軍に占領された各国領地を制圧し国土を回復させ、そして、魔人王領に侵攻した。

 血で血を洗う戦いにの果てに目的を達したが、その代償も大きいモノだった。

 五人の内、魔術師ルーファン、賢者のガリフ、聖騎士のラフトは魔人王城の制圧作戦で命を落とし、10万人の将兵も8万がその命の灯火を絶やした。

 それほどに苛烈な戦いであった。

【正義を成した者達】

 王城の隣に公園が整備され生者と死者となった彼らを偲び五人の銅像が建立された。そこは市民の憩いの場として一度は攻め込まれた帝都の復旧、復興の象徴として市井の民を鼓舞し見守り続けている。

 あれから幾世紀が過ぎ去り、石造りの建物と石畳道から、コンクリートの摩天楼が立ち並び、きめ細かく区分されたアスファルトの道へとなり、政治体制が帝政より民政に移行しても「正義の公園」は取り壊されることなく、市民の憩いの場であり続けている。

 勇者像を中心として噴水が整備された円形の庭園、その外れの木陰のベンチで銀髪のすらりとした女性がスマートフォンで時間を潰しながら人を待っていた。数人のナンパを血の気の多い血族であるがゆえに口汚く邪険にあしらい、ひたすらに大学で教授にこってりと絞られている彼のことを考え、お辞儀人形になっているであろう姿を思い浮かべては可愛らしい笑みを溢し小さく噴き出す。

 やがてその時はやって来た。聞き間違えることのない足音がこちらへと迫ってきた。


「待った?」

「ううん、そこまでは‥‥‥教授に絞られたんでしょ?」

「そ、レポートの再提しろって言われたよ」

「ふふ、手伝ってあげる、今日はどうする?」

 男は自らの手に着けているスマートウォッチの時間を見た。

「昼は食べた?」

「まだよ」

「じゃぁ、リンドの食堂にでも行こう、そこで飯食いながらこの後の予定を決めよう」

「うん、賛成」


 彼女は立ち上がると彼の腕に手を絡ませて握り、彼もそれに応えるように手を握った。触れ合う温かさに2人の頬は緩みがちとなり、それを楽しむかのように足取りはゆったりとしたものになりながら公園の外へと歩いてゆく。

 旧王城の大鐘がカランコロンと荘厳な音を鳴らして正午を告げていた。

 公園の緑は抜けるような青空と二つの光星から降り注ぐ光で輝いている、太い枝には精霊種のフェアリーが鳥と共に飛んでいき、木人族の公園守が木々の手入れを行っていた。


「気持ちのいい日だなぁ」

「そうね、そういえば……」


 楽しそうに談笑する2人の姿はどこにでもいるいたって普通のカップルだ。

 男性は人間で鴉の濡れ羽色のような髪と右耳が遺伝的に欠けており、女性は一族の伝統を受け継ぐ立派な山羊の角を持ち薄青い皮膚が特徴的だ。


 【人間と魔人族】


 過去の敵同士は互いの怨嗟を乗り越えて信頼を醸成している。

 幾世紀を経た今では一部のモノ達を除けば人種というものにも、宗教というものにも、隔たりの壁は消えつつある。


「「あ……」」


 公園の出口で彼らは談笑を止めてある投票を求める看板とビラ配りをしている人々を見かけると足取りが重くなる。魔人族と人間、いや今では総称で「人」と言うべきだが、数十人の学生グループが真剣な顔で拡声器を使いデモのようにシュプレヒコールを上げていた。


「勇者像を撤去し、手を取り合う銅像を立てましょう」

「差別の象徴である勇者像の撤去を」


 近年、活動が活発化している団体だ。

 過去の記録をもとにして勇者の行動を再定義し、魔人族側の記録も元に虐殺なども行われた可能性を指摘した。そして、今の時代には勇者像が不適切であり差別の象徴であると公言している。


 二人はそそくさとその場を離れて人込みの雑踏へと紛れた。

 彼らの騒動に巻き込まれディスカッションという名の喜劇と悲劇の舞台に立たざるを得なくなり互いに辟易したところだ。

 これというのも二人の因縁の出自がこれに深く関係している。

 男はクラウスラー・リトバト・フォン・スルガ、歳は24歳のどこにでもいそうな人間の若者だが、勇者リトバト・フォン・スルガの末裔でリトバト勇者伯爵家の伯爵を担う者であった。

 女はリグバイト・ガリフィス・アズドラ・ガスルビア、歳は23歳のどこにでもいそうな魔人族の若者だが、討伐された魔人王ガリフィス・アズドラの末裔であり、王女の身分を有しているが、姉が現魔人王として即位しているため幾分かは身軽であった。

 両国とも立憲君主制だが、政治は議会制民主主義を取り入れている。

 若いながらにそれぞれの国の貴族院の議員資格を有しているため、貴族・王族としての勤めを果たさなければならないことが多く多忙であるが、ちょいとした時間を見つけて出しては共に過ごす時間を大切にしていた。

 「同棲」などという市井の民の特権は許されないため、住まいを同じにすることはできないが、婚約へ向けて互いにそして両国間で話を進めている最中でもある。


 出会いは互いが幼い頃に国際交流の一環として開かれたパーティーの席だった。


 自由闊達でお転婆な姫君、内向的で物静かな勇者の末裔、まるで正反対の2人。

 華やかな会場の外れに気遣い程度に置かれた小さな長椅子に腰かけて、静かに本を読んでいたクラウスラーに興味を抱いたのがリグバイトだ。

 ツマラナイ宿題をやらされているような挨拶回りを恙なく終え、ようやく、デザート並ぶ机を軒並み強襲し、一通り腹に収めた彼女は、食事を終えたオークのように万遍の笑みを浮かべ、そして暗がりに腰かけて本を読んでいる勇者の末裔を偶然見つけた。

 彼女の中でとてもじゃないが、末裔として許せる態度でも姿ではなかった。

 魔人王と勇者の戦いは最後まで熾烈と苛烈を極めたと聞いている。だからこそ、その末裔が覇気のないことに彼女は甚く腹を立てた。

 今考えれば横暴であったと彼女なりの反省も示しているが、その時は大股で踵を鳴らし、軍服を翻らせて(魔人族の王族は軍装が基本のため)、許されざる不届きものの目の前に仁王立ちとなって、鋭い眼光と共に啖呵を切った。


「ねぇ、私と踊りなさいよ!こんなところで読むものじゃないわ!」

「えっと……リグバイトさん?」


 本から顔を上げた彼と視線が交わる。

 その視線の線はそのまま眼球内で屈折し、心臓の辺りへと落ちていった。整った顔立ちとその可愛らしい唇から呼ばれる名に、訳もなく全身が熱を帯びる。その熱が頬に現れてしまうけれど、交わした視線を途切れさせることが一抹の寂しさを呼び起こして、乱れた感情のままで互いに暫く見つめ合い続けた。

 乙女チックな出会いを思い出す度に彼女は頬を染めてしまうが、すべての始まりがそれであった。

 恙なくすべての日程が終了し、彼が帰国してしまうと手紙などろくすっぽ書いたこともなかった彼女が一日中椅子に座って思案を巡らせるという前代未聞の珍事を引き起こしながら、真摯に誠実に彼に宛てて手紙を書いた。やがて返事を貰い、再び書く、文通を通じて互いに会話を始めた彼女は、最初こそ理解していなかったけれど、徐々にそれが初恋であることに気づいていった。

 学校から帰城し、荘厳な装飾の施された王女専用のレターボックスに届いているどうでもよい手紙類の中から、剣一本の紋章入りの封書を探すのが日課となった。

 なければ目に見えて落胆し、あれば狂喜乱舞して部屋に駆け込む。そんな日々、彼からの返事の文面に違和感が出始めたのは、それが2年近く続いた頃のことだった。


 自らと同じように好意を持っていることは間違いない、と悟った。


 一種の初恋シンドロームに陥っていたかもしれない。けれど、自由闊達なお姫様は、拘った目的に対して最短距離で戦いを挑む魔人族の基本に最も忠実であり、一族の誰しもが認める無鉄砲で好戦的な女と見抜かれていたので、当然の如く、左記の通りの文面をしたためて手紙を出した。


「私の事好き?私は貴方のことが好き」


 「龍に剣を向ける」という危険極まりない素直で純粋でド直球なまでの文面をしたためて郵送したが、その後4日間ほど自室に立て籠もったのだった。

 4日目の朝にようやく姿を見せた彼女をメイドが見て、思わず修行の果てに達観した高僧のような神々しさを見たと日誌に綴ったが、当の本人はもんもんと悩み過ぎて放心状態となり出てきただけである。

 1週間ほどして返書が届き、翌朝にメイドが見た彼女の顔は、大人の女でさえ思わずときめいてしまうほどに幸せに満ち溢れる素敵なものであった。

手紙の途中から成長に合わせて連絡手段は変化していった。電子メールへとなり、それがメッセージアプリとなった。機会があるごとに直に顔を合わせては時間を過ごし親交を深める。

 そんな仲睦まじい2人の姿は度々マスコミの話題ともなり、それによって両国間の人々の間をも賑わせて、好ましいとも好ましくないともの意見を対立させてはいたが、そのようなことは気にも留めず2人は清い関係を育んでいった。

 その穏やかな関係が一段と深まったのは、一代前の魔人王、つまり彼女の父親が長年患った病により崩御された年のその葬儀直後のことだ。

 2人の王女は共に涙を流すことは無く、各国の元首や王族、そして弔問客に対して丁重に応対し、魔人王の一族が守り抜いた「冷徹」の尊厳と威厳を威光として各国と国民に示していた。

 10歳違いの姉にはすでに伴侶がいて、その悲しみを直に受け止めてくれる存在はいた。けれど彼女にはそんな存在は間近にはいない。多忙な姉に寄りかかる訳にもいかず、ただ、葬儀を終えた王城の隅で誰にも見られないように涙を零すしかなかった。

 いつもの通り、王城外れの厩舎の端で愛馬を撫でながら涙を零す、愛馬は気難しくここに居る限りは側近たちも恐れて近寄ることはしないことが、涙零地としては最適で、唯一、孤独に過ごせる時間となった。


「クンリュ」


 愛馬を撫でて溢れ出る悲しみの雫を服に滴らせてゆく。愛馬はその涙を時よりその顔で拭って寄り添って、ときより遠くから聞こえてくる別の馬の嘶きに呼応するように嘶いた。


「ありがとう、クンリュ、明日に備えないと……ね」


 明日は姉の即位である戴冠式が執り行われる手筈になっており、王族の伝統として新王の御座馬車の先導を司るのは実の兄弟姉妹のより選ばれることが決められている。

 姉妹2人しかいないためその大役を務めるのは彼女しかいなかった。

 しばらくすると厩舎に樋爪が響き渡り、それは近づいてきてクンリュの留め置かれている目の前で止まった。そして馬上に人影が見えることに彼女は気がついた。


「リグ?」


 心許せる声だった。

 分単位で刻まれる予定の昼食会での堅苦しい会話を交わした声とは違い、驚くほどに柔らかく親愛に溢れるいつもの声色が名を呼んでいた。

 愛称の『リグ』を許したのは彼だけだ。


「クラウス……」


 喉を湿らせたように震える声で彼の愛称を口にしてしまう。

 即位式に参列するために彼は来訪し、パレードの馬列に臨むために愛馬を持ち込んでいた。目の前の彼は勇者の象徴である白馬に跨り、帝国騎士の正装を纏う。まるで幼い頃に読んだ絵本の王子様のように素敵だ。儀礼用の時代遅れのマントには伯爵家の一本剣の家紋が刺繍されており、それが厩舎を抜ける風に靡いていた。


「お願い、忘れて」


 少し鈍い彼でもきっと気がつくだろう、馬から降りて駆け寄ってくる彼に彼女は何時もの強気でされど力なく口にした。


「ずっと傍で内緒にするよ」


 マントが彼の手で大きく広がった。

 馴染みのある彼の香に優しく包み込まれてゆく、やんわりとだけれどしっかりと支えられるようにそのままその胸元に抱かれた。上半身すべてがマントで覆い隠され、リグは彼の胸元の薄闇の中におさまる格好となった。


「誰も見てない、だから気にしないでいいよ」

「う……ん……」


 包まれた中で声を押し殺し、やがては声を上げて、彼女は押し殺していたものを溢してゆく。父親の病に伏せる姿にため込んできた悲しみをすべて吐露するかのように、熱く悲しい涙で彼の胸元を濡らして、そして彼に腕を回してしっかりと縋りついて、しばらくすると互いに抱きしめ合う力が離れまいとでもいうかのように増してゆく、馬たちは互いに小さく嘶き合っては悲しみに寄り添うように時より彼女の漏れ出でる声を消し去っていた。


 2人は王女の部屋で揃って翌朝を迎えることとなったが、彼女の侍従も彼の侍従も口を挟むことも咎めようともしなかった。互いに準備のため別れのキスを済ませて、彼女は式典までの間を穏やかな気持ちで迎えることができ、その崇高な使命を完璧と謡われるほどに果たした。そして彼もまた勇壮なパレードに加わり花を添えてその役目を果たしたのだった。


 女王となった姉は2人の関係をその持て得る限りの力を持って応援してくれたおかげで、彼女は国を離れての留学ができ、そして彼と過ごす時間を得ることができている。その先についても互いに手を取り合い、周囲への働きかけと手助けをしてくれる有難い人々と共に着実に歩みを進めていた。

 

 だが、2人の関係が進めば進むほどにそれぞれの祖先の話が人々の話題の種になった。


 そして、人間の国では勇者の銅像が、魔人の国では魔人王の銅像が、それぞれの国民の中で話題に上りそして存在を問題視され始めてゆく。立場も状況も異なる現代の思考の中で語られるそれが正しいことなどありえないのに。

 その話題は火種を抱えたままでくすぶり続けた。

 この問題でしばしば2人は口論となったし、本気の喧嘩にまで発展したこともある。けれど、互いにそれぞれの歴史を尊重し、その先を見つめて行けばいいのだとの考えに至っていた。


 至極、真っ当で、至極、純粋で、至極、簡単な答えで。


 5年の交際のちに2人は婚約した。その1年後に念願の指輪を交わして、仲睦まじい夫婦として、数多くの高貴なる者の責任を果たすために精力的に活動している。

 

 魔人の王女と勇者の末裔の歴史的な婚姻を記念して両国で記念碑が建てられることとなると、2人はそれを快諾し、そして互いの国の先祖の銅像の横への建立を希望した。


 大人2人が易々と潜ることのできる大きな円形の記念碑の銘板にはこう記されている。


【古の事柄を学べ、だが、古に囚われるな、我々は未来に生きてゆく。手を携えて生きてゆく、それが正義なのだ】


 過去の正義と今日の正義は違う、そこから学べばより良い正義を築けるのだと。

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道を探る 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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