第2話 少女との出会い

 人混みを駆け抜け、長多郎たちは別の公園へとやって来ていた。最初に来た公園と違うのは、中央に高々と水が上がる噴水があることだけだった。



 もう一つ違うのは若い世代ではなく、老人ばかりいることだ。そんな静かな公園に、長多郎たちは少女の行方を追う。



「うーん。どこにいるんだろう、アリサ」

「さっきの公園も広かったけどこの公園もけっこう広いね。チョーくん、くれぐれも迷子になっちゃダメだからね?」

「アリサは心配しすぎだよー。大丈夫、大丈夫! だって、どんなことがあっても大好きなアリサのそばにいるって決めたからね!」



 そう言った瞬間、アリサの頬が少し紅潮していた。それに、どこか視線をどこにやったらいいか分からない様子のようだった。長多郎は彼女の行動に疑問を感じ、顔を触れ合いそうなほどに近づけさせる。



「アリサー? どうしたのー?」

「ち、近いから! な、なんでもないよ? びっくりした……大好き……そ、そういう意味じゃないよね。うん、私のことも守ってくれるって言ったし。チョーくん、その、ありが――」

「アリサ! あのお姉さん見つけたよ! ベンチに座ってる!」

「……チョーくんのオタンコナス」

「あれ、どうしたの?」



 顔をふくらませていたが、しばらくするとアリサは満面の笑みを見せながら、首を横に振った。



「ううん、チョーくんは相変わらず、マイペースだなって思っただけ。それで、そのお姉さんは……あそこに座ってるね」

「どうやって、気づかせようかなー」

「普通に声かけて見ればいいんじゃない? こんにちはって」

「でもそれじゃ普通でつまんないじゃん。あ、そうだ! アリサ、ぼくあのお姉さんに声かけてくる!」

「声かけてくるって……一体どうするの?」



 アリサの言葉を無視し、長多郎は足音を立てず、少女の座っているベンチの後ろに向かう。



 おそるおそる忍び足で近づき、息を止める。よし、お姉さんは気づいてないぞ。そう心の中で言いながら、長多郎はついに座っている少女の後ろへとやってくる。



 一度、アリサに視線を向ける。彼女は、わけもわからないような不思議そうな表情をしている。



 また少女に目線を変えると、長多郎は両手を限界まで広げそのまま――



「だーれだ――!」



 後ろから目を隠して、誰かを当てるあの、だーれだ! をしようとしていた。



 目が手を覆い隠すまであと数センチ。わずかな希望を信じて、長多郎は勝利を確信した。だが、現実はそんなに甘くない。次の瞬間だった。



「……はーはっは!」

「わあ⁉」



 少女が突然、こちらを振り向いた。すごい勢いで。



 お互いの顔が数センチほど近づき、長多郎は驚きのあまり悲鳴を上げてしまう。その拍子に強い衝撃でお尻を地面に打ち付けてしまう。



 腰を打ち付ける響く振動。長多郎は涙が出そうなほどに、下半身を優しくさする。ちらっと上を見てみると、元気のなかった少女はおかしそうなほどに大笑いしている。



「あはははは! わーい、引っ掛かったで!」

「チョーくん、大丈夫? もう、いけない事するから」

「うー、まさか裏をかかれるなんて。なんかすごい悔しい!」



 その場でわざとらしく、長多郎はがっくりとうなだれる。



「残念やったな。あんたらの行動はウチがあの医者と話してたときから気づいてたで。人生甘々や!」

「まさか、私たちの行動を最初から?」

「そりゃ、ウチのことずっと見てたら視線にも気づくわ。で、なんや。ウチになんか用があってここまでやって来たんやろ?」



 いたずらっぽい笑みを浮かべながら十四歳ほどの少女は全てを見通しているようだった。栗色の髪は、肩まで届くほど伸びている。笑っているその顔は、誰よりも笑顔が似合う少女だった。うさぎの絵が描かれた黒いシャツに少しボロめのホットパンツは、この春では寒そうな服装だった。



「うん! 実はね、お姉さんがなんでお医者さんに怒ってたのかなーって思ってて! だから後を追ってきたの!」

「なんや、そうやったんか。あー、ウチちょっと興奮してたかもしれんな」

「えっと、なにか聞いちゃいけない話なんでしょうか?」



 アリサがそう言うと、少女はいや、と両手で遮り困り顔を見せた。



「別に聞かれちゃ困る話でもないんやけどな。なんていうか、ただの子供に言っても得するのか分かんなくてな」

「得するよ!」

「ほう、その根拠は一体どこにあるんや?」



 おかしそうに笑みを見せる少女に対し、長多郎は自分の胸を右拳でどん! と叩いた。



「だってぼくたち――ヴィーターだから!」



 そう言った瞬間、少女の目が丸くなる。しばらくその表情が続いていたが、こほんと小さく咳込んだ。



「あんたらみたいな子供がヴィーター? まだどう見ても小学生やないか」

「ほんとだよ! ほら、許可証だって試験に合格して手に入れたよ!」



 長多郎はポーチからあるものを取り出した。生年月日や顔写真などの入ったカードだ。それをランに自慢するように見せびらかす。へえ、とランは関心を示しているようだった。



「ウチでもまだヴィーターになってへんのに。小学生がヴィーターになるなんて、本当にいるものなんやな。でもあんたらはまだなったばかりなんやろ? ヴィーターに」

「うん! だって、まだ合格してから一ヶ月だし!」

「羨ましいなー。ヴィーターになったら、自由に旅できるんやろ? おまけに、商品の値引きやらホテルのスイートルームに泊まれたり、いろいろ優遇されるし、一般人より得だらけやないか」



 ヴィーター。


 夢のために試練を合格し、自分の人生を生きる人々の総称であり、称号。称号を得るには、最難関といわれるヴィーター試験を突破しなければならない。



 合格した者に学力能力関係なくても好きな人生を生きてほしい事が理由の一つだが、ヴィーター試験が設立された本当の目的がある。



 この世界で、一般人の冒険は制限が限られている。魔物と呼ばれる危険な種族が存在し、命を落とす危険があるからだ。そのせいで夢や欲望が叶わなかった人たちがいた。



 そんな人たちのためにはるか昔、この試練が用意された。



 ヴィーターになれば、商品の値引き。高学歴と見なされたり、秘密情報の閲覧。一般人が立ち入れない禁止区域のほとんどに行けることなどを許される――つまり、旅ができるのだ。



 試験を合格すればお願いを一つ言うことができる。実際にお願いを言って死ぬまで遊んで暮らせる大金持ちになった人物もいるし、会社を立ち上げて、社長になった人物もいる。



 ヴィーターになって、どういう生活を送るかは、本人次第だ。様々な場所へ冒険してもいいし、称号を利用して富や名声を得ればいい。中には宇宙を旅している者もいる。



 ある人は夢を叶えるため、ある人は自分が最強だと言うことを世界に示すため。

 命を落とすこともある危険な試練だが、たとえ体中から血液を撒き散らそうと、全身傷だらけで死に掛けようとも絶対に諦めない。



 それが多くの危険を乗り越え、試験を合格してきた者たち。彼らは今でも、自分の人生を生きている。長多郎たちはその試験に合格し、無事にヴィーターとなっている。



「それでどんなお願い叶えてきたんや。あんたらは」

「ぼくは、色んなゲームソフトが永遠に無料で買える権利!」

「私は、故郷のみんなが平和に暮らせるようにとヴィーター協会から警備の配置をお願いしてきました。住民の皆さんが幸せに暮らしてくれれば、私もうれしいですから」

「世の中には金目的でヴィーター試験を受ける輩もおるけど、やっぱり……子供は純粋やなあ!」



 次の瞬間、少女が獲物を逃さないくらいの勢いで長多郎に飛びついてきた。そのまま、抵抗できないほど抱きしめられる。頭を撫でられ、少女の鼻息がこちらにかかってくる。



「うふふふふ! やっぱり可愛い最高や! うふふふふ!」

「んー?」



 なんで今、抱きつかれてるのか長多郎はよく分からなかった。少女の顔は紅潮し、にやにやしながら息を乱している。



 アリサは光景をぼーっと見ている様子だったが、表情がより強張った。



「チョ、チョーくんになにしてるんですか!」

「こんな可愛い子見たことないで! うふふふふ、とりゃー!」



 抱きしめから開放され、楽になる。少女が今度はアリサのほうに飛びかかっていた。狙った獲物を逃さないような様子で、アリサは彼女に捕まる。



 アリサの太ももを顔にこすりつけ、更に興奮している様子だ。



「きゃあああああ!」



 アリサの悲鳴がこちらに届く。少女は止まることを知らない。



「こっちも最高やで、うふふふふ!」



 この光景を見て、なんか長多郎も楽しそうだ、と思ってしまう。少女があんなに楽しそうにしてたらこっちまで楽しくなってしまう。



 長多郎は軽々と足を上げ、一歩前に出る。またもう一歩。気づいたときには、もう軽々と少女とアリサの元まで走っていた。



 アリサが嫌そうな顔をしているとき、長多郎は思いっきり二人に飛びつく。



「アリサー!」

「ちょ、チョーくんも抱きつかないで助けてってばー!」

「もう、小学生って最高やな! うふふふふ」



 長多郎はアリサの腰に抱きつき、密着するのだった。

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アドバンス・ヴィーター カズタロウ @kazu_akatsuki

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