【番外編】恋文と嫉妬
それはフェリシカが非番の日に、街中を歩いている時のことだった。
「あの!
突然、呼び止められて、振り返ってみれば。
そこには頬を紅潮させた少女の姿がある。彼女は必死な様子で何かを差し出してきた。
「あの、これを……!」
それは一通の手紙だった。緊張しているのだろう、その指先がかすかに震えている。
「ああ」
と、フェリシカはほほ笑んだ。
こういうことはよくある。騎士団に所属する者は国民の憧れの的だ。特にフェリシカは男女問わずにファンが存在するため、街中で呼び止められることはしょっちゅうだった。
ありがとう、と受け取ろうとした時だった。
「これを、ロイクヴェルトさんに渡してもらえますか?!」
思いもよらない言葉が続いて、フェリシカは硬直した。
◇
「……で? もらってきたわけ?」
「当然だろう。あのように必死に頼まれて、無下にすることはできない」
その日の夜。
手紙を届けるためにロイの部屋にやってくれば、「夕飯、食べていけば?」と誘われ、フェリシカは室内に上がった。
街中で少女に手紙をたくされた経緯を説明する。と、ロイは目を細めて、いつもより不機嫌顔だ。
「そういうのいらないから、適当に処分しといてよ」
「なっ……そういうわけにはいかないだろう。あの子はこれを私に渡す時、震えていたぞ。勇気を出して声をかけてくれたにちがいない。きちんと目を通して、返事の手紙を出すべきだ」
「……あのさ。見ず知らずの相手からの手紙にもいちいち真面目に返事書いてるの、フェリシカくらいだから」
呆れた顔で告げながら、ロイは手際よく食卓の用意をしていく。
鶏肉に詰め物をして蒸したガランティーヌ、ベーコンや色とりどりの野菜をトマトベースで煮込んだミネストローネスープ、添え合わせのパンはフェリシカの分だけ焼きたてのスコーンだ。ジャムやクリームまで手作りしているというのが驚きである。
最近のロイの料理の腕はめきめきと上達していて、一流の料理人に引けをとらないのではというほどにまでなっている。そのうちロイが「騎士団をやめて料理人になる」「菓子職人になる」と言い出したらどうしよう、とフェリシカは心配していた。
スープを口に含むと、豊かな味わいが舌の上に広がる。
「美味しい」と告げると、照れたように視線を逸らして「それはどうも」と返される。
「ちなみに、それの中身がどんなでも、フェリシカは何とも思わないわけ?」
「どんな……とは?」
「だから、恋文の類とか」
「ああ、そうか。なるほど。その可能性もあるのか。そうか……」
その可能性を失念していた。
フェリシカはあごに手を当てて思案した。
確かに最近のロイは人気急上昇中であるということをセレステから聞いた。特に女性からの人気がすさまじいらしく、プレゼントの類が騎士団に大量に送られてくるという話だが……。
(そうか。そういうファンの中には、交際を目的に
そう考えると、少しだけ胸がちくりと痛む。が、フェリシカに口を出す権利はない。
一応、ロイとは現在、「結婚を前提に交際中」という関係性ではあるのだが、フェリシカはその状態をいつ破棄にされても仕方がないという認識があった。ロイの選択肢を狭めることだけは絶対にしたくなかったからだ。自分の方が10も年上であるという負い目もあるし、彼が子供の時分から一緒にいたせいで刷りこみをしてしまったのではという懸念が消えないでいた。
ロイが同年代の少女に惹かれることだってあるだろうし、その時に自分の存在が彼の足かせになりたくなかった。だから、ロイには嫌な顔をされたが、「他に好きな人ができたのなら、遠慮せずに自分のことは切り捨てていい」と告げてある。
そのため、周囲には自分たちの関係を秘密にしていた。
「もし仮にそうだとして、決めるのは君だ。私にどうこうする権利はない」
「……あー、そうかよ」
眉をひそめて、ロイは言う。その声音が乱暴な響きをまとっていたものだから、フェリシカは「何か気に障ったことを言ったのだろうか」と不安になった。
「じゃ、やっぱり受け取っとく。返事も出すよ」
「そうだな……それがいい」
ほほ笑んでそう答えたものの、フェリシカの胸の内は鬱屈としていた。
そして、どうしてこんなにもやもやとしてしまうのか、その理由が自分でもわからないでいた。
◇
その話題はそれきりだった。
ロイがきちんと返事を出したのか、フェリシカは聞くことができないでいた。
何となく尋ねるのが不安だった。
(偉そうなことを言っておいて、案外に私は臆病だったんだな……)
しかし、その手紙の一件の結末は、予想外のところから知らされた。
「フェリシカ、おめでとう」
休憩中にセレステに突然そんなことを言われて、フェリシカは唖然とする。
「は? いったい何のことだ……?」
と、尋ねると、セレステは幸せそうにふわふわと笑う。
「ようやくロイくんとうまくいったのね」
「え!?」
「今、街中はその話題でもちきりよ。今朝は号外が配られていたもの。ほら」
と、セレステが手にしている新聞に目をやれば。
そこには大々的に見出しが書かれていた。
『悲報! 国中の憧れの的、
フェリシカは目を剥いて驚いた。
「ど、どこからこんな情報が……!? まさか、セレステ、君が……」
周りには秘密にしている関係だが、親友であるセレステにだけは話していたのだ。フェリシカが疑いの視線を向けると、セレステはきょとんとして首を傾げる。
「いいえ。私じゃないわよ。確か、ロイくんに手紙を出したファンの子に返事の手紙が来たって……。そこにいろいろと書かれていたって聞いたけれど」
「なっ……」
その日、仕事が終わるとフェリシカはロイのところに駆けこんだ。
「君は、いったいどんな返事を出したんだ?!」
すると、新聞紙によれば『フェリシカの熱愛相手』と報じられていた相手はというと。
意地の悪そうな顔で、珍しく笑って見せた。
「さあな」
その表情にフェリシカの体温は急上昇する。
「その、私たちの関係は秘密にしようと……。君もそれで構わないと言っていたじゃないか」
「あんたがあまりに鈍いから、外堀から埋めていくことにした」
「そとぼり……?」
意味がわからずにフェリシカは首を傾げる。と、気が付けばロイの姿がすぐ眼前に。
とん……と、壁に手を付けられて、フェリシカは追いつめられた状態になる。その距離の近さにフェリシカの心臓は跳ねた。
「ろ、ロイ……?」
「フェリシカはさ、まだわかってないみたいだけど。俺が子供の時から一緒にいたから、自分が囲いこんだみたいに引け目を感じてるんだろ? でも、逆だから。俺があんたを囲いこんでんだよ」
「へ……?」
フェリシカの疑問の声は途中でかき消えた。唇にそっと……しかし、しっかりと柔らかなものが重なる。それは一瞬のことではあったけれど、
「…………っ……!」
フェリシカは声にならない声を上げながら、口元を抑えた。
その様子を見下ろしながら、ロイが目を細める。それはいつもの不機嫌な様子でも、呆れた様子でもなく――。
「――逃がすわけないだろ」
肉食動物が獲物を見定めた時のそれだ。
耳元でささやかれた低音に、フェリシカの全身はカッと熱くなるのだった。
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最後まで見ていただけて、ありがとうございました。
今後もお話を投稿していきたいと思っているので、ぜひ作者(村沢黒音)をフォローしていただけると嬉しいです!
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真面目で堅物な女騎士が、生意気少年を育てることになるお話 村沢黒音 @kurone629
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