第11話
ステージ上に現れたバカでかい黄金の箱。
億万兆舎の事だから、当然のように純金なのだろう。
中までみっちり金が詰まっているわけではないだろうが。
それでも、とんでもない価値の金塊である事には違いない。
みたいな事を内心誰もが思ったのだろう。
あれ程騒がしかった体育館が、嘘のように静まり返った。
億万兆舎は焦った様子で辺りを見回すと。
「お~っほっほっほ! 皆様~! ここは笑う所でしてよ~! そんな真顔で黙られたら、わたくしが滑ったみたいで恥ずかしいですわ~!」
助け舟を求めるようにチラチラと俺を見る。
「いや、なんかもなにも滑ってんだよ……。なんなんだよこのクソデカい金の塊は……」
仕方なくつっこむと、億万兆舎は待ってましたと胸を張った。
「勿論お弁当ですわ!」
「デカすぎなんだよ! 金で出来てるのも意味分かんねーし!」
「手作りのお弁当勝負だって言うからぁ!? お弁当箱からこだわったんですわぁ!?」
「こだわるポイントがズレすぎだし、何の説明にもなってねーだろ!?」
「お金持ちと言ったらデカい、ゴージャス、ゴールデンでしょう!?」
「金持ちの解像度が小学生過ぎるだろ……」
「そこはほら! 庶民の皆様に合わせたんですわ! 最初は人間国宝に依頼して備前焼のお弁当箱にしようと思ったのですけれど、凄さが伝わりにくいかと思いまして」
「そりゃそうだろうが……。てか、そんなくだらねー事に人間国宝を使うんじゃねぇ!」
「くだらない事に全力を注ぐから粋なのですわ! 人間国宝様だってきっと分かって下さいます!」
「ああ言えばこう言いやがる……」
俺はイヤだぞ! 人間国宝の作った割れ物の弁当箱なんか!
おっかなくって触りたくないだろ!?
「なんでもいいが、中身はどうなってんだ?」
「それは見てのお楽しみですわ!」
億万兆舎が蓋を開けようとするが……。
「ふん! ふんんんん! ふぎぎぎぎぎぎぃぃぃ!?」
いや顏!
お金持ちのお嬢様がしちゃいけない顏してるだろ!
必死過ぎて鼻水出てるし!
ともあれ蓋を外すと、中からステンレスっぽい普通の弁当箱が現れた。
「……いや、そこは普通かよ!」
「バカね佐藤! 成金女の事だから、普通っぽく加工したプラチナとかに違いないわ!」
「いえ。これはその辺で売ってる一個1600円の庶民的弁当箱ですわ」
ズコっと俺と頼羽は肩でコケるが。
「純金のお弁当箱に安物のお弁当箱を入れるなんて……。流石セレブちゃん、粋だね!」
「お~っほっほっほ! 奈子さんなら分かってくれると思いましたわぁ!」
いやもうわからんわからん!
理解出来んししたくもない。
「それでは食らいなさい! これがわたくしの最高におゴージャスなお弁当ですわぁ!」
審査員用のテーブルに弁当を置き、億万兆舎が蓋を開ける。
「うわぁ……」
「なんですの、その反応は!?」
「いやだってこれ、高級料理手あたり次第一口サイズにして詰め込んだだけだろ……」
大トロの寿司に霜降りステーキ、伊勢海老やフグ、ウニの刺身に、フォアグラや松茸、フカヒレに北京ダック等々。
庶民なら誰もが憧れる高級料理の数々がマス目状に区切られた弁当箱の中に所狭しと並んでいる。
夢のような光景と言えば聞こえはいいが、あまりにも混沌とし過ぎて逆にグロい。
ハッキリ言って悪趣味だ。
「だってわたくし、あなたの好みなんか知りませんし。庶民の方はお好きでしょう? こういうの」
「庶民舐めすぎだろ!?」
好きだけどさ!
こういうの、一度でいいから食ってみたいと思ってた物ばかりだけどさ!
だからこそムカつく!
なんかもう、俺という個人を全無視して庶民という概念にまとめられてる感じが腹立たしい!
「文句は食べてから言って下さる?」
億万兆舎は意にも介さず勝ち誇る。
俺は舌打ちを鳴らし。
「これでマズかったら承知しねぇからな」
負け惜しみを言いつつ箸を伸ばすのだが……。
……………………ちくしょう!
「どうかしら? 庶民の方が好きそうな高級料理をただ詰め込んだだけのお弁当の味は?」
「うめぇよ! 超うめぇ! こんな美味い物今まで食った事ねぇよ! これで満足か!?」
悔しいけど箸が止まらん。
どれもこれも美味すぎる!
一口サイズだから飽きないし。
むしろもっと食べたくなるし!
イヤでも億万兆舎に感謝しちまう!
こんなん尊厳破壊だろ!?
泣きながら弁当を食べる俺を見て、観客達はゴクリと唾を飲み、大ブーイングの雨嵐だ。
「ズルいぞ佐藤!」
「俺らにも食わせろ!」
「料理勝負なのに試食もねぇのかよ!」
あるわけねぇだろと言いたいが、俺が逆の立場でも同じような事を思っただろう。
なにが悲しくてどこの馬の骨とも知れないモブ男が美少女にモテながら高級弁当食べてる姿を眺めなきゃならんのだと。
一瞬でギャラリーのヘイトが高まり、このままでは勝負が決まる前に暴動が起きそうな雰囲気だ。
どうすんだよこれ!?
と思っていたら。
「お~っほっほ! そう来ると思って皆様の分も用意しておりましたわぁ! セバスチャン!」
スカッと億万兆舎が指を擦る。
付き人達がぞろぞろ現れ、手際よく野次馬達に弁当を配布する。
「うぉおおおお! うめぇえええ!」
「これが本物の松茸の味……」
「あたし伊勢海老って初めて食べた……」
「これはもう億万兆舎の勝ちで決まりだろ!」
観客たちはあっと言う間に篭絡され、体育館を億万兆舎コールが埋め尽くす。
「ちょっ、汚いわよ成金女! こんなの買収と一緒じゃない!?」
「はて? なんのことでしょう? 審査員はそこのモブ男さん一人なのでしょう? でしたら、わたくしが観客の皆さんにお弁当を振る舞ったって勝敗には関係ないはずですわ。違いまして?」
億万兆舎が不敵に嗤う。
「そりゃ、建前上はそうだろうが……」
この空気の中、観客の声をガン無視して億万兆舎を負けにしたらどうなるか……。
審査員としての俺の公平性が疑われ、観客=学校中の生徒や教師を敵に回す事になる。
悔しいが、億万兆舎の弁当は美味かったわけだし、その事実はこの場にいる全員が実際に舌で味わっているのだ。
この有利は、ちょっとやそっとでは揺るがない。
ハッキリ言って、億万兆舎の勝ち確だと思う。
「お~っほっほ! わたくしはただお金持ちとして庶民の皆様にお金持ちの気分を味わせてさし上げただけですわよ! お金があればこんなご馳走もいつだって食べ放題ですわ~! 羨ましかったら皆さんも頑張ってお金持ちになってくださいまし! わたくしは頑張る庶民の皆様を応援しておりましてよ~!」
「うぉおおお! 俺も沢山勉強していい会社に入って金持ちになるぞ!」
「絶対スポーツ選手になってやる!」
「ゲーム実況で一山当てるんだ!」
「金持ちの男と結婚して玉の輿狙うわよ!」
「先生も株で一発逆転狙っちゃうぞ~!」
いや先生それは死亡フラグだろ。
なんにせよ、億万兆舎のダメ押しが効き、会場は億万兆舎一色といった感じだ。
「こんなの勝負にならないじゃない!?」
あきらめムードで頼羽は青ざめるが。
「そんな事ないよ。セレブちゃんの言う通り、この勝負の審査員は佐藤君なんだもん。他の人がなんて言おうが、佐藤君が勝ちって言ったらその人の勝ち。そういうルールでしょ?」
「そりゃそうだけどな……」
それが言えない雰囲気だろ……。
それとも、伏木にはなにか秘策があるのだろうか。
あるのかもしれない。
この女なら……。
そう思わせる凄味が伏木にはある。
そういう奴なのだ。
「まぁ、奈子さん。この状況で、随分な自信ですわね」
「自信なんかないよ。でも、佐藤君の事を想って、佐藤君の為だけにお弁当を作って来たから。佐藤君に対する私の愛が試されると思うと、ワクワクするよね」
真っすぐに俺を見つめて伏木が呟く。
ただそれだけの事なのに、騒がしかった体育館が水を打ったように静まった。
「面白い。それでは勝負しましょう。わたくしの財力と奈子さんの愛、どちらが勝つか!」
ルーレットまでもが空気を読み、次の相手に伏木を指名する。
出来過ぎたタイミングがやらせ臭いが、文句を言う者など一人もいなかった。
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モブ男の俺に学校一の美少女じゃ釣り合わないので断ったら全力で落としに来るんだが、なんで他の美少女達まで俺を狙って来るんだよ!? 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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