第10話

「ついにこの日が来てしまった……」


 三日後の昼休み。


 体育館は押し掛けた野次馬達で超満員になっていた。


 俺達はどこぞの暇人が豪華に飾り付けた(どうせ億万兆舎が演劇部にでも発注したんだろう)ステージ上に祭り上げられている。


 フロアでは購買部の連中がお菓子やジュースを売り歩き、賭博部が現在のオッズと共に間もなく賭けが閉め切られと騒いでいるのだが……。


 いやいやいや。


 百歩譲って購買部まではまだ許そう。


 なんだよ賭博部って!


 学生が公然と学校でギャンブルなんかしてんじゃねぇ!


 ヒロインがヒロインならモブもモブだ。


 この学校には俺以外まともな人間はいないのか!?


 ちなみにオッズだが……。


 伏木、億万兆舎共に一倍台で、僅かに伏木の方が倍率が低い。


 いや、伏木の奴人気ありすぎだろ!?


 一応相手は学校一のお嬢様お金持ち、どんな問題も金の力で解決する億万兆舎だぞ!?


 そんなの実質プロの料理人を相手にするようなものだ。


 普通に考えれば億万兆舎の圧勝一択なのだろうが……。


 それでも伏木なら……。


 そう思わせる凄味というか普通じゃなさ異常さがあるのが伏木の恐ろしい所だ。


 ちなみに頼羽は超大穴で倍率なんと百倍オーバーの万馬券ポジ。


 野次馬共も「頼羽って誰?」「伏木さんにいつも勝負ふっかけて負けてる子じゃない?」というような扱いだ。


 ぶっちゃけ俺も同じような認識だったから人の事は言えないが。


 ここまで差がつくと流石にちょっと哀れである。


 当の頼羽はと言えば。


「聞いた佐藤!? あたしのオッズ、百倍超えだって! よくわかんないけど、これって人気って事よね! やったやった! ついにあたしの時代が来たんだわ!」


 と無邪気に喜んでいる。


 このタイミングで現実を直視させるのは酷なので、俺は「お、そうだな」と流しておくが。


 この三日間の頼羽の頑張りを知っている身としては複雑な心境だ。


 というのも俺はこの三日、放課後毎日頼羽の家にお呼ばれして拉致されて弁当用のおかずの試食を手伝わされていた。


 仮にも俺は審査員だ。


 流石にこれは頼羽に肩入れしすぎでは? と思っていたのだが……。


 そんな考えは初日で吹っ飛んだ。


 だって頼羽の奴、壊滅的に料理が下手なのだ。


 料理なんかした事ないと言っていたから当然と言えば当然だが……。


 それにしたって不器用すぎる!


 メインとなるおかずは唐揚げと卵焼きの二品のみなのだが、鶏肉を切ればついでに自分の指も切る、卵を割ろうとすれば粉々になって殻だらけといった具合で、料理をする以前の問題だ。


 あまりにも不器用すぎて何故か料理未経験の俺が見よう見まねで手本を見せるという事態になってしまった……。


『すごい! 卵を綺麗に割れるなんて! 実は佐藤、料理得意でしょ!?』

『いや、これくらい普通だろ……』


 こんな会話が毎秒飛び出す始末である。


 それでも頼羽はめげずに頑張り……と言いたい所だが、普通にヘラって諦めそうになっていた。


 で、何故か俺もその場の空気に流されて頼羽を励まし、なんやかんやあって最終日にはどうにか生焼けでも黒こげでもない唐揚げと卵の殻が入っていない卵焼きのような物を作れるくらいには上達した。


 味?


 高望みしてるんじゃねぇ!


 食える物を作れただけでもすごい上達なんだぞ!?


 昨日なんか二人で感動しながらハイタッチしちまったし!


 ……いや、冷静に考えなくても俺なにやってんだ? って感じではあるんだが。


 結果はともかく、過程だけはものすご~く頑張った頼羽なのだ。


 手だって火傷と切り傷で絆創膏だらけだし。


 そういう所、一人くらいは気づいてくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。


 いや本当、肩入れしすぎだとは思うんだが……。


 とは言えあの味では、オッズの通り頼羽の勝ちは万に一つもないだろう。


 努力すれば負け方くらいは選べるなんて言ってしまったが……。


 どうやら現実はそう甘くはないらしい。


 内心俺は、無責任な事を言って頼羽をその気にさせてしまった事を後悔していた。


 だからと言って八百長で頼羽を勝たせる事は出来ないが。


 それでもせめて、なにも知らない外野共の心ない声に頼羽が傷つく事がないよう、出来るだけの事はしてやろうと思う。


 だってこいつは、好きでもない俺の為に傷だらけになりながら必死に出来もしない弁当を作ってくれたんだから。


「お~っほっほっほ! 流石はわたくしの認めたご友人、学校一おもしれー女の伏木さんですわ! 学校中の生徒と教師、果ては近所の暇人さえもがわたくし達の勝負を一目見に体育館に集まってますわ! なんという集客力、なんという注目度! 沢山目立ててわたくし、最高にハイでございましてよ! お~っほっほっほっほ!」

「よかったね、セレブちゃん」

「ちょっとセレブ! あたしの事も忘れないで! あたしのオッズは百倍なんだから! あんた達の百倍人気を集めてるって事なのよ!」

「お~っほっほっほ! 頼羽さんたらまたまた御冗談を。面白過ぎてヘソでお紅茶が沸騰しますわ~! おほほのほ~!」

「面白いのはお前の笑い方だろ。なんだよ、おほほのほ~って」


 それ以前に校内に普通に部外者入り込んでる事に誰かつっこんで欲しいんだが。


 つっこみが俺一人じゃ足りなすぎるぞ!?


「お嬢様たるもの、笑い方もお優雅でなくては……なんですの頼羽さん。その手は?」

「ご褒美!」


 目をキラキラさせながら頼羽は言うが……。


「ありませんけど。ああいうのは嫌がる手合いにやるから面白いのであって、開き直られてしまったらな~んにも面白くないですもの。お~っほっほっほ!」

「はぁ!? クズね! あんた! 知ってたけど!」

「いや、お前も普通に金を要求するなよ……」

「だってぇ!? お弁当のおかず練習するのにめちゃくちゃお金かかったのよ! あの時貰った一万円結局全部使っちゃったし! 大赤字よ!」

「それはちょっと同情するが……」


 ちょっとくらいは俺も出した方がいいのだろうか?


 いやでも、俺だって巻き込まれただけだし……。


 う~む……。


「それなら瑠々ちゃん、領収書セレブちゃんに渡したら経費で清算してくれるよ?」

「はぁ? なんだよそのシステム!」

「だってわたくしお金持ちですから。庶民の皆様がわたくしのレベルに合わせて遊んで下さっているんですから、そのくらい当然ですわ。お~っほっほっほ!」

「見下してるんだか感謝してるんだか分からん奴だな……」

「勿論感謝してますわ! いくらお金が有り余っていても一緒に遊んでくれる庶民の方がいなければ楽しくありませんもの! 庶民あっての金持ちですわぁ~!」

「そ、そうか……」


 こいつ、友達いないのか?


「まぁ、使った分は戻って来るらしいし。良かったな頼羽」

「全然よくないわよ!? そういう事は先に言って! 領収書なんかその場で全部捨てちゃったわよ!」

「あー……」


 本当にこの女は。


 不憫というかなんというか……。


 まぁ、普通はそんなもんなんだろうが。


「仕方ありませんわね。今回に限り、頼羽さんの自己申告でオーケーという事にいたしますわ」

「ほ、本当!? やったー! なによセレブ、あんた実は結構良い奴ね! 見直してあげない事もないわ!」

「お~っほっほっほ! そうなのですわ~! 実はわたくし、こう見えて根は結構良い奴なのですわ~!」


 高笑いを上げると、億万兆舎が指をスカす。


 どこからともなく付き人学生が現れ、悪趣味な金財布から一万円を取り出して頼羽に渡した。


「え、いいの?」

「褒められて嬉しいからオッケーですわ~!」

「やった! ありがとセレブ! 大事に使うわ!」

「よかったね、瑠々ちゃん」

「うん!」

「いやもう……好きにしてくれ……」


 どいつもこいつもチョロすぎだろ。


 俺はそういうのどうかと思うぞ。


 ……羨ましくって言ってるわけじゃないからな!


「さぁ~て。賭けも閉め切ったようですし、そろそろ勝負を始めましょう! 誰から始めるか、公平にルーレットで決めますわよ~!」


 億万兆舎の合図とともに照明を落ち、背後に吊るされた特大スクリーンにルーレットの映像が映りだされる。


 いや手ぇ込みすぎぃ!?


 これは映画研究部も一枚噛んでそうだな……。


 まぁ、億万兆舎のやる事だ。


 いちいち驚いてたらキリがない。


 ともかく、俺としては頼羽が一番になる事を祈るばかりだ。


 多分というか間違いなく、悲しい結果に終わるような内容だろうからな。


 先に終わらせちまった方が傷は浅いだろう。


 そういうわけだ!


 神様仏様、頼むぞぉおおおお!


 都合のいい時だけ神頼みなんかしたのが良くなかったのだろう。


 ルーレットは億万兆舎のドヤ顔のマスで止まった。


「お~っほっほっほ! 流石はわたくし! ルーレットでも一番ですわぁ~!」


 直後、壮大なBGMと共に白煙と極彩色のライティングがステージを彩る。


 謎の威圧感に頭上を見ると、黄金に輝く巨大な立方体がワイヤーに吊られてゆっくりと俺達の元に降下しつつあった……。

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