第9話

 そう思って自分を納得させようとしたのだが。


 やれやれだ。


 何故だか俺は、頼羽の所に引き返していた。


「なによ……。あたしの事、笑いに来たわけ?」

「わっはっはっは!」


 大笑いすると、俺は真面目な顔をした。


「なわけないだろ。八百長には協力出来ないが、勝つ為の努力なら手伝ってもいい。実際まぁ、不公平だとは思うしな。伏木はともかく、億万兆舎の金持ちチートは自分の力じゃないし。あれが許されるんなら助言くらいはセーフだろ」

「佐藤ぉぉぉぉ!」


 嬉しそうに頼羽は泣き止むが。


「助けてくれるのはありがたいけど……。助言くらいで成金女に勝てるかしら……」

「まぁ、無理だろうな」

「それじゃあ意味ないじゃない!?」

「いやあるだろ。努力すれば、少なくとも負け方は選べる。正々堂々頑張って負けたなら、負けたとしても格好はつく。ライバルってのはそういうもんじゃないか?」

「……なによそれ。バカみたい! でも、そうね。その通りだわ! あたしは奈子のライバルなんだから! 負けたとしても奈子に恥じない負け方をしなくっちゃ! そういう事でしょ?」

「まぁ、そういう事だ。それに、勝負は時の運とも言うしな。運が良ければ勝てるかもしれないぜ?」

「勝てるわよ! 自信はないけど……。どうせやるなら勝つ気でやるわ! 奈子ならきっとそうするし……。なによりあたしには審査員の佐藤がついてるんだから!」

「その意気だ! と言いたい所だが。俺だって料理なんかほとんどできないし。助言っつっても言える事なんか大してないぞ?」

「そんな事ないわよ! あんたにしか出来ない、最強の助言があるでしょうが!」

「なんだそりゃ?」

「バカね。わかんない? あ、じ、み」


 頼羽が悪戯っぽく片目を瞑る。


 不覚にも俺はドキッとした。


 仕方ない。


 これでもこいつは一端の美少女なのだ。


 俺のようなモブ男には、こんなんでも十分眩しい。


 悔しいから、そんな素振りは見せないが。



 †



「という訳で! まずは買い出しよ! 折角だから、好きなお弁当のおかずも教えなさい!」

「それアリか?」

「助言してくれるって言ったじゃない! 嘘だったの?」


 ジト目で睨まれ肩をすくめる。


 まぁ、伏木は料理上手らしいし、億万兆舎はお抱えシェフにでも作らせるのだろう。


 頼羽はこの通りのポンコツ女だし、それくらいのハンデは許されるか。


「まずは唐揚げだろ」

「まぁ、妥当ね」

「ハンバーグ」

「あたしも大好き!」

「卵焼き」

「定番ね!」

「エビシュウマイ」

「エビシュウマイ!? そんなの作れないわよ!?」

「そう言われてもな。うちの弁当にはよく入ってるし」

「他にはないの?」

「春巻き、ナポリタン、白身魚のフライ、きんぴら、ひじきの煮つけ、グラタン、オムレツにかぼちゃコロッケ、他には――」

「ストップ、ストップ! なによさっきから!? 難しそうなのばっかりじゃない!」

「そうなのか? うちじゃ普通だけど」

「だとしたら、あんたのお母さんは料理上手すぎよ! ただでさえ料理なんかした事ないのに、そんなに色々作れないわよ!」

「なら簡単なのに絞って、おかずの種類も減らすしかないだろ」

「そうだけど……。それで勝てるの?」

「さぁな。別に俺はグルメってわけじゃないし。ぶっちゃけ米とがっつりおかずになるような料理が一品あれば十分だ。まぁ、もう一品くらいあると嬉しいけど。無難に唐揚げと卵焼きとかでいいんじゃないか?」

「唐揚げだって十分難しそうだけど……。その辺が妥当よね……。でも、それだとちょっと茶色すぎない? 可愛くないって言うか」

「別にいいだろ。腹に入れば同じだし。弁当に彩とか求めた事ないし」


 母さんは気を使ってカラフルにしてくれるけど。


 正直俺はあまり気にした事がない。


「イヤよ! あたしがセンスないみたいに思われるじゃない! ……なによ、その顔」

「いや、そのセリフ、うちの母親も言うなと思って」

「ほら見なさい! 女の人はそういうの気にするの! ねぇ、なに入れたらいいと思う?」

「知るかよ。適当に野菜とか詰めといたらいいんじゃないか?」

「適当な野菜ってなによ! そういうのが一番困るんだから!」


 そのセリフもよく言われる。


 あまり言うとマザコンだと思われそうだから言わないけど。


「グリーンピースとか?」


 それこそ適当に答えるのだが。


「えー! グリンピース嫌い!」

「知らんがな……」

「そうだ! 佐藤はないの? 嫌いな食べ物」

「特にないな。食える物ならなんでも食えると思うが」

「チッ」

「なんで舌打ちするんだよ……」

「だって! 嫌いな物があるなら成金女を騙してメニューに入れさせられたかもしれないでしょ!」

「また狡い事を……」

「勝負なのよ! そういうのも立派な作戦でしょうが!?」

「はいはいわかったわかった。それよりさっさと済ませようぜ。頼羽と一緒に買い物してる所を誰かに見られて変な噂になりたくない」

「はぁ!? なによそれ!? こっちの台詞なんですけど! あんた自分の立場分かってる!? 本来ならあたしなんかとは一生口を利く機会もない冴えないモブ男よ! むしろ噂になれる事をありがたく思うべきだと思うんだけど!」

「あぁそうだな。ところでお前も俺に急用ができる前に自分の立場を思い出した方がいいと思うぞ」

「すみませんごめんなさい調子乗りました本当は助けて貰ってすっごく感謝してます許してくださいこの通りです!」

「温度差で風邪ひくわ」


 いい加減慣れて来たけど。


「まぁでも、あたしが佐藤を狙ってるのはみんなも知ってる筈だし、買い物くらい平気じゃないかしら?」

「外野なんかどうでもいいだよ。問題は伏木だ」

「ぁ……」

「大親友のお前が勝負の前に抜け駆けして二人で買い物。どう思うだろうな」

「……スーッ。だ、大丈夫よ! 奈子は底抜けに優しいし! 買い物くらいでそんな……平気よね?」


 真顔になって頼羽は聞くが。


「そう願いたいがな。伏木の事はさっぱり分からん。あいつ、言ってたよな。もし俺が頼羽に取られたら」


 二人を殺して私も死にます。


 確かに伏木はそう言った。


 先の事などその時にならなければ分からないとも言っていたが。


 あの時の伏木の顔は……うぅ。


 思い出して寒気がする。


 完全に覚悟ガンギマリの顔だった。


「あばばばばばば!? どどどど、どーしよう! あたし、奈子を人殺しになんかしたくないんだけど!?」

「そう思うなら急ぐぞ」

「ラジャ!」


 というわけで、大急ぎで買い物を済ませるのだが……。


「ねーねー佐藤! 見てこの野菜! キモくない!? ロマネスコって言うらしいわよ?」

「急げと言ってるだろうが!?」


 なに普通に買い物楽しんでるんだこの女は。

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