第8話
「散々な一日だった……」
やっとの事で放課後を迎え、俺はゲッソリと溜息をつく。
伏木の告白を断ってまだたったの一日だというのに……。
伏木と頼羽と億万兆舎、三人のイカレた美少女達に目を付けられ、俺の日常は完膚なきまでに破壊された。
いったい俺がなにをした!?
モブらしく慎ましい生活を送っていただけだというに……。
いぇ~い神様ぁ! 見てるぅ~!?
どうせモテるんなら流行りのラブコメみたいにもっと普通な感じのヒロインをお願いしたいんですけどぉ!?
……はぁ。
いかんいかん。
心が荒みすぎて俺までおかしくなってきた。
あんな奴らに負けて堪るか!
俺は絶対に普通の幸せを手に入れてみせるからな!
と、カラ元気を絞り出しつつ急いで教室を抜け出す。
グズグズしてると伏木に捕まりかねない。
あるいは四人目のおかしなヒロインが現れかねない。
ないと言えるか?
言えないだろ!?
だから帰る!
流石に家の中に入ってしまえばヒロインが増える事はないはずだからな!
ハハハハハ!
「ちょっと山本……じゃなくて、さ、佐藤ぉ!」
「げ、頼羽!」
玄関で靴を履いていたらこれだ。
なにやら訳ありの顔をしているし。
生憎俺は疲れてるんだ!
頼羽には悪いがトンズラさせて貰うぞ。
「ぇ、佐藤? ねぇ、佐藤! 佐藤って! ちゃんと呼んだでしょ!? なんで無視するの? ねぇ、ねぇ? ねぇえええええええええ!?」
「だぁ! うるさい! 同情心を誘うような声で鳴くな!?」
「聞こえてるなら止まりなさいよ!? 話があるの!」
「俺はない!」
「大事な話! 一生のお願い! あんたにしか頼めない事ぉ!?」
「あーあーあーあー! 聞こえない! 聞きたくない! 勘弁してくれ!」
耳を塞いで逃げる俺。
頼羽は必死に追いかけるが。
まぁ遅い。
普通に遅い。
距離はどんどん離れるばかりだ。
そりゃそうだ。
伏木の脚力が異常なだけで、普通の女の子はこんなもんだよな。
そんな当たり前の事にホッとしてしまう自分が悲しい。
「待ってよぉおおおおおおお!? ――アブッ!?」
不穏な声に振り返ると、頼羽が盛大にコケていた。
「なにやってんだよ……」
思わず立ち止まる。
絶対に関わりたくはないのだが、流石にこれを見過ごすのは気が引ける。
逃げちゃえよ。
いや、ダメだろ!?
天使と悪魔の攻防に頭を抱えていると……。
「うぇ、えぐ、ひっぐ、びぇええええええええ!?」
派手に頼羽が泣き出した。
そりゃもう盛大に。
玩具売り場でアレ買ってええええええ!? と癇癪を起す幼児レベルのギャン泣きだ。
頭の中の天使と悪魔もドン引きで、責めるような目を俺に向ける。
いや、俺のせいじゃないだろ!?
なんにしろ、こうなってしまってはおしまいだ。
流石に俺も泣いてる女子をシカトする程非情にはなれない。
ちくしょう! 心なんてなければよかったのに!
などと思いつつ、渋々頼羽の元に向かう。
「おーい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよぉ!? バカバカバカバカぁ!? あんたのせいなんだからねぇ!? 責任取りなさいよぉ!?」
「案外元気そうだな」
見た所怪我もないっぽいし。
心配して損した。
天使と悪魔も満場一致で「帰ろうぜ」と言ってくれたので、即座に俺は踵を返すのだが。
「……おい。離せよ」
頼羽がガッチリと俺の脚に縋りついてる。
「いやぁ!? 絶対離さない!? ていうか話くらい聞いてよ!? 泣くわよ!?」
「泣きたいのはこっちの方だっての……」
男が泣いた所で誰も助けてなんかくれないのだが。
女はいいよなぁ! 泣けば助けて貰えるんだから!
そうは言っても女の涙には勝てないので、仕方なく俺も覚悟を決める。
「で、何の用だ?」
「助けて!」
「具体的に」
「料理勝負よ! 料理なんかした事ないの! このままじゃ絶対負けちゃう!」
「はぁ?」
なんだそりゃ。
「だったらなんで手作りの弁当勝負なんか受けたんだよ……」
バカだろ。
知ってたけど……。
「だってぇえええ!? あたしは奈子のライバルなのよ! 折角奈子が提案してくれたのに、あそこで逃げたらライバル失格じゃない!?」
「知るんがな……」
「元はと言えばあんたのせいでこうなったのよ!? どうにかしなさいよ!?」
「それが人に物を頼む態度か?」
「ごめんなさい助けてください奈子の前だとつい格好つけて見栄張っちゃうんです佐藤様どうか愚かなあたしにお慈悲を!?」
「いや、そこまで卑屈になれとは言ってないが……」
普通に土下座してるし。
昼休みにも思ったけど、こいつには0と10しかないのか?
「奈子に負けるのはいいの! いつもの事だし……。でも、成金女に負けるのは絶対イヤ! ただでさえ危ういライバルポジを取られちゃうわ!?」
「あぁ。危ういのは自覚してたんだな……」
存在感全然ないし。
いやまぁ、あの二人が異常なだけなんだろうが。
あいつ等の前じゃ、ただの美少女程度じゃ霞むのも無理はない。
「つっても、億万兆舎に勝つのだって簡単な事じゃないぞ。あいつの事だ。どうせ金に物を言わせてとんでもない弁当を用意してくるに決まってる。普通に伏木より強敵だろ」
「そんな事ないわよ! 奈子は料理だって凄いんだから! ちょっと好みは独特だけど……。どんな料理だって雰囲気でなんでも作れちゃうんだから!」
「グルメ漫画のチートキャラかよ……」
「そうよ! 奈子はなんでも出来るチートキャラなの! 成金女は大金持ちのチートキャラだし! あたしみたいな普通の美少女じゃ勝ち目なんかないじゃない! 不公平だわ! 可哀想だと思わない!?」
「まぁ、思うけど」
主に頭とか。
「でしょ!? だったら助けてよ!?」
「助けるって言ってもな。どうすりゃいいんだよ」
「簡単よ! 審査の時にあたしを勝たせてくれれば――って、ちょっと? 佐藤? 佐藤~!? なんで行っちゃうの!? 置いてかないでよ!?」
呆れて帰る俺を、慌てて頼羽が追いかける。
「八百長しろって話ならお断りだ。助けるにしても度を越してる。てか、そんなんで勝ってお前は嬉しいのか?」
「嬉しいわよ!」
う~んこの。
「聞いた俺がバカだった……。俺はイヤだからな。一応はあいつらも真面目にやってるんだろうし。後味が悪い。バレたらリスクしかないし」
「平気平気! バレっこないわよ!」
「伏木相手に本気でそう思うか?」
「ぅっ……」
「無理だよなぁ? 平気で人の頭の中を読んでくるような奴だ。特にお前は単純そうだし」
「単純じゃない! ちょっと嘘が下手なだけ! 根が正直者なのよ!」
正直者が八百長を提案するんじゃない。
「なんでもいいが。億万兆舎だってバカじゃないし。体育館で派手にやるとか言ってただろ。俺ら以外にも野次馬がわんさか集まるんだ。ろくに料理も出来ない頼羽の弁当を選んだら不自然だろ」
「そこはほら! あんたが味音痴っていう事にして! ハブッ!? なんで叩くの!?」
「叩かれるような事したんじゃないか?」
てか軽くチョップしただけだし。
こんなん叩いた内に入るか。
「だってぇ!? 他にあたしが勝つ方法なんかないじゃない!?」
「いや、普通に努力しろよ……」
「三日しかないのよ!? 無理よ無理!?」
「なら諦めろ。この話はこれで終わりだ」
「そんなぁ……」
頼羽を置き去りにして俺は歩き続ける。
グスグスとすすり泣く声が聞こえてくるが……。
知った事じゃない。
身から出た錆、出来もしない勝負を受けた頼羽の自業自得だろ!
大体、あんな勝負負けた所でちょっと恥を掻くだけだ。
そもそも誰も頼羽が勝つなんて思ってもいないだろう。
勝負の場にいる事すら知らないかもしれない。
負けたって誰もなにも思わない。
伏木と億万兆舎に挟まれたら、頼羽なんか俺と同じモブ同然だ。
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