呪われた異世界で俺が目指すは自由と最強!

近郊 調

第1話

 俺の名はフォルカ。職業は冒険者。そして、世の女神たちの愛を独り占めする、ちょっとばかり罪深い男だ。


 今日も俺は、ある酒場で出会った絶世の美女と一緒に、いい雰囲気を楽しんでいた。名前は……まあ、ここでは重要じゃないだろう。大事なのは今、この瞬間!彼女の唇が近づき、俺の手が腰に回ったところで、最高の展開を迎えようとしていた……その時だった。


 突然、視界が眩い光で覆われた。


 「ちょ、待ってくれ!?俺、今いいとこなんだが……!」


 抗う間もなく、光に吸い込まれるようにして俺は宙に浮かび、まるで遠くへと引っ張られるような感覚が体を支配していく。まさか、こんなタイミングで何かの罠にかかったっていうのか?


 次に目を開けた時、俺は全く知らない景色の中に立っていた。


 周囲に広がるのは、細長い木々が群生する静かな林と、苔むした石灯りが点在する古びた庭のような風景。薄い霧が漂い、どこか神聖で厳かな雰囲気がただよっている。遠くには木と土でできた古い建物が立ち、屋根の形や装飾がどこか異国めいた感じだ。


 冷たい空気にほのかな香りが混じり、鳥の鳴き声が響く以外、辺りは静まり返っている。


 「……なんだよここは?どこかの寺院にでも迷い込んだのか?」


 呆然と立ち尽くしていると、ふいに、どこか魅惑的で艶やかな声が頭の中に響いた。


 『フォルカ……私の声、届いている?』


 「……お、おう?なんだ、まるで女神様みたいな声じゃないか?」


 辺りを見渡しても、誰の姿もない。ただ、その声は甘くささやくように続けた。


 『貴方がここにいる理由、いずれ教えてあげるわ』


 「おいおい、そんな風に言われたら気になっちまうだろ?いったいどうして俺をここに……」


 その声が静かに消え、フォルカの問いに答える気配もなくなる。しかし、彼の中で急に高まるやる気と期待に、顔がにやけてくるのを止められない。


 「……ま、こんな美しい声で呼ばれたんなら、行くしかないか!」


 こうして、美女の声に呼ばれたことで、フォルカはますます意気揚々と見知らぬ場所での冒険へと足を踏み出す。


 霧の奥にある古びた建物を目指しながら、フォルカの心の中には謎の美女の声が響き続けていた。


 「……あんな声の主なら、きっととびきりの美人に違いない……!ガハハハハ!」


 彼は期待に胸を膨らませ、少し足取りを早めた。未知の土地に立たされた不安も、今はすっかり消えている。美女の声に導かれるように、霧の奥へと進んでいく。


 森の中を抜け、開けた草原に足を踏み入れた瞬間、視界に異様な光景が飛び込んできた。鋭い眼差しを持った少女が、大柄で異形の怪物と向かい合っている。全身を黒いオーラが包み、体のあちこちに目のようなものが蠢いている。血のように赤い牙が覗く口からは、絶え間なく唸り声が漏れ、地面に染み出るように濃密な闇が広がっていた。


 フォルカは思わず息を呑んだ。彼が今までに見たどんなモンスターとも違う。圧倒的な異質さと不気味さに、背筋が凍りつく思いだったが、同時に謎の美女の声が彼の心に力を与えてくれるようだった。


 「……なんだ、あの化け物……!こんな奴、今まで見たことがないぞ。だが……これも、俺を呼んでくれた美女の試練ってやつか?」


 驚きながらも、目を凝らして戦いの様子を見守った。怪物は少女に向かって一歩踏み出し、唸り声と共に襲いかかる。しかし、少女はその異形を一切恐れる様子もなく、薙刀を軽やかに手にして身を翻すと、怪物の一撃を華麗にかわしてみせる。そして、瞬時に薙刀を振り抜き、怪物の体に深々と切り込んだ。


 「やれやれ、呪霊のくせに、ずいぶん威張った面してるわね」


 少女の冷静な態度に、フォルカは再び驚きを覚えた。あれだけ異様な化け物に対して、彼女は微塵も怯んでいないのだ。


 「ふっ、ただの呪霊の分際で、私に立ち向かおうなんて」


 怪物は断末魔のような叫びを上げ、地面に崩れ落ちたが、フォルカはその異様な光景にまだ唖然としていた。


 「なんなんだ、この場所は……あんな化け物、どんな冒険でも見たことないぞ……」


 フォルカが呆然と立ち尽くしていると、少女がこちらに気づき、すぐさま鋭い視線を向けてきた。その目には冷たく鋭い警戒の色が宿っている。


 「……何、見物してるつもり?」


 「ああ、いや……君の戦いぶりがあまりに見事だったもんで、つい見入っちまったさ」


 フォルカが肩をすくめて言うと、少女は冷ややかな目でじっと彼を睨みつけた。明らかに、彼に対して油断のない態度を崩していない。


 「……そう。それで、あんたは何者なの?」


 「ああ、フォルカってもんだ。冒険者だよ。どこかで迷ってたら、気がつきゃここにいたってわけさ」


 「……冒険者?何それ?」


 少女は訝しげに眉をひそめた。まるで冒険者という職業そのものが理解できない様子だ。その反応に、フォルカは少し驚いたが、軽い口調で説明を試みた。


 「簡単に言うと、強くて危険な奴を倒すのが仕事ってわけさ」


 「ふーん、そんな奇妙な職業もあるのね。でも、ここでは不要よ。呪霊を倒すのは私たちの役目だから」


 彼女はきっぱりとした調子で言い放った。その冷たい態度に少し興味を引かれたフォルカは、ふと辺りを見回し、少女に問いかけた。


 「ところで、ここは一体どこなんだ?」


 少女は一瞬だけ彼を見つめたが、あまり関心がなさそうに短く答えた。


 「……シリエトクよ」


 それだけ告げると、彼女はそのまま踵を返して歩き去ろうとした。


 だが、フォルカはそんな冷たい態度にもどこ吹く風とばかりに、軽く口元を緩めて彼女に話しかけた。


 「シリエトクね、いい名前じゃないか。じゃあ、次にここで会う時はもっと近づいて話したいね」


 少女は足を止めず、振り返ることもなくため息をついた。


 「……会うつもりなんてないわ。軽薄な男に構ってる暇はないの」


 それでもフォルカはニヤリと笑みを浮かべ、彼女の背中を見送った。


 「ま、会えたらラッキーってことで」


 少女が森の奥に消えていくのを見届け、フォルカは再び辺りを見渡した。この不思議な土地、見知らぬ呪霊、そしてあの謎めいた少女──全てが新鮮で、冒険者としての血が騒ぐ。


 「さて…カッコつけちまったが、これからどうするかな。シリエトクなんて聞いたこともねぇ」


 呟きながら歩き始めると、遠くからまた異様な気配が漂ってきた。今度は一人で向き合う必要がありそうだ。冒険者としての直感が、次なる戦いを予感させていた。


 フォルカは辺りに気を張りながら、歩みを進めた。ふと、茂みの中に人の気配を感じた。しかし、次の瞬間には再び不気味なオーラが辺りを包み込む。見えない存在が彼の背後から忍び寄り、息を潜めた呪霊の目がじっと彼を睨んでいるのを感じた。


 「……よう、またか?」


 振り返ると、先ほどの呪霊とは違う、さらに異形な姿が目の前に現れた。異様な雰囲気を漂わせ、A級と見られるその呪霊はフォルカにゆっくりと迫り寄る。闇の中でうごめく体に、幾つもの目が怪しげに光り、凶悪な牙がむき出しになっている。


 木陰からこっそり彼をつけていた少女、サラ(名前はまだ知らない)は、この異常な気配に息を呑んだ。そして、その呪霊の恐ろしさに気づき、心の中で警告が鳴り響く。


 「あれは……A級呪霊?まずいわ……!」


 彼女は呪霊の凄まじい気迫に一歩も動けなくなってしまう。A級呪霊は普通の呪術士でも太刀打ちが難しい相手だ。恐怖が彼女の足をすくませる中、フォルカがどう対処するのか心配でたまらない。しかし、フォルカは涼しい顔でにやりと笑みを浮かべ、呪霊に向かって一歩前進した。


 「驚かせたいなら、もう少し派手にやってくれよ!」


 フォルカは大胆に呪霊に近づくと、拳を振り上げた。そのまま渾身の力を込めて叩きつけると、呪霊はまるで砂のように崩れ去った。信じられないほどの速さで、A級呪霊を一撃で粉砕したのだ。


 木陰から見守っていたサラは、目の前の出来事に言葉を失った。


 「……なんで、素手で呪霊を……」


 サラはただその場に立ち尽くし、彼の異常な強さを目の当たりにして驚愕していた。呪術の力もなく、しかも素手で呪霊を瞬時に葬り去るなんて、今までの常識では考えられない。


 フォルカは拳を軽く振り払うと、満足そうに呟いた。


 「俺様は歴代最強の冒険者だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪われた異世界で俺が目指すは自由と最強! 近郊 調 @rage1379

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ