君と歩く夜道
Mostazin
君と歩く夜道
僕はよく一人で誰もいない田舎道を歩く。
別に散歩が好きって訳でも、ダイエットをしている訳でもない。
でも、ただ一人でゆっくり夜の風を感じながら歩きたい日もあるだろ?
そんなよくある夏のいつもより深い夜に散歩をしていると、前から僕の方に近づいてくる足音が聞こえてきた。
でも、僕はそれがやけに奇妙なことのように思えて仕方がなかった。
確かに、こんな田舎とは言え、僕以外の住人はいるはずだから、僕と同じような趣味を持った人もいるとは思う。
それでも、今まで僕と同じようにこの時間に散歩をする人を見たことがなかったから、心の中がやけにザワザワしていた。
カツ……カツ……カツ……
その音は段々と大きく、僕の鼓膜を気持ちよく揺らした。
僕はその音の変化に変にドキドキしてしまい、遂には歩む足を止めて、その音のなる方に目を向けた。
すると、そこには真っ白のワンピースに麦わら帽子を被っていた少女がいた。
(寒そうな恰好をしているな)
僕は彼女を見た時にそう思った。
なぜなら、いくら夏とは言え、もう深夜で、割と冷え込んでいたからだ(僕が薄い長袖を着るくらいには寒かった)。
が、そこから僕は彼女の姿から目を離せなくなった。
だって、彼女の姿が今日の満月に映えすぎていたのだ。
だが、彼女はそんな僕を無視するかのように横を通り過ぎていった。
(振り返っちゃダメだ。振り返っちゃダメだ。そんなことしたら、変出者と警察に通報されてしまうかもしれないぞ)
僕は通り過ぎた彼女の姿を見たいという自分の気持ちを何とか押さえて、前へと足を進めた。
「ねえ」
僕が三歩ほど進んだ時に、後ろから女性の甲高い声が聞こえた。
その声でさっきまでの理性はどこかへと飛んでいき、気づくと後ろを振り返ってしまっていた。
そして、そこには僕の方をジッと見ている彼女がいた。
僕はその彼女の目にまるで口を奪われてしまったかのように声が出せなかった。
彼女はそんな僕を見ながら、質問をした。
「貴方はなぜ、そっちに進もうとするの?」
僕はこの質問に答えられなかった。
彼女の目に気圧されていたのもあるが、その前に彼女の言っている意味が全くもって分からなかったからだ。
僕が答えられないでいると、彼女の左目から静かに涙が一滴、また一滴と落ちた。
できる男であれば、この状況で彼女を抱きしめにいくのだろうが、僕は何もできなかった。
彼女の涙は何度も何度も地面に落ち、弾けた。
彼女は涙を流しながら、続けて質問をした。
「貴方には私の前に道があるように見えるの?」
僕は大きく縦に首を振った。
なぜなら、彼女の目の前には当然、道があり、それがどこまでも続いていたからだ。
すると、彼女は「そうなのね」と一言呟いた。
そして、急に僕の方に向かってきて、左手を掴み、僕が来た道、つまり、彼女が向かおうとしていた方向に強引に引っ張られた。
僕は彼女の質問、行動を一つも理解できなかったが、少し冷えた彼女の左手の温度が心地よく、流れに任せて、彼女と一緒に走った。
そこから、僕に何があったのかの記憶がない。
でも、目を開けると、見慣れない真っ白な天井があり、窓の方から、ニワトリの甲高い鳴き声が聞こえてきた。
僕はその音が鳴る方に目を向けると、オレンジ色の太陽が半分だけ姿を出していた。
朦朧としていた意識がその太陽の明かりで段々としっかりしてくると、自分が今、普通ではない状況になっていたことに気づいた。
左腕には、色々な管がついていて、両足は包帯巻きになっていて、体を動かそうとすると、全身が痛くて、動ける状態ではない。
頭の近くにはボタンがあり、それがナースコールだと気づくにはそんなに時間がかからなかった。
それからは慌ただしく時間が過ぎていった。
巡回していた看護師さんが、僕に意識があるのに気づくや否や、急いで僕がいる病室を後にし、どこかへ行ってしまった。
と思ったら、すぐに如何にもインテリ風なお医者さんが来て、矢継ぎ早に僕の体調について質問をした。
僕はその様子に気圧されながらも、一つ一つゆっくりと答える。(体が痛すぎて、ゆっくりとじゃなきゃ喋れないというのが本音だ)
そして、その質問に全て答えると、なぜ僕がこうなっているのかの説明をさっきの急いでる様子とは打って変わって、ゆっくりと話してくれた。
お医者さんの話によると、僕は真夜中に事故にあったらしい。
その事故で僕は心臓に大きなダメージを抱えてしまい、移植が必要だったとのこと。
だが、奇跡的に適合できそうな心臓があり、すぐに心臓移植手術が行われた。
そして、その手術は成功し、僕は今、生きているとのことだった。
つまり、あの白い少女はこの心臓の……。
そう考えた時に、ふと涙が零れてきた。
僕は涙を服の袖で拭き、右手を心臓に当てる。
そして、僕は彼女に語りかけるように一言をかけた。
「ありがとう」
すると、心臓が大きく高鳴った気がした。
それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
体はもう健康そのもの。
仕事にも復帰し、以前と同じように忙しく、ストレスフルな毎日を過ごしていた。
だが、そんな時こそ、夜の散歩だ。
今日は防波堤に座り、満月を見ていた。
昼間の灼熱な暑さとは違い、気持ちいい風が吹いている。
だが、いつまでもこうしていると良くない気がしたから、防波堤から来た道に降り、自分の家の方向に歩みを進めた。
すると、前から足音が聞こえてきた。
僕はハッとし、スマホに向けていた目線を前に変えると、あの日の彼女がいた。
着ているものもあの日と全く同じ白いワンピースで、麦わら帽子を被っていた。
僕はそんな彼女を見て、色々な感情が混ざってしまい、何も声が出せなくなった。
そんな声とは対照的に右目からの涙は止まらなかった。
そんな僕を見た彼女は僕に近づき、優しく抱きしめた。
そして、彼女は僕の耳元でこう囁いた。
「ありがとう」
彼女のそれはとても温かかった。
それから、どれくらいの時間、彼女と抱きしめ合ったのだろう。
でも、果てしなく長く、それでいて、あっという間に感じる位短かったような気もした。
だが、確実に言えるのは、夏の灼熱とは違う、安心できる温かさがそこにあり、とても心地が良かった。
僕の涙が枯れた時に、彼女は僕からスッと離れた。
そして、僕に向かってこう言った。
「もう道を間違えちゃダメよ。私の為にもね」
彼女はそう笑顔で言って、左側を指差した。
すると、そこには、オレンジ色の光が見えた。
もうそこに満月はなかった。
そして、前に視線を戻すと、彼女はもういなくなっていた。
だが、不安みたいなものは感じていない。
なぜなら、体の中がとても温かったから。
君と歩く夜道 Mostazin @Mostazin
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