第7話
「コヒねぇ」
今日は華が私の部屋にやってきた。
ゆっくり開いた扉の隙間からちょこんと顔を覗かせる。
「どうした?」
部屋の整理をしていた私は動かしていた手を止めて、彼女に問う。
「……」
華は廊下でキョロキョロと周囲を見渡し、無言で部屋に入るとすぐに扉を閉めた。そしてつかつかと私の元へくる。目の前にやってくるとじーっと私のことを見つめてくる。声にはしないがなにかを訴えるようなそんな瞳をしていた。それをじっと見て、一つの答えを導き出す。
「うーん、そうだよねぇ」
ほっこりした感情。ぽわぽわした心を胸に華の頭を撫でてやる。
きっと彼女は私に甘えたいのだ。
中学生……だからこそ、反抗期だからこそお姉さんに甘えたくなる。そういうお年頃なのだろう。
ましてやその甘えたくなる姉が一年も姿をくらましていたのだ。
二人っきりで甘えたくなる気持ちを尊重してあげたい。
だから、優しく頭を撫でてあげたのだが……。
なぜかむくーっと頬を膨らませる。まるで頭を撫でられることに不満を抱いているようだった。
「コヒねぇ、ばか。急に頭撫でんな! ばか」
叫ぶようにそう言うと、華は私の手首を掴んだ。そして邪魔だと言わんばかりに頭から手を遠ざける。
それよりもばかって言われた。しかも二回も言われた。そっちの方がショックなんだけど。愛する妹にばかって二回も言われるなんて。これが反抗期の娘を持つお母さんの気持ち……!
ただ今の華の反応でわかったこともある。それは華が私に甘えたかったわけじゃなかったということだ。
つまるところ、甘える以外の目的があってここに来たということであり。それって果たしてなんなのか。と少し考えてみるが皆目見当もつかない。
「どうした?」
咳払いを挟んで改めて問う。
「聞きたいことたくさんある。コヒねぇに」
「私に?」
「そう」
こくりと頷く。
「まず一つだけ。どうしても聞かなきゃいけないことがある」
真剣な眼差しだった。さぞ大事な用件なのだろう。茶化すような雰囲気では全くないので、黙って華の言葉を聞く姿勢を作る。
「コヒねぇ、タマちゃんって……猫なの?」
「……んんっ!?」
私が想定していた質問よりも遥斜め上を走り抜けた華の質問に、私は変な反応をしてしまった。てっきりこの一年間なにをしていたのか詰問されるのかと思っていた。だからタマが猫なのかという質問は想定外だった。
むせた。
胸をとんとんと叩き、深呼吸をして心身ともに落ち着かせる。
彼女の質問の答え。それは「はい」であり同時に「いいえ」でもある。
あるが、まぁそれは一旦置いておこう。どちらにせよ、慎重に答えなきゃいけない。それだけは紛うことなき事実。
「猫……?」
だから一歩一歩地面を確かめるように、質問を因数分解していく。
「そう。猫」
「……突拍子もないね。なんでそう思ったの?」
傍からすりゃ、華の頭がついにおかしくなったのかと思われるような質問だ。
だからこの質問は必要不可欠。この質問をせずにほかの質問をしたり、反論弁明を試みたら、タマは猫であると自白しているのと同義になる。
「なんでって……言われても……」
困ったように唇を尖らせて、その唇にちょこんと人差し指を乗せた。そしてんーとまぶたを閉じる。
「タマが猫だって思ったってことは、なにかそれなりの理由があってそう思ったんだよね?」
「……タマちゃんの頭に猫耳が生えてたから。カチューシャ? っていうか、そういう作り物かなぁって最初思ったんだけどね。コヒねぇのことだし、そういうプレイでもしてるのかなーって」
んん? 待てよ。待ってくれ。私、妹にどう思われてるんだ。これじゃあまるでド変態姉貴みたいじゃないか。心外だし、解せない。勘弁してくれとも思うが……。ここで一々突っ込むのは野暮だと思うし、なによりも話が脱線する未来が見える。というか突っ込んだら絶対に話が脱線する。私は、そう、お姉さんだから。変態扱いされても大丈夫……大丈夫……。
「で、えーっと。タマに猫耳が生えてたって言ったっけ」
「うん。見間違えじゃない。絶対に生えてた。生えてたよ。しかも」
「しかも?」
「動いてた。ぴょこぴょこって」
早かれ遅かれバレることになるだろうとは思っていた。だから今、バレてしまったことでタマを糾弾するようなことはしないが……。今バレるのは色々困るなぁというのが正直なところ。こっちの世界に戻ってきて、まだ色々落ち着きがない。やることも多いし。その中で悩みの種を増やしたくはなかった。
でもここから華を誤魔化す術もない。言い訳できない。
「タマは猫だけど猫じゃないんだよ」
「どういうこと?」
「獣人……とでも言えば良いかな。猫耳の人間だよ」
「ふぅん」
思ったよりも薄目の反応だった。もっと吃驚するンじゃないかと思っていたので、あまりにも手応えがない。
なにに対して不安を覚えたのかわからないが、不安になる。
「もしかして、コヒねぇ異世界にでも言ってた?」
華は的確に私の嫌なところを刺してくる。さすが血の繋がった姉妹というべきか。なんでもお見通し……。本当に勘弁してくれぇ。
変な汗がダラダラ出てくる。額から輪郭を伝って顎までやってきて、それを手の甲で拭う。
「まさかそんなわけないよねぇ。異世界なんて、そんな……」
「……」
「あ、あれ? もしかして本気で異世界なの?」
動揺してしまった私のミスだ。
もうここまで来たらどんな言い訳をしても、この盤面を覆すことはできないだろう。なにを言ってもその言葉に信憑性は付いてこない。
「そうだよ。異世界に行ってたんだよ……」
諦めた。諦めざるを得なかった。
「カレナもタマもユキもリリスも。全員異世界からやってきた異世界の住人だよ」
「ばかみたいな話だけど……タマちゃん本当に猫耳ついてたし、信じるしかない……信じるしかないけど……異世界、異世界、異世界……えぇ?」
華はオーバーヒート寸前だった。もう目を回している。
こめかみをおさえて、ゆっくりと息を吐く。
「つまり、カレナさんとタマちゃんもユキさんもリリスさんも全員異世界に住んでた人で、コヒねぇの仲間だったってこと? それでコヒねぇが異世界からこっちの世界に帰ってくるから一緒に帰ってきたとか……そんな感じ? だとしても。異世界なんてそんなの簡単に信じられない。けど、けど、けど……」
華の頭の中で二つの感情がせめぎ合っていることがわかった。異世界を受け入れられない想いと、非現実が現実として目の前にある事実。その二つが交錯し、葛藤している。
「リリスは仲間じゃないよ。リリスは私が討伐した魔王の娘で、なんか勝手に着いてきた。もう今は仲間みたいなもんだけど。あっちの世界にいた時は仲間じゃなかったよ」
「えっ、えぇ?」
華は熱を持ち処理落ちして強制シャットダウンしたパソコンのように、倒れた。
意識を失った華を膝枕で寝かせている。意識を失ったとはいえ、息はしているからそこまで心配していない。異世界で死に行く人を何度も見てきたから、こういうのには耐性がついてしまった。慌てても仕方ないって。達観している。
しばらくすれば目を覚ます。
やっばり慌てる必要なんてなかった。私の見立ては正しかったらしい。
異世界で培った胆力なめんなよ。
「んん……寝てた。なんか夢見てた」
目を覚まし、ぐーっと背を伸ばす華はそんなことを口走る。
「夢? どんな夢見てたの?」
「コヒねぇが異世界に行ってたって白状する夢」
「それ夢じゃなくて現実だね」
「え?」
「え?」
私たちは顔を見合せた。
「コヒねぇ、コヒねぇ! お話聞かせて。異世界の!」
華が目を覚まし、数分が経過した。
もうそういうもんだって受け入れることにしたようで、彼女の表情は晴れやかになっていた。良く言えば臨機応変。悪く言えば思考放棄。
でもずっと悩まれるのに比べれば何倍もマシだと思う。
それに変な抵抗感を見せずに、異世界の話をせがんでくる辺り、私と血の繋がった妹だなぁと感心してしまう。
普通は怖がられるような気がする。異世界から来たとなれば尚更。
その恐怖は一切感じられない。この胆力があるなら華が異世界に行っちゃったとしてもなんだかんだのらりくらりと生きていけるだろう。私より上手く立ち回れる可能性だってある。
っと、ありもしない未来の話をしたってしょうがないな。
「異世界の話ねぇ……そう言われても。なにが聞きたいとかあるの?」
「うーん、リリスさんのお話とか興味あるかも」
「リリス?」
「うん。リリスさんとの出会い? みたいなの」
抽象的すぎる要求に若干戸惑う。
少し悩んでから、一つ答えを出す。
「そういうことなら私から話すよりも、リリスから話聞いた方が面白いかもよ」
決して話すのが面倒ってわけじゃない。……本当だよ?
私がリリスの存在を認識したのは魔王討伐後であった。正確にはその前から「魔王の娘」の存在は認識していたのだが。魔王の娘がいるらしい。それくらいの知識だった。故に私から話せることはあまりない。
一方でリリスは私のことを前々から認識していたらしいし、なんなら会ったこともあるそくだ。私は全く覚えていないが。
とにかくそういうわけで、私から話すよりもリリスから話を聞いた方が絶対に面白いという確信があった。
「リリスさんから……?」
「そっ。ちょっとまってて。呼んできてあげる」
「う、うん……」
自分の部屋でのんびりパソコンを触っていたリリスを連れ出す。反抗的な態度をとられた。ノートパソコンの画面にはフリーゲームが映し出されていた。使いこなしてんな!
「ちょ、なに? 今、めっちゃ良いところだったのに! あと少しで魔王討伐できたのに!」
「よりによって魔王討伐するRPGやるなよ。てか、良いのかそれで」
「魔王なんてもう知らないし」
魔王の娘で魔王の座を引き継いだ魔族の発言とは思えない。
「それよりも、華に私との出会い? とか、なんかお話聞かせてあげて」
「ん? どういうこと?」
「異世界の話聞きたいんだって」
「……? 隠してたんじゃないの?」
「バレちゃったから。だから話聞かせて、お茶濁しといて」
「なるほどね、そういうことなら任せておいて」
ぽんっと胸を叩く。
自信満々なリリスを連れて、部屋へと戻った。
勇者御一行様。異世界から帰還する。 こーぼーさつき @SirokawaYasen
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