人形のおままごと
外清内ダク
人形のおままごと
「あなダルし」
三人官女(三方)はカウンターにほっぺたを押し付けて嘆息した。気圧だ。すべては雨が悪い。いかに秋雨の時期といえども三日三晩は降りすぎだ。おかげで気分がどんどん沈むし、体がカビてく気がするし、お客さんも朝から数えてたったの二人……そのうち一人は買う気皆無の立ち読み常習、
「いつまで立ち読みしてんだァァァーッ。たまにはなんか買えーッ」
「これが僕の仕事さ。立ち読みだってヒトの文化だ」
「すさまじ」
「どういう意味?」
「興ざめ、しらける、クソおもんない」
「そこまで言わなくても」
「ヒトなら、こんなときどうするんだろ?」
こぼれ落ちた独り言は、止まぬ雨音に呑まれて消えた。
*
何百年なのか、何千年なのか、もうそれさえ分からなくなってしまった。地球の支配種族「ヒト」が絶滅してから、とにかく長い時間が経った。しかしヒトは、種としての限界を迎える寸前に、己の後継者を遺していた。ヒトの形の、ヒトの身代わり。
この世の最後のヒトが死んだその瞬間、人形たちは突如として自我に目覚めた。市松人形、雛人形。博多人形、
「動いたが、どうする?」
人形たちは困惑した。人形は、ヒトの玩具や宗教儀式の道具となるために存在するもの。すべてのヒトが死滅した今、人形には存在意義が残されていなかったのだ。
「せっかく命らしきものを得たのに、目的もなしでは」
「なら目的を作ればいい」
「たとえば?」
「我々はヒトの代わりだ。これからもそうだ。再現するんだ。在りし日のヒトの行動、文化、社会。何もかもそっくりそのまま、ヒトに代わって我らが続けるんだ」
かくして、人形たちによるヒトの模倣生活が始まった。人形たちはヒトを真似て店を開き、買い物をし、遊びに出かけ、パソコンを叩き、自動車を好き勝手に乗り回した。飲食を必要としない人形がカフェでおしゃべりしてるのは奇妙なことだ。商売でお金を稼いだところで買いたい物も特にない。結局、なにもかも
*
だが、最近なんだか変だ。
三人官女は、おかしな感覚に支配されている自分に気づき始めた。胸の中に何かがある。何かモヤモヤとした黒くて不愉快な感覚が。直視すると気が変になってしまいそうで、彼女は必死に目をそむけた。だが「それ」の存在感は日に日に大きくなっていく。三人官女は広いおでこをカウンターにつけ、
「
そう、焦りなのだった。何かやらなければいけないことがある。なのにそれが何だか分からない。ただ自分が前に進めず足踏みしていることだけはハッキリ自覚されて、結果、解決しようもない焦りだけが胸の中で膨らんでいく。
「転職しようかなあ。いや違う。そんなんじゃない。もっと根本的な、無くてはならないものが欠けている。そんな気がして……」
そのときだった。店のドアベルがカランコロンと脳天気な音を立て、客が転がり込んできた。転がり込んで? そう、またあの
「あの」
「なによ。買う気になった?」
「うん……いや、まず、謝りたくて。僕は立ち読みがしたかったんじゃなく、その、なるべく長く、近くにいたかったというか。買ってきたんだ、花屋がそこにあったから」
「よかったら、今度、一緒に出かけてみない?」
「んん? つまり?」
「分からない?」
「いや……」
外の雨音が弱まり始めた。三人官女が腰を上げ、とりあえず花束を受け取ってみた。香りはまあ、悪くない。
これもヒトの真似ごとか、はたまた真なる心の目覚めか。その二つにどれほどの違いがあるのか。人形たちは、いまだ知らない。
THE END.
人形のおままごと 外清内ダク @darkcrowshin
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