第7話 彼岸へ追いやる言葉

 あの日から僕はジュノーのコックピットで寝泊まりしている。いや仕事も学校へ行くのもさぼってずっとコックピットの中で引きこもっていた。一週間くらいはそんな生活していた。


「いい加減うぜぇんですけど?」


 さすがの荒城も僕の態度にブチ切れて警備を呼ばれて追い出されて出禁になってしまった。代わりに僕にできることは何もない。防人をやめることは出来ない。やめたらジュノーの、いや、イチルの傍にいられなくなる。かと言って何かをやる気も起きない。


「とりあえず学校にでも行ってればいいんじゃないですか?」


「それ命令?」


「はいはい。命令でいいですよ。今日桜ちゃんが転校してきますから面倒見てあげてくださいね」


 めんどくさい話だが僕は学校へ行くことにした。久しぶりに制服に袖を通した。だが日常が帰ってきた気がしない。


「一年に転校生がくるんだってさ」「防人の女子だって」「しかもかわいいとか!」「渡辺君何か知ってる?」


 クラスは転校生の話で持ちきりだ。高校だと転校生は珍しいからな。だけど噂が回るのは早い。すでに河村さんが防人だっていう話が漏れてる。


「俺は詳しく知らねぇ。けど多分部下になるだろうから、皆よろしく頼むよ」


 渡辺ぇ。お前の部下じゃないぞ。河村さんは僕の部下だぞ。この間僕にボコボコにされたようなやつに部下を配るほど自衛隊は寛大ではないと思う。









 昼休みだった。僕は食堂でぼーっと一人でランチしていた。何を食べても最近味気がしない。何を食べても、水を食べてるみたいだった。


「こちらの席よろしいですか?」


 女子の声が聞こえた。顔を上げるとそこには学園のブレザー姿の河村さんがいた。…彼女と同じ制服を着ている。彼女ではないのに。


「転校したってほんとだったんだ」


「ええ、まあ。これからは同じ学校です。よろしくお願いいたします」


 ぺこりと河村さんは頭を下げる。そしてお盆だけもってじーっと僕を見ながら立ちっぱなしでいる。


「…あ?ああ。座ってもいいよ」


「失礼します」


 実に軍人っぽい態度だ。日本じゃ珍しくもないブレザー制服だが、白人系の見た目の河村さんが着ていると何か違和感も覚える。この学校には基本的に日本人しかいないので、彼女の姿はひどく浮いて見えた。まあ自分のことを棚に上げているわけだけど。


「…」


「…」


 お互いに特に話題がない。というよりも河村さんが話題を振ってもらいたがっている感じだ。奥手っぽい。


「大丈夫?学校には慣れられそう?」


「まあ。何とか勉強とかなら」


 それ以外は駄目ですか。だが男子の僕と違って女子なら綺麗ならば男子が放っておかないし、チヤホヤしてくれるんじゃないだろうか?実際に一年生男子らしき連中が食堂の外から僕を睨んでいる。


「あの。わたしは盈月二尉の活躍を知って防人に志願しました」


 防人は最初純粋な日本人(学術的には妖しい言葉だが)にしか許可されていなかった。その後ハーフの僕たちにも枠が拡大された。僕はその一期生だ。よう知らんけど、防人特集みたいなのが自衛隊の広報にはあるので僕のことを知っている人は知っているのかもしれない。


「とくに第四次東海道決戦における活躍には大変感動しました!仲間の補給時間を守るためにたった一機、それもナイフ一本で怪獣の群れを防いだその勇気と忠誠心!わたしの憧れです!」


 それ捨て駒にされただけなんよ。とは言い難いなぁ。あの戦いはほんときつかった。なんで今も生きているのか不思議でしょうがないくらいだ。あと少し味方の到着が遅れていたら、間違いなく死んでいた。


「ほかにも防人グッズの盈月二尉のグッズは全部持ってます!」


「…グッズ?なにそれ…?」


 河村さんはそう言うと、いつ取ったのか知らない僕のブロマイド写真のカードとか僕の名前が刻まれたティーカップとかのグッズの写真をスマホで見せてきた。知らなかったぞこんなのあるの。肖像権どうなってるの?僕は頭を抱えたくなった。


「う、うーん。なるほどぉ…」


 僕はそんな反応しかできなかった。芸能人でもない僕を推し活している女子が目の前に現れるとなかなかにキツいものを感じる。


「まあ、それは置いておいて。クラスにお友達とかはできた?」


「いいえ。特に」


「そっかー」


「作る気はないです。向こうもそのつもりはないでしょう」


 彼女は青い目を伏せる。そこには悲し気な過去の匂いを感じた。多分それは僕も知っているものだろう。


「なあ最近気づいたんだけどな」


「なんですか?」


「ハーフをダブルすると『1』になるんだよ」


「…ああ。たしかにそうですね」


「君も嫌いだろ。ハーフもダブルも。一人の人間として僕たちを見ない言葉なんだから」


 そこにガイジンという言葉を付け加えてもいい。僕たちはハーフやダブルなどという言葉で彼岸へと追いやられる。同じ一人の人間でしかないのに。


「…ふふふ。そうですね。…よかった。やっぱり盈月二尉はわたしが思った通りの人だったんですね」


「それってなに?」


「みんなに優しい人です。優しいからみんなを守ってくれる素敵な人です」


 河村さんは優し気な笑みを浮かべる。それはとても綺麗だった。頑張ったことが報われそうなそんな気持ちにさせてくれそうな笑み。いまではもう意味がないけれども。そう。もう意味はないんだ。


「やあ、河村さん。初めましてちょっといいかな」


 河村さんに渡辺が話しかけてきた。お取り巻きも一緒にいる。


「はい。なんですか?」


「俺は渡辺日向。君と同じ防人だ。階級は二尉」


「そうなのですか。失礼しました」


 河村さんは立ち上がって敬礼して。すぐに椅子に座った。


「まだ学校に慣れていないみたいだね。どうかな。俺たちが案内するよ」


「えーっと。いえ。その必要はありません。施設は全部把握しているので」


 渡辺の誘いを河村さんは断った。


「そいつなんかと一緒にいてもロクなことにならないよ。そいつは特権を振りかざして女の子に乱暴しようとするようなやつなんだよ」


 昔のネタを掘り返してきやがった。勘弁して欲しい。


「その話は聞いていますが、逮捕した警察もけっきょく書類送検さえしてませんよね?無罪でしょう」


 河村さんは取り合わなかった。


「まあそもそも警察なんて当てになりません。あいつらは身分証を見せてもしつこくしつこく鞄の中身までひっくり返してくるようなクズどもです。…ほんと許せない…」


 顔色がすごく曇ってきたぞ!?なんか河村さん的には警察に嫌な思い出があるらしい。


「そ、そうか。うん。でもみんな河村さんとお話してみたいんだよ。女の子の防人は珍しいし、その上こんなに美人で可愛いなんてすごいよね」


「はあそうですね」


「それにハーフなのに・・・なれたのもすごいよね。まあそこの見た目外れ・・ハーフくそガイジンと違って。綺麗な金髪で青い目だもんね」


 渡辺は普通に話しているつもりだろう。だけど言葉とは人によってとらえ方が違うのだ。何気ない言葉が他人にはするどいない二人売ることを渡辺は知らないのだ。


「わたしにはよくわかりません。どうしてあなたたちは金髪青目で人を排斥するくせに、同じ金髪青目で人を好きになるんですか?」


 河村さんの声には悲しみの震えと怒りが混じっていた。


「わたしにはよくわかりません。片親が外国人の時に子には当たり外れがあるんですか?それはどこの誰が決めるんですか?」


「え、いやそれは」


 渡辺達はオロオロしている。河村さんの雰囲気に圧倒されている。


「わたしも盈月二尉と同じガイジンなんでしょう?ならどこでどうわたしたちを線引きするんですか?扱い方に一貫性がないのに都合よく猫撫で声を出すのはやめてくださいよ」


 河村さんはよく見ると体を震わせていた。それはきっと屈辱なのだろう。僕はテーブルの下で彼女の手を握る。彼女は俯かせていた顔を上げて僕に微笑んでくれた。


「渡辺」


「なんだよ」


 僕が声を上げたことに渡辺は機嫌が悪そうだ。


「デリカシーがなさすぎる。今すぐ消えろ。じゃなきゃいつもみたいに、いや、それ以上にボコすよ」


 僕がそれだけ言うと、渡辺は恐ろし気な顔をして、僕たちの前から去っていった。イチルがいなくても僕への扱いなんて大して変わらない。世界は何も変わらないままだ。じゃあなぜ彼女が犠牲にならなければいけなかったんだろう。それが僕にはわからないままだった。

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誰もが僕を認めないならば、僕は世界を守らないことにした。 園業公起 @muteki_succubus

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