第2話

 ミノタウロスさんが迫ってくる。

 物凄い圧迫感。

 身構える暇なんて、ない――


 ザンッッッ……


 ものすごい衝撃。

 視界が回る。

 

 ドサッ……


 熱い。

 どっちが上だかも分からない。

 おそらく地面に顔が叩きつけられている……

 動かなくちゃ……

 熱い。べちゃべちゃする。

 逃げなくちゃ……


「ひぅっ……」


 足の状態を確認しようと目を向ける。

 くらくらして気を失いそうになる。

 両足の膝から下が、ない……

 でも、逃げなくちゃ……

 這ってでも、逃げなくちゃ……

 

「ブモォォォォォォォォ」


 ザンッッッ……


 必死に手を伸ばして地を這う俺の左腕に戦斧が落ちてくる。

 あっさりと両断される左腕。

 衝撃で転がる体。


「ブモォォォォォォォォォォォ」


 視界が陰る。

 目の前でミノタウロスさんが戦斧を掲げている。

 嗚呼……


「待てっ!」


 テンプレ王様の声でミノタウロスさんの動きが止まる。

 熱い、痛い……

 何も考えられない……


「余からのせめてもの慈悲じゃ。先ほどの屑スキルでりんごを出して食すが良い。最後の晩餐じゃ。」


 何か言っている気がする……

 音を言葉と認識できない……


「何をしておる! はやくりんごを出して食べんか!」


 りんご……

 りんご……?

 頭が回らない……朦朧とする……

 りんご……右手に……りんご……


 ポトンッ……


 つややかで、きれいな、木の実が一つ。

 俺の手のひらに落ちてきた。


「ふぁぁっふぁっふぁっふぁ。本当にりんごを出しおった。ふぁっふぁっふぁっ。」


 りんご……?

 りんご……

 りんご


 シャクリッ……


 甘酸っぱい……


 トクンッ……


 ……?


 ドクンッ……


「な……なんじゃ? あれは……? 何が起きておる……?」


 ああ……なにかが染みていく……


「なんでまた手足が生えてきておるんじゃ!? どういうことじゃ!」


 身体が熱い……ふわふわする……


「えぇい! もう殺せ! ミノスよ、その訳の分からん小僧をひき潰せ!」

「ブモォォォォォォォォォォォ」


 ドスンッ……ザシュッ……


「なぜじゃ! なぜすぐ再生する! どういうことじゃ! さっきのりんごのせいか!?」


 りんご……?

 りんご……


 ポトンッ……

 シャクリッ……


 あれ……こんどはすごく甘い……

 何かが……頭に流れ込んでくる……


「今度はりんごを食べたぞ! 何なんじゃ!?」


 なんだろう……

 体が勝手に動こうとしてる……


無限光アイン・ソフ・オウル――」


 ヴゥン…………


 世界から音が無くなる。

 俺じゃない俺の声だけが響き渡る。



第一の円ケテル


 真っ白な円が虚空に浮かび上がる。


第二の円コクマー


 灰の円が滲み出す。


第三の円ビナー


 黒い円が空に煌めく。


第四の円ケセド


 青い円が覗き出る。


第五の円ゲブラー


 赤い円が顕現する。


第六の円ティファレト


 黄の円が揺蕩う。


第七の円ネツァク


 緑の円が齎される。


第八の円ホド


 橙の円が蘇る。


第九の円イェソド


 紫の円が幻視する。


第十の円マルクト


 虹色の円が一番下に像を結ぶ。


 円環セフィラが明滅しながら高度を上げていく。

 十個の円環セフィラの並びが生命の樹の形を成す。

 すべての円環セフィラが光り輝きながら小径パスでつながっていく。


世界創生セフィロト――」


 世界が、白く染まる――





「はーい、そこまでですー」

「へ……?」

「いくらなんでも、ちょっとやりすぎですー。」

「どちらさま、ですか……?」

「皆さんの概念だと、宇宙検閲官というのが強いて言えば近いでしょうかねー。」

「はぁ……?」

「まぁ、分からなくても大丈夫ですー。」


 真っ白い部屋で、きれいなお姉さんの声だけ聞こえる。

 なんで声だけできれいなお姉さんだって分かるんだろ……?


「仕様ですー。厳然たる事実ですのでー。」

「思考も読まれる感じなんですね。」

「諦めてくださいー。」


 神様的な存在なのかな……?


「ちょっと違いますが、まぁその認識でもそんなに問題はないですー。」

「はぁ。分かりました。」

「はいー。さて、生命の樹の実あおいりんご知恵の樹の実あかいりんごの両方を人間が食べちゃうのは、ちょっとまずいんですー。」

「はぁ……」

「厳密には、食べるだけならよかったんですけど、即座に全力で権限行使をされたのが問題ですー。」

「はぁ……」

「ですので、申し訳ありませんが、いろいろ無かったことにしますので、ご了承くださいー。」

「ぇ……ぁ、はい?」

「ちなみに拒否権はありませんー。」

「これって、説明って必要でした?」

「この位階に至る可能性のある方には説明しておくべきと、判断しましたー。」

「はぁ……?」

「次は是非、自分の力でここまでお越しくださいー。それではー。」





 長閑のどかな春の朝。

 入学式から間もないうちの教室は今日も朝からにぎやかである。

 ざわざわとする喧騒の中、席でぼんやりとする。


 うっすらとした既視感。

 まぁ、そういうこともあるかと自分で自分を納得させる。


「ねぇ、ミノっち、今日の数学の宿題やってある? ぁ、やってあるなら貸して! お願い!」

「いいなぁ、わたしも見せて~。」

「ぇー、あんたは頭いいんだから、自分でやれし。」

「いいじゃん~。見せてよ~。」


 かしましい女子たちの声。

 

「ブモッ」


 その中に混ざった違和感に思わず彼女たちを見る。

 キョトンとした顔で俺の方を見る女子制服を着たミノタウロスミノスさんと目が合いました。

 わーお。身長は補正されてるね。


「はは……」


 苦笑いしながらミノスさんから視線を逸らす。


「あのお姉さん、いろいろ雑すぎじゃないですかね……」


 シャクリッ……


 軽く音を立てながら、つややかで、きれいな、りんごをかじる。

 楽しい高校生活になりそうだ。

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異世界転移したらスキル「りんご」を手に入れました ダイシャクシギ @day_ba

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