浅黄姫華の場合

16:09 荒西崎高校部室一角にて


────沈黙────

────沈黙────

────沈黙────

ふわふわと金色の髪を揺らしながら部室だと言うのに、もしくは部室だからなのか、浅黄姫華あさぎきゅてぃはイヤホンも無しに携帯電話から音を垂れ流していた

「…」

「...」

新野と浅黄─両者の間にはたかだか2.8m程しか空間がないものの、精神的にという意味ではそれ以上の距離があった。新野は時々気まずそうに浅黄の表情を伺うが、浅黄は何かに集中していようで視線さえうつさない。最も、人間に愛情を抱かない、と言うよりは愛情を自分にしか向けることが出来ない新野にとってこの沈黙は先程読んだ本の考察をまとめるに適当な時間だったのだが

────発見────

計らずも、浅黄のスマホへ目線を合わせた瞬間に見慣れた一コマをみつけた

「あっ」

「…何」

思いがけず声を出してしまった

「それ、みらくる&どくたーですよね」

「知ってんの」

「私、というよりお兄ちゃんが読んでいました」

「…ふーん」

それ以降も特に会話は無く、今日はこれで帰ろうかと新野が支度をしていた頃に浅黄が言葉を放った

「アンタの兄貴、誰推し?」

突然声をかけられ新野は固まってしまった。脳内を好きでもない自分の兄のために駆け巡り喋り出す

「2番目の看護師の…ローズメリーが好きだったと思います」

「あぁ、あの途中で死ぬババア?アタシも好きだよ。アニメの切り抜きで惚れちゃってさ、そのままの勢いで漫画買ってる感じ」

ローズメリーはまだ27歳だったような、と言う意見を飲み込み適当に相槌を返す。すると新野の兄に対しての質問が飛び込んで来た

「アンタの兄貴誰似?教えてよ」

「強いて言うなら秋田犬とドーベルマン混ぜたような、そんな感じです」

「それもう犬じゃね」

「雑種ですね」

「へー、彼女とかは?居るの?」

────硬直────

「あぁ、いや、まぁ……はい」

「何そのビミョーな感じ」

「居ると言われれば居るんですけど、魂としてはいないと言うか…物体としては存在してると言うか…」

「二次元オタってこと?」

「いえ、違くて…」

「じゃあ何?早く言えよ」


「すごく言いづらいんですけど、お兄ちゃんは…新野白滝にいのしらたき


────停止────

まるで理解不能とでも言いたそうな顔を浅黄はしていた。その様子を見て新野は更に口ごもる

「えっと、正確には動かない女性が好きらしくて…漫画のキャラとかお兄ちゃんすごく大好きなんですけど、アニメ化されると読んでいた作品が無かったかのようにお兄ちゃんの記憶から消されるんです」

「え、じゃあローズメリーも?」

「お兄ちゃんグッズ集めてたんですけど、朝起きたら飾ってた棚がすっからかんで」

「ヤバ、激怖兄貴じゃん」

「お金がどこから出ているのかが気になりますね」

「絶対突っ込む所そこじゃないでしょ」

「…あ、すみません、門限があるので今日はこれで」

「そっか、じゃーね」

「えぇ、また」

軽く手を振り帰路に着く。


18:40 帰り道にて


己の兄が異常だと言うことは解っていた。白滝の『生きている女性に興味が湧かない』と言う点が、死体にも適応されるということも。


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日常に花を添えて 羊谷光尾 @wooooooaini831

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