薙田一陽の場合
17:45 荒西崎高校部室一角にて
「今日はもう帰るぞ」
夕暮れの色に染まる頃、携帯の電源を切り薙田が言葉を放った
「どうしてですか」
「何か…嫌な予感がする」
────騒音────
でたらめに走る音がする。走り込みの運動部のように揃えられたものでは無いただ1人の、それでいてそれ以上の威圧感や恐怖心を感じさせるような足音がこちらへ向かってきている。途端に、ドアが勢いよく開いた
「はぁっ、はぁっ、みっつけたぁー!」
「がっ、ぐっ……」
息を切らしながらも嬉々揚々と薙田を見つめる大柄のふわふわとした男と、遅かったとでも言いたそうに顔をしかめる薙田。そのまま男はズカズカと部室に入り込んできた
「あはぁっ、ここヨウくんの匂いでいっぱいだねぇ!そういえばヨウくんと会えるのは何日ぶりだろう?ああわかった!1時間58分24秒ぶりだよヨウくん!あぁもう僕はヨウくんと毎分毎秒一緒にいたいのに神様が許してくれないんだ!こんなことなら死んでやる!でも1人で死ぬのは無理だし怖いから一緒に死のうヨウくん?」
────激情────
「…今すぐ口を閉じろ
「ああっ!ヨウくんがっ、僕の名前をぉっ!聞いただけで興奮してきちゃうよぉっ…みてみてここら辺とかもう既に熱く」
「あの」
新野が口を開くと、紫堂と薙田は目線を動かした
「そちらの方は先輩のお知り合いですか」
「…えっ誰この子。ねぇヨウくん、この子誰?僕こんな子知らな、あそうだ!君もしかして昨日ヨウくんと餡子谷行ってた?そうか、じゃあ死んでもらうね」
────殺意────
有無を言わさず紫堂は新野の喉にパレットナイフを向ける。あまりの唐突さに新野は動けなかった
「貴様ッ!」
「なに、ヨウくん。ヨウくんのことを知ってるのは僕だけで良くない?あぁでもヨウくん女の子ぜーいん大好きだもんね。この子居なくなったらヨウくん悲しんじゃうね。ヨウくんのそーいう顔はそそるから見たいけど、怒られてまたあっち入れられるのは勘弁かなぁ」
そう言うと紫堂はパレットナイフをくるくると回しながらポケットにしまい込んだ
「先輩、この人って」
「…此奴は、俺の
「もうっ、違うでしょ?ヨウくん。こ、い、び、と、だよね?」
「情報を曲げるな」
「紫堂先輩は先輩の事好きなんですか」
「うん!だーいすきだよぉ…ヨウくんのためなら死んでもいいーって思ってる!聞き分けがいい子だねぇー。モテるでしょ?ヨウくんの好きそうなタイプだもんねー。まぁ僕の方が何千倍もお似合いだけど」
「阿呆が。俺は此奴が男と居る所など見たこともないぞ。そのような浮いた話などあるはずもないだろう」
「私だって有りますよ。告白のひとつくらい」
「はぁ?貴様、また世迷言を…」
「本当ですよ、幼稚園生の時に男の子にココちゃん結婚しようって言われました」
「それもう時効じゃないの?その子も可哀想だね。僕みたいに1日1回好きって伝えれば期限なんて言葉と縁のない生活を送れたのに」
「愛に時効は関係ないですよ紫堂先輩」
「へぇ、いいこと言うね。じゃあその男の子が目の前に現れて告白してきたら?」
「普通に振ります」
「清々しい程の下衆だな」
「いや別に、興味無いですし」
「そういうものか?」
「そういうものですよ」
途端にぐ〜っ、と腹の虫がなる
「あ」
「どうした、腹でも減ったのか」
「そうみたいですね。あと少しで門限なので私はこれで」
「じゃあね〜。ヨウくん、僕たちもご飯食べに行こっ?」
「断固拒否する」
「んふっ、ありがとう」
「何故感謝するんだ」
「大丈夫。ご褒美だから」
「貴様のその馬鹿げた思考には共感も理解も出来ないな」
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