拡張されし世界の退魔師たち 番外編

@KumaandTora

壱 追憶の日

 暖かい春の日差しが眩しいある日、マンションの一室に集まった人々。マンションとはいっても昭和に建てられた古い団地をリフォームしたもので、普通なら狭いはずの団地の部屋をできる限りぶち抜いてあるので、広めのワンルームのようになっていて天井はそれほど高くないもののとても広く感じられる。

 今から見れば所々の作りが古臭く感じるところはあるものの、その開けた空間は人が数人いても狭苦しく感じないくらいに快適だ。

部屋にあるカバーを外した炬燵では女性たちが小さな子供とご飯を楽しんでいた。1人は緑の髪をして眼鏡をかけた女性。若くはないがその奇抜な風貌から若々しく感じられる。

 もう1人の子供の相手をしている女性はごく普通のお母さんに見える。優しそうに子供を見る顔はとても楽しそうだ。

 そこにもう一人、全身黒づくめの女、それが私。あの人曰く、綺麗な黒髪だが部分的に緑の色のカラーが入っていて、パンクファッションがとても似合っているものの、ほのぼのしたこの場所では少々どころかかなり浮いて見えたのだそう。でも綺麗な切長の目をしていてふと目があった時にはその目に不思議な力を感じたらしく、その何とも言えない魅力に目が離せなくなったんだと。

 ファッションが似つかわしくないだの、目に不思議な力を感じるだの好き放題言ってくれてるが、それぐらい気になっていたらしい。

 私はその一瞬目があっただけであとは子供たちをずっと微笑みながら眺めていたので気づいていないけれど、彼はその間もずっとまた目を合わせられないかじっと見つめていたんだって。何か喋りかけてくればいいのに。

 とはいえ、何か話変えれば良いのだろうが女性の輪の中に入っていくだけの勇気はないし、なぜここにいるのかさえ理由も忘れていたらしくって、男一人でただぼーっとwたしたちたち、いや黒づくめの私を眺め続けていたようよ。

 でも途中で流石に自分の怪しさに気づいて他に目線をやると足元に積み木を見つけて、彼はその積み木でなぜか家を立てたりして遊び始めてなかなかシュールな光景だったわ。


 その後、子供のご飯が終わって外に散歩にみんなで出ていくことになったの。

 今よりもさらに田舎くさい街で周りの家の作りも古いものばかりでさ、それこそ家の土台に当たるコンクリートの部分も苔が生えていたりして年季を感じたりしてね。でもその妙なカビたような草の香りが結構気持ちよかったの。

 散歩の途中、ある家の前に来ると『15円コーヒー』と書かれた手書きの小さな立て札があってね、そこにミルクコーヒーの入った小さな瓶と小さなお皿がいつも置いてあったの。

 緑の髪の人が珍しく15円を皿にのせコーヒーの入った瓶を手に取って飲み始めてね、風呂上がりのようなさっぱりとした顔をしていたわ。久しぶりに飲んだみたいだけど、味が変わっていなかった事に満足したようね。

 その後、みんな個々に用事があったからそこで解散をすることになったんだけど、彼は最後まで私の顔をもう一度見ようと探していたみたい。


「で、それが母さんと父さんの最初の出会いだったと…」

「そうなの。完全に怪しい人よねー」

 笑顔で話してはいるが、マジで父さん怪しいというより危ない人じゃないか…。

「まあでもその後色々とあって一緒になったんだけどね」

 話した後、ふっと寂しそうな顔をした。一緒になった後、俺が生まれて何があったのか? それだけはいつもはぐらかされてちゃんと話してもらった事はない。

「まあ、でも剛がいてくれたおかげでここまで頑張ってこれたの。ありがとうね、剛」

「あ、ああ」

「だからー、あまり心配させるような事はし・な・い・で・ね?」

 急に背筋が寒くなってきた。

「はい」

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