消息不明の二王子、見つかる

 苛烈な面もある大長谷皇だったが、天寿を全うし世を去った。そしてその息子である白髪しらかの王が皇になった。この皇に后はなく、そして子もなかった。後継のないままに、白髪皇はお隠れになった。

 後継の皇が見つかるまでの間、市の辺の押歯の王の妹飯豊いいとよの王が仮に世を治めていたのだった。



 山部という豪族の小楯おだてという男が播磨の国に任官した。播磨の国を実効支配している豪族志自牟しじむの家が新築したというので、小楯は志自牟の開いた祝宴に呼ばれて行った。

 酒宴もたけなわになり、皆が順に舞い始める。火焚きの青年達が竈の傍らにいたのを、お前らも舞えと皆がはやし始める。


「兄さん、あなたが先に舞ってください」

「いやいや、お前が先に舞ってくれないか」

「いえ、ここは年長である兄さんがまず舞うのが筋ではないかと」

「いや、まず年少のお前が舞うのが筋ではないか」

 二人が懸命に譲り合う様がおかしくて、周囲の人間は思わず笑いがこぼれた。さて、その周囲の笑いを聞いていよいよ気まずくなった青年達は、これはさっさと舞わねばと思った。


「では、まず私から……」

 腹を括った兄から舞い始める。中々堂に入った舞姿に、酔客達から歓声が上がる。

「中々ではないか!」

「なあ! 一体どこで学んだんだ!」

 やんやとはやし声が上がる。兄が見事に踊り切った後、次いで弟が舞い始める。

 彼は、舞うだけでなく歌も披露し始めた。


「戦装束の我が兄の、その身に着ける刀にあるのは赤い文様。

 その大刀の紐に赤い旗を飾って、その赤旗を立ててみる。

 向こうに隠れている山の竹を刈り取って、その竹の端をなびかせるように、八弦の琴をお弾きなさる、そのように天下を治められた伊耶本和気命いざほわけのみこと

 その御子の市の辺の押歯の王の御子なのです。それが今ではやっこの身」


 それを聞いた小楯は驚き、宴席から転がり落ちた。彼は人払いをすると、二人の兄弟から詳しく話を聞いた。

 そして、すぐに早馬を出して飯豊の王に知らせを送ったのだった。


 飯豊の王は大層喜び、二人を宮へと迎え入れた。


「兄さん、まずはあなたが皇になりなさい」

「いや、お前が皇となりなさい」

 二人の御子、意祁おけの王と袁祁をけの王は互いに皇位を譲り合って自ら皇になろうとはしなかった。


「お前が名乗り出なければ、こうやって再び我らは地位を取り戻すことはなかったのだ。だから、まずはお前が皇となりなさい」

 兄、意祁の王はそう言ったので、まずは弟の袁祁の王が皇位に就くこととなった。



「私にはやりたいことがあるのです」

 袁祁皇が望んだのは、父の無念を晴らすことだった。だが、その相手である大長谷皇はすでに隠れてしまっている。

 恨みを晴らす相手はいないのだった。

「父の遺体を探して、墓を造ろう」

 二人は証言をもとに近江で父の遺体を探した。


 証言をした老婆が指し示した場所に、その遺体はあった。

「ああ! この歯の形は我らが父の……!」

 掘り起こした骨には、市の辺の押歯の王の特徴である八重歯がはっきりと残っていた。それで、二人はこれが父であると確信したのだった。



「ああ、悔しい……父よ、さぞ無念であっただろう……」

 二人はさめざめと泣いた。

「あの男の墓を荒らして壊してしまいたい……」

「気持ちはわかる……だが、それを見た人民が我らのことをどう思うか……後の世の人が我らのことをどう語り継ぐか。そうなってしまっては、せっかく晴らした恨みも汚名となって残ってしまうだろう」

「はい。兄の言うこともわかります……」

 袁祁皇は兄の意を汲んで、ぐっと耐えた。


「私が、あの男の墓のところに行ってくる」

 意祁の王は耐え忍ぶ袁祁皇を思いやって、そう告げた。


 意祁の王は自ら大長谷皇の御陵にまでやってくると、御陵の端に刀を突き立てて、ほんの少し掘り返した。そして、袁祁皇の元に帰ってきて、

「墓をすっかり壊してやったよ」

 などと言ったのだった。袁祁皇はどのように壊したか尋ねたので、意祁の王は正直にこうしたのだと話して見せた。


「それで、どうしてすっかり壊したなどとおっしゃるのです」

「まあ、やはりしっかり世を治められた皇の墓を壊し尽くしては、後の世の人はやはり我々を謗るだろう。だが、仇に対してまったく何もしないでいても、やはり我々を腰抜けだという人はいるだろう。それで、ああやって少しばかり掘り返してやったのだ。こうやって大長谷皇に恥を見せてやったのだから、後の世に示すには十分これで足りるであろう」

 兄の言葉を聞いて、袁祁皇は納得して怒りを治めることにしたのだった。


 袁祁皇には子はなく、彼が隠れた後に意祁の王が皇位に就いたのだった。

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皇になりますかなりませんか カフェ千世子 @chocolantan

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