4つの顔と1つの頭

ラム

正解

 自慢じゃないが、俺は頭がいい。

 学校に通わなくなったのも、周りがあまりに愚かだからだった。

 俺が偏微分方程式を片手で解くのに、周りは二次方程式で手を焼いていたのだ。

 

「はぁ、灘高も開成高校もどうせレベル低いだろうし飛び級出来りゃなぁ……でもアメリカ行くのもだりいし……」


 いっそのこと異世界にいければ、と思いつつ眠りについた。


 ――


 目覚めると、俺を覗き込む金髪碧眼の女性の顔。

 長い金髪が俺の頬をくすぐる。


「あ、起きた?」

「なんだ? 君は誰だ?」


 慌てて周囲を見ると幹から大きな赤や黄色の花が咲いている見たことのない木や、猫をそのまま虎の大きさにしたような生き物、空には島が浮かび水が流れていた。

 そうか、ここは異世界か。そう結論づけざるを得ない。


「ここはアノニミア。私はシルヴィア・エモン・ラファレス・エルエッタ・ヌメド・ラタディスカス・ラモーナ・ペルシー」

「そうか、それで俺に何の用だシルヴィア・エモン・ラファレス・エルエッタ・ヌメド・ラタディスカス・ラモーナ・ペルシーとやら」

「凄い、私の名前1発で覚えたのあなたが初めて。それでこの世界の王はとんでもない独裁者なの」

「独裁者か……歴史上独裁者が長く繁栄することはないから安心しろ」

「ところがその王は難問を解けた者に大事な物を譲ると言っているの。それで頭の良い人を適当に召喚したのよ」


 適当に、とは腑に落ちないが、この俺に目をつけるとは見る目があると言えよう。


「分かった。王の元に連れて行ってくれシルヴィア・エモン・ラファ「受けてくれるの? ありがとう!」


 移動するのがだるいな、と思ったら、長いので略すがシルヴィアは床に手を当て、何やら紫色の魔法陣のような物を作動させる。


「これで王の元に行けるわ」

「そんなあっさり行けてセキュリティは大丈夫なのか……」


 その陣に足を踏み込むと、赤い絨毯にシルクのカーテン、金細工の内装が広がる広大な空間に辿り着く。

 そして、奥にある玉座にふんぞり帰るいかにも王と言った……仮面を被った男。


「よく来たな、賢き者よ」

「王なのに随分シャイらしいな」


 即座に無礼者、と側近らしき男が怒鳴るが予想通りなので相手にしない。


「まあいい、難題を解けたらお前にある物を譲ろう」

「どうせ地位だろう? 別に権力なんていらないんだが」

「お前には欠けている物がある。それをくれてやると言っているのだ」

「……」


 なんだ、こいつは……? まさか俺の秘密を知っているのか?


「では問題を出そう。これさえ解ければ約束を守る」

「問題、とはなんだ」

「4つの顔を持つが1つしか頭を持たないのはなんだ?」


 それを聞いて俺は呆れた。こんなチープな問題が難問だというのか。


「答えは時計だ。時計には0時、3時、6時、9時の4つ方角に対応する面があるが、中心たる頭は一つしかない」


 答えるのも馬鹿らしかったが、一応根拠も言ってやった。

 これで俺の目的は果たした。

 

「不正解だ」

「な、間違ってないだろ」

「的外れもいいとこだ。出直せ」

「ふざけるなよ」


 こう言いつつ、別の正解がある可能性を模索していた。

 しかしこれしか思い浮かばない。


 シルヴィアは俺の肩を叩く。

「今日はこの辺にしてまた来ましょう」

「……そうだな、シルヴィア」


 シルヴィアが作った陣に入ると、シルヴィアの家らしき場所に着く。

 白いベッドと木のテーブルと椅子のみが置かれた、質素だが小綺麗な部屋。

 しかし困ったことに俺は行きつくアテがない。


「なあ、悪いが泊めてもらっていいか?」

「いいわよ」

「随分あっさり承諾するな……」

「だってわざわざ来てもらったんだし……」

「それなら早速机と椅子を貸してくれ。あと書く物あるか?」

「えぇ。他にも必要な物があったら言ってね」

「悪いな」


 俺は紙に筆を滑らせ続けるが、夜になっても答えが分からなかった。


「そろそろ寝ましょうよ」

「そうだな」


 俺はベッドに入り、シルヴィアの隣に横たわる。


「ちょ、何一緒に寝ようとしてるの!?」

「え、なにか悪いことしたか?」

「どれだけデリカシーないのよ! 変態!」

「あぁ、分かったよ、外で寝るから……」

「いや、そうじゃなくて……怒鳴ってごめんなさい、一緒のベッドで寝ていいから」

「そうか? じゃあそうするよ」

「……でもあなたって不思議ね、上手く言えないけど……まるで……」

「どういう意味だ?」

「……いえ、なんでもない」


 翌日になってもやはり問題を解く糸口が見えなかった。


(時計が違うならやはりコンパス……いや、時計は的外れと言っていたから恐らく違うな)


「問題、解けそう?」

「いや、俺としたことが分からない。こんなに頭を悩ませるのは生まれて初めてだ」

「そう……紅茶でも飲む? リラックス出来るわよ」

「そうか、頂くよ」


 紅い茶を口に含み、その豊かな香りを感じる。


「良いアールグレイだな」

「あら、どの茶葉か分かるの?」

「異世界に何故あるのか不思議だが、ベルガモットの香りで分かる」

「そうなのね! あなたやっぱり凄いわね」

「別にこれくらいはなんてことないさ」

「それにしても紅茶を飲むと本当に落ち着くわ……」

「そうか? 俺はカフェインを摂取するツールと割り切ってるが」

「もう、こんなに良い香りでリラックスしないなんて農家に失礼よ!」

 

 それからもシルヴィアと一緒に生活した。


「ねえ、市場行きましょうよ!」

「まあいいけど」

「せっかくだし徒歩で行きましょうか」

「めんどくさ……」

「ほらほら!」


 市場は賑わっており、魚売りや果物売り、怪しいキノコ売りなど様々であった。


「新鮮なマジロだよー! 身が締まってる自慢の鮮魚だ!」

「うちのハーブは良く効くよ……ヒヒ」


 俺はその喧騒に圧倒されていた。

 

「いろんな店があるな……」

「楽しいでしょ! ねぇ、あの店見ていい?」

 

 向かった店でシルヴィアは豹変する。

 

「ちょっと、これは50ルビーでしょ!」

「いーや、100ルビーだ!」

「40ルビーでも高いでしょうに」

「バカ言うなよ!」


 店員と競り合いをしていたのだ。

 ギャラリーまで出来上がっているがシルヴィアは引かない。

「じゃあ負けに負けて55ルビーにしてあげる」

「……しょうがねぇ、じゃあ55ルビーな」


 シルヴィアは競り勝ったのか、拍手喝采だった。


「見て! 55ルビーでこんな可愛い服買えちゃった!」

「あぁ、良かったな」


 別の日はこうだった。

「うぅ、なんて悲しいの……」

「どうしたんだ」

「この物語、最後主人公が死んじゃうの……」

「そうなのか……」


 何故空想の出来事にこんなに悲しむのだろう。


「主人公は悪い人じゃないのに、自ら悪役を演じて汚名を背負ったまま亡くなるのよ……」

 シルヴィアはしばらく涙を流し続けていた。


 そうしてシルヴィアと過ごしているうちに、ある時気付いた。

 (あぁ、なるほどな……)


 再び王の元に向かう。

 そして玉座に座する王に告げる。


「答えが分かったぞ」

「言ってみろ」

「答えは感情だ。人間は喜怒哀楽と4つの感情と1つの頭を持つ」

「正解だ」


 そう言い王は仮面を外す。

 その顔は……俺だった。


「お前には感情が無いからな。感情というものを理解させたくて私が召喚したんだ」


 そう、俺には感情がない。

 幼少期は感情があったが、高い知能から周囲と軋轢が生じ、迫害されるうちに心の壁をつくり、いつしか感情と呼べるものを喪失した。

 だがシルヴィアと一緒にいたことで、なんとなく感情というものを理解出来た気がした。


「シルヴィアが召喚したわけではなかったのか」

「えぇ、隠しててごめんなさい」

「いや、多くのことを教わった。ありがとう」


 シルヴィアはその美しい顔に笑顔を咲かせる。


「ではお前に感情をくれてやろう……と言いたいがそれは出来ない」

「な、どういう意味だ!」

「今お前が抱いたのは怒りだろう? お前は自分で感情を取り戻したのだ」

「俺が……」

「では、帰るがいい」


 王がそう言い、俺に指を指すと突風が吹く。

 腕を交差させて目を閉じ風を防ぎ、気付いたら自室にいた。


 (夢、だったのか……? いや、この高揚感のような物は……)


 鏡を見ると、俺は確かに笑みを浮かべていた。

 初めて見る、自分の笑顔。


 それから俺は学校に通った。

 両親も周囲も俺の変わりように驚いていたがクラスメイトと一緒に笑い、一緒に怒り、一緒に泣くのは楽しい。


「なあ、このグラビア凄くね?」

「これはEカップはあるな」


 前ならこんな会話も幼稚だと思っていたが、すっかり参加するようになった。

「いや、サイズは85といったところか。身長を鑑みるにDカップだな」

「なんだ、Dか……」

「なんだとはなんだ、大きすぎず小さすぎない、理想のサイズだろうが!」


 頭は多少悪くなってしまった。

 それでも感情という物の方が遥かに尊いと思った。

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4つの顔と1つの頭 ラム @ram_25

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