あなたは
神木
あなたは
あなたは誰かを自分の部屋に連れ込むとき、いつも私の身体を壁に向けて、ご丁寧にハンカチを顔に乗せる。アクリル製の私の瞳はそうしないと視界を奪えないから。そして相手が帰ると、またハンカチを外して、部屋の中心に顔が向くようにする。
あなたは男女問わずできるだけ多くの人と性交渉をした。でもその内に、妊娠のリスクのない女の子をよく連れ込むようになった。
あなたは独特の魅力があるのか、ショートカットだったりロングヘアだったりふくよかだったりスレンダーだったりおっぱいが大きかったり筋肉質だったり骨と皮だけだったり快活だったり陰気だったり頭が良かったり悪かったりする色々な女の子と寝た。それに付随するコミュニケーションもそつなくこなすことができた。
あなたは何かを探している。それはインスタントな必要とされている感とか、とにかく性欲があるとか、そういう話ではなく、とにかく何かを探していた。私にはそれが分かる。でもあなただけが分からない。あなたと寝た女の子たちだって、本当は自身ではなく自身の中にあなたが探す何かがあるかどうか精査されていたということを分かっていた。男の子たちがそれに気づいたかは分からない。男の子の筋張った肉体の中に求めるものはないとあなたは早々に見切りをつけていた。
あなたは美大の彫刻科にいて、自分の中にあるものを出すことに熱中している。それと同じように性交渉を重ねている。あなたは内的な衝動を抑えることができない。表現も性交もあなたのなかで区別できないほど深く絡み合っている。
あなたは八畳のワンルームに暮らしている。ラグが敷かれ、ローテーブルが置かれ、セミダブルのベッド、机、ノートパソコン。本棚がある。そして私がある。
あなたはバーに行ったり出会い系アプリを使ったりして、手広く女の子を捕まえる。あなたは孤独な人の心の隙間の形に自分を作り変える技術に長けている。少し話せば、少しメッセージのやり取りをすれば、同年代の子たちはすぐにあなたに好意を持った。
あなたはさっきまで遊んでいた女の子にじゃれつきながら下着を着けてやり、服を元通りにして、髪を軽く整えてやる。毛の扱いはあなたにとって造形技術の応用でしかなかった。女の子を帰して、一人の部屋であなたは息をつく。その息はかわいそうなくらい湿っている。
あなたは壁を向けていた私の顔からハンカチを取り、両腕で抱え上げる。あなたは私を持ち上げるくらい何でもない。そうでなければならなかった。そしてあなたはベッドに横たわり、私を上にかぶせる。関節のジョイントが上手く作動して、四肢が折りたたまれ、私の胴があなたを上から潰すように包み込む。
あなたはベッドで私を抱いたまましばらく泣く。あなたの涙は私の毛皮に染み込んでいく。あなたの涙はあなたがどうにかするしかない。でも、あなたが選んだ素材、あなたが組み上げた骨肉、あなたが張り合わせた毛皮、それが私だからあなたの涙を吸い込む私の身体に、あなたは親密さを読み込む。その勝手さもあなたを悲しませている。
あなたは私をいくつも作った。あなたの主題は私だった。あなたの感性と指先から私は生まれた。フェルトのぬいぐるみ、粘土の像、彫刻、あなたのあらゆる表現は私に触れるためだった。でもいずれそれに限界が来る。
あなたは何かを探している。でもそれが何かあなたには分からない。しかし私には分かる。あなたは私に会うために生きていると言ってもいい。しかしあなたは私以外の何かを見つけなくてはならない。
あなたは泣き疲れて、電気もそのままにして眠る。あなたの息は深く熱く、私の八つの乳房の下で行われている。そんなことはどんな女の子にもしなかった。あなたは女の子と遊ぶたびに自分の求めるものが何か分からず、不在のままでも満足できないことに絶望する。
私はそっと身体を反らして、身体をずらす。剥き出しになったあなたのお腹に長い口の先を付ける。あなたの匂いがする。柔らかな皮膚に牙をひっかけて破る。あなたの肌から血がこぼれていく。あなたが流してきた血と臓物に鼻先でかき分けて、私はあなたの下腹部から蠢くものを咥える。ベッドを降りてラグの上にそれを置き、体中にへばりついた血を舐め取る。それはあなたが流してきた涙の味をしている。長い顔、三角形の耳、野山を駆けること長けた四肢。私はまた子供を咥え上げる。染み一つない綺麗なベッドで、泣き疲れたあなたが穏やかな寝息を立てていてその上に狼の大きなぬいぐるみが乗っているのを確認すると、私は踵を返してマンションを後にする。鍵をかけたドアも関係なく。
あなたは何かを探している。あなたが何かを見つけられることを、あるいは見つけられなくても上手くやっていくことを私は心から祈る。
あなたは 神木 @kamiki_shobou
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