第18話 願い  『最終話』

「腹部・胸部損傷」

「内臓損傷」

「縫合」

「大量出血による意識の混濁」

「増血」

「TorBT,P,R,BP,……」

「St.Seg,Ly,Mon,Eo,Ba正常」

「BUN正常」

「AST,ALT正常」

 ……


 細長いカプセルのようなものが、中心に鎮座する室内。


 おびただし数のデータ画面が、次々に現れ、浮かんでは消えるを繰り返す。


 慌ただしく、医師たちによる検査・治療が続く中、たっぷりと液体の入ったカプセル内で、漂うように眠る彼女の身体は、たくさんの管のようなもので繋がれている。


 そして数時間後、私はゆっくりと重い瞼を開いた。


 ここは一体……


 一番最初に、普段見ることの無い、白い天井が視界に入る。

 まだハッキリしない頭で、ゆっくりと周りに視線をむけた。


「良かった、気がついたようだね」


 目覚めた先に、見慣れた顔があった。


 十年前、私と同じく事故に遭い、怪我をしたことで、鼻から上を覆い隠しているというその、無機質な仮面の下の瞳は、心底安心しているように見えた。


「博士?」


「いや、間に合って本当に良かったよ、一時はとても危なかったんだ。

 よく頑張ったね、お嬢ちゃん」


 目覚めてすぐに、普段見慣れた人の穏やかな姿が、視界に入ったこともあり、知らない場所で寝かされている状況にもかかわらず、あまり焦りを感じなかった。


「……ぁ……私は一体……」


 私は、何故ここで寝ていたのかしら?


「君は、渡來航起わたらいこうきを警護の最中、深傷を負って、ここへ運ばれてきたんだよ」


 不意に、幾つかの光景が甦った。


 きらめく刃物、女性の安らかな死顔、泣き喚く渡來航起の顔、血と金属の臭い。


 そして同時に、焼け付く様な痛みを思い出す。


 そうよ!そうだった!


「すぐ戻らないと」


 大変!私ったら、何を呑気に寝ていたのかしら!

 すぐに警護にもどらないと、だめじゃない!


 慌ててガバッと、上半身を起こすと、軽い目眩を感じた。


 立ち上がろうとする私に、博士が嗜めるようにそっと制すると、ゆっくりとかぶりを振った。


「君は彼の護衛からは、外されているよ」


「えっ……何でですか?

 まさか今回しくじったから?

 だから外されたんですか?」


「そんな事ではないんだ。

 君はよくやっていたよ、とても頑張った。

 ただ彼には……彼には、もう会うことは出来ないんだよ。

 いろいろと、事情があってね」


「そんな……」


 外されたって……そんな嘘よね?

 あの時は特殊空間じゃなかったから、いつもの武器が使えなかったかし……

 だから武器を持っていなかったけど、やれる自信は充分あったのに……

 はぁ油断した!

 何をやっているの私。

 咄嗟に身体が動いたから、対象者を護れたけど……

 まさか、外されるなんて……

 どうしよう……まだ見つけられてないのに、辞めさせられたりしたら、見つけられなくなるわ……


「……私、管理官に聞いてきます」

「まあ待ちたまえ、時空間監視員を除された訳ではないし、まず体調を整えることが先決だ」


 ……時空間監視員を辞めなくていい?


「じゃあ私、辞めさせられたわけでは、ないんですか?」


「そうだよ。安心したかい?お嬢ちゃん」


 そうか、そうなんだ……よかった。


 ホッと安心したら、そんな私をずっと見続けていた存在に気付く。

 同時にさっきまでの、とても慌てた自分を振り返り、何だか恥ずかしくなってきた。


「……さっきはいい逃しましたが、お嬢ちゃん発言は、やめて下さいっていつも言ってますよね?」


 博士はムキになって怒る私を、面白そうに眺めていた。

 そしてそっと私の頭の上に手を乗せると、軽く撫で微笑んだ。


「大丈夫。また仕事はできるよ」


 仮面越しではあるけれど、その微笑んだ眼差しと、何よりこの頭に添えられた大きな手に、既視感を覚えた。


 どこかでこの手を、この微笑みを、私は覚えている?


 無意識に私は、博士の顔をいつも隠しているそれに、手を伸ばしていた。


 博士とは長い付き合いだ。


 立場上、今みたいなスキンシップは無かったが、わりと親しい方だと自負している。


 けれど、これを触らせてもらったことは、そう言えば無かったなぁと、それを外す片隅でそんな思いがチラついた。


 私の行動に嫌がりもせず、少しの抵抗のない博士は、微笑んだままだった。


 外されたその顔を見て驚く。


 その顔には、傷一つなかった。

 でもそれと同時に、目を疑うようなものをみた。


 何で……


 博士の、その耳の近く左こめかみに、小さなホクロが、大小ふたつ並んでいた。


 知っている、忘れるはずがない!


 だってこの仕事を選んだのは、頑張ってやってきたのは、人を探すためだった。


 十年前、あのティオで、一人ぼっちになり、泣きながら歩いていた私を、倒壊した建物から救ってくれた “ティオの奇跡” あの時のあの彼だ!


「……貴方はあの時ティオで……時空間研究所の爆破事件のあった当時、倒壊する建物から、私を助けてくれた人ですか?」


 震える声で、目の前に座り微笑む人物に問う。


 何で……何で気付かなかったんだろう、こんなに、こんなに近くにいたのに!


 目の前の人物は、嬉しそうに、ゆっくりと頷いた。


「奈々美ちゃん、大きくなったね」


 涙で目の前が、一瞬見えなくなった。


「ありがとう……ありがとうございました!

 ずつと探していたんです。

 あの時ちゃんとお礼が言えなかったから……」


 ぐしゃぐしゃになった顔を袖でぬぐい、それでも流れる涙顔のままで、あの時のお礼を言った。


 医療用カプセルから出たばかりの、何も持たない私の頬に、困った顔をしてハンカチをあてると、そっと私の手に握らせてくれる。


「顔を隠していたのは、皆んなにあの時の人だと、分からないようにするためだったんですか?」


 彼はもう一度、あの時と同じように、私の頭に手を載せ、軽く撫でると、少し複雑な表情をした。


 それは哀愁、そして後悔を含んだ表情に見えた。


「私は……

 お礼を言われるような人間ではないからね。

 ……あの日から、とにかく必死で学んで、持てる力を全て注いで、あれをつくったんだ。

 どうなるのかも、分かっていたのに、だ……

 何度も何度も時を渡り、未来へ向かった。

 安否を確かめるために……

 何度渡っても、までしか、行けなかった。

 それより先には、それより未来には、どうやったって行けなかった!

 俺にとってまだ、に、行くことはできなかったんだ……

 絶望したよ。

 何のために作ったんだってね。

 そんな時だよ、諦めきれずに向かった未来で、

 瓦礫の中で、小さな君を見つけた時、どんなに嬉しかったか、君にわかるだろうか?

 無駄じゃなかった。

 今度こそ助ける。

 俺が助けられる。

 そう思ったら、することは早かったよ。

 もう一度戻って準備をした後、ここに研究員として働いた。

 そして、万全の体制で、を迎えたんだ」


 ……まさか、この人って……


「お礼を言いたかったのは、むしろ私の方だよ。

 園部奈々美そのべななみさん、私を、あの頃の俺を、渡來航起わたらいこうきを助けてくれてありがとう。

 生きてくれて、ありがとう」


 彼は涙を溜めた瞳で、にっこりと破顔した。


 その彼の胸元には、あの時に渡したものが、紐を通した状態で、黒く鈍い光を差していた。


                   おしまい



〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

少しでも、楽しんでいただけたなら、幸いです。

 良い物語に出会えますように……

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