第17話 ‘’ティオの奇跡‘’ 「残酷な描写あり」

 意図的な爆破により、時空間研究所に隣接した数軒の町は、爆音・閃光と共に、一瞬にして亜空間へと飲み込まれた。


 周辺の地であるティオの街も、その爆破の余波を喰らい、壊滅の危機に陥っていた。


 近隣を歩く人、街並みもろともに、爆発に巻き込まれたのだ。


 次々に崩れ落ちてゆく、建造物。


 飛び散るガラスに積もる瓦礫の中、たくさんの悲鳴が響き渡る。


 それはさながら、地獄絵図であった。


 飛んできた破片に傷つくもの。

 落ちてきた建物に押しつぶされたもの。

 飛んできた鉄筋により、息絶えたもの。

 土埃の臭いと、焼けこげた臭い。

 鉄錆に似た、血生臭いものが混じる

 泣き叫ぶ声

 痛みに耐えかね喚く声

 折れた足を引きずり歩くもの


 皆が皆、どこかに怪我を負い、または息絶え動かない。


 真っ黒に焼けただれ、嫌な匂いを醸し出す。


 それでも、一部の人々は命からがらも、生きていた。


 ところどころ燃える街並み、まだ崩れ落ちようとする建物を、避けるように歩く。


 動けず「助けて」と叫ぶ声は、とても弱々しい。


 いったい何人の人が、今起こっていることに、気づいているのだろうか?


 助けは、まだ来ない。


 二回目の爆発が、小さく音を立てるが、脆くなっている地盤は、地鳴りのように周りを揺らすのだ。


 激しい爆音、粉々に砕け散るビルたち、降り注ぐ瓦礫の下、一人の少女が泣いていた。


 上空から、大きな建物の上部が崩れ、倒れ込んでくる。


 少女は恐怖にかられ、動けずその場に立ち尽くす。


 地面に叩きつけられる建造物、巻き上がる土煙。


 想像していた痛みも衝撃もないことに不思議に思った少女は、ゆるゆる目を開けると、1人の男性が、しっかりと自分を庇っていたことに気が付いた。


 その間も降り注ぐ瓦礫は、半球型の空間にいる自分達を、守るように避けては、はじけ飛んでいる。


 飛び散っていくそれらを、不思議そうに眺めると、少女はその彼を見る。


 この人が、助けてくれているの?


「ありがとう?」


 彼はその声を聞き、にっこりと笑うと、少女の頭を撫でた。


「お名前は?」


「奈々美。園部奈々美!」


「……!そうか……そうか……」


 彼は頷くたび、ぽろぽろと涙を流していた。


「お兄さん、どこか痛いの?」


「いや、大丈夫だ。どこもなんともない。ちょっと目にゴミが入っただけさ」


 そう言って少女に、自身の手をそっと差し伸べた。


「お嬢ちゃん、君は歩けるかい?」


「奈々美、歩けるよ!」


「それはよかった。じゃあ、早くここから逃げよう」


 そのにっこりと微笑む表情と、大きな手に、少女はほっとして、その手を握りしめると、二人は歩きだした。


 見上げた彼の耳近く、左こめかみに、小さなホクロが大小ふたつ並んでいた。


 間もなく、同じように避難してきた人達が、固まっている場所に2人はたどり着いた。


 ここも同じ様でいて、少し大きい透明の膜、見えないドーム型のシールドに守られていた。


「すいませんが、この子もお願いします」


 近くにいた女性に預けようとした時、少女は俯いたまま、彼の手をぎゅっと握りしめた。


 彼は少し困ったような微笑みを見せ、少女の目線の高さまで下がる様に屈むと、軽く頭を撫でる。


 そっと覗き込むと、こぼれ落ちそうな涙を我慢するように、両手を握りしめているのが見てとれる。


 そんな少女をに「えらいね」と落ち着かせるように、ぽんぽんと頭を軽く撫でる。


「大丈夫。また来るから、それまでお利口さんにしているんだよ。

 おじさんはまだ、他の人を助けないといけないから」


 言い聞かせる様に呟くと、彼は再び立ち上がった。


 代わりに近くにいた女性が、じっと我慢したまま立ち尽くす少女に、優しく声をかけ抱き留めていた。


「あの……私も手伝えることがあれば、手伝います」

「あっ、私も!」


 何人かの人が、立ち上がった。

 

 そんな彼女彼らを、ゆっくりと見回すと、優しく微笑み口を開いた。


「……ありがとうございます。助かります。

 では、貴方と貴方は、これを持って私と来て下さい。

 これさえ持っていれば、大丈夫ですから。

 他の方は、怪我人の手当てをお願いします。

 応急セットは、さっきそこに探しておきましたので、よろしくお願いします」


 残った人たちはこくりと頷いた。


 3人が、落ちてくる瓦礫を弾き飛ばしながら、ずんずん歩いて行く様は、たえず落ちてくる細かいガラスや、あたりを漂う粉塵状の鉱物に光が当たり、まるで、淡く光り輝く宝石の様に見えた。


 そんな彼等の姿を人々は、祈るような思いで、じっと見送る。


 街の被害者が落ち着いた頃、主だって動いていた彼のことを、知る者は無く


 どこからともなく、ふらりと現れた彼は、大勢の人を助けた後、またどこかへと、消えていったという。


 後に、人々の間で語り継がれることになる

 “ティオの奇跡” であった。



〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜

 次回 最終話です。

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