第三話 海空に舞う天使

 日々【世界平和】が何たるかを研究し追求する天才博士【リズレット=ガブリエル】――、が、流石にここ最近の暑さに研究がはかどらず、助手を連れて海水浴場へとやってきていた!


 多くの人々がごった返す海水浴場。その一角にパラソルを片手に立つ一人の男。

 彼こそはリズレットの現在唯一にして、おそらく最優秀な助手【獅子戸亮(ししどあきら)】であった。


助手「ふむ……、楽園(エデン)はこんなところにあったのですねリズ博士」


 しみじみと言う助手をジト目でにらみながら、可愛いフリル付きワンピース水着を着て、その上になぜか白衣を纏うリズレットが応えた。


博士「……どうでもいいが、私を見つめながらそういう事を言うのはやめたまえ」

助手「ふ……、天使の実在を観測し得た以上、この場所はまさしく【楽園(エデン)】そのものだと愚考しますが?」

博士「く……、助手くんは本当に変わらないね? いくらなんでも私は天使なんてがらではないよ」


 そう言って顔を赤くするリズレットに、助手は優しげな笑顔を向ける。


助手「俺がわざわざ用意した水着を、理解したうえであえて着てくださるリズ博士はまさしく天使そのもの! ……俺は今――、幸せすぎて気が遠くなりそうです」

博士「助手くん?! 待ち給え――、その大量の血は何なのかね? 本気で死にかけてないかね?!」


 いきなり大量の血溜まりに沈んだ助手を心配そうに眺めるリズレット。


博士「なんかびくんびくんしているが……、まあいつものことだし多分大丈夫だな、助手くん? とりあえず海水浴客がキミを見て、恐怖に慄いているからなんとかしたまえよ?」

助手「了解いたしましたリズ博士。無論、リズ博士と添い遂げるその日まで、俺は絶対に死にませんとも」

博士「まあ……言いたいことは色々あるが、君が元気ならばそれでいいさ」


 リズレットはため息を付いてから海を見た。


博士「いい海だな助手くん。やはり夏はこうでなければダメだよ」

助手「そうですね。多少ゴミはありますが……」

博士「それは人がいるゆえにある程度は仕方がない話だな。でも多くの客はマナーを守って楽しんでいるようだ」


 リズレットは助手の方を振り返って笑う。


博士「助手くん。私は研究室に籠もって研究を行う研究者だ。――が、しかしこうした旅行やフィールドワークこそ研究者にとって大事だと考えているのだよ」

助手「そうですね。リズ博士は実際信じられないほど行動的ですからね」

博士「うむ……、学術的な探求には多角的な見方が必要だからね。こうした外での経験も研究のための布石なのだよ」


 それを聞いた助手は笑顔で答える。


助手「そうですか……、ならばこの俺が、リズ博士の【ひと夏の経験】のために全力で答えましょう!」

博士「ふむ……、助手くんのその言い方には、何やら妙に薄ら寒い気配を感じるのだが……気のせいなのかな?」


 リズレットは少し呆れた様子で助手を見つめた。

 ――と、ふと【何か】を感じてリズレットは周囲を見回す。その様子に助手が首を傾げて言う。


助手「どうしました? リズ博士?」

博士「うむ……、いや、気のせいだろう」


 そう呟くリズレットを見つめて助手は黙って頷いた。



◆◇◆



???「これは可愛らしいお嬢様……、お一人で海水浴ですか?」

博士「ふむ? 君は……」


 リズレットは不意に黒髪の女性に声をかけられる。――と言っても、その女性は明確に日本人ではなく……、その青い瞳が静かにリズレットを見つめていた。


博士「ふむ……、君は先程から私を見ていた視線の主だね?」

???「あら……これはこれは……、バレていましたか?」

博士「無論だとも……、助手くんが飲み物を買いに行った隙に会いに来たのだろう?」

???「ふふふ……そうですか。そこまで理解していらっしゃるならば、もう下手な嘘をつく必要もありませんわね?」


 その黒髪の外国人は怪しげに笑って言う。


ローラ「わたくしの名はローラ――、ローラ=バーネット(Lola=Burnett)……、貴方とお話がしたいのリズレット=ガブリエルさん」



◆◇◆



 海水浴場の近く――、切り立った崖の上に西洋風の館が建っている。

 その一室……、崖に面した部屋にリズレットはいた。ローラ=バーネットと名乗る女性に連れられてきたのである。

 見知らぬ人物に連れて来られたにも関わらず、リズレットは楽しげに微笑みながら崖に面したバルコニーへと歩いてゆく。


ローラ「リズレットさん……、そこは危ないですわよ。かなりの高さがあるので、落ちたら刹那の絶望を味わった後に死に至りますわ」

博士「ふむ……、景色を楽しむためのバルコニーだろう? まさにいい眺めで最高ではないかね?」

ローラ「ふむ……まあいいでしょう。そんな事より――、早速お話をしたいのですが?」


 そう言って無表情で見つめるローラに、リズレットは少し苦笑いしながら応えた。


博士「せっかちだねローラくん。まあいいか、どんな話がしたいのかね?」

ローラ「……リズレット博士。今貴方が行っている研究――【世界平和】へと人類を導くための方策……。とても崇高なものであると理解しております」

博士「ふむ……、そう言ってもらえると私としても嬉しいな。――その、詳しい内容が聞きたいのかね?」


 そのリズレットの言葉にローラはため息を付いて言った。


ローラ「いいえ……、崇高ではありますが――現実的だとは思えないので興味はありませんわ」

博士「ふむ……まあ、そう考える者がいるのは当然だろうね、無論理解しているとも」

ローラ「……はっきり言いますと、そのような【くだらない夢物語】に貴方の頭脳を浪費する事は正しいことだとはわたくしは思えないのですわ」


 ローラのその辛辣な言葉に――、リズレットは小さく笑って答える。


博士「ふむ……【くだらない夢物語】か、なかなか言ってくれるものだ……。それで?」

ローラ「――貴方をわたくしのラボに迎えたいのですわ」

博士「……ふむ、君のラボか……。君は今【世界平和】を【くだらない夢物語】だと言ったね? で? 君の行っている研究は私の【くだらない夢物語】を越えるものなのかね?」

ローラ「もちろん……」


 そういいかけたローラの言葉を遮ってリズレットは言う。


博士「……ふむ……。【兵器開発】ごときが私の研究を越える研究だとは――、なんとも大口をたたいたものだね?」

ローラ「……」

博士「君のことは知っているよ? ローラ=バーネット教授――。日本国防軍――、要するに日本国に各種兵器類の技術提供をしている研究所の所長だ」


 そう言って笑うリズレットの目は少しも笑ってはいない。


ローラ「ふう……、そこまで理解したうえでわたくしについてきたと?」

博士「無論だとも……、私はそこそこ記憶がいいのだよ。――で? 君が私を自分のラボに迎えたいということは、私に【兵器開発】を手伝ってほしいということだね?」

ローラ「まあ……そのとおりですわ。貴方はなにか誤解をしていらっしゃるようですが、わたくしたちの研究は日本の国防において重要な意味のあるものです」

博士「ふむ……、君たちの兵器開発が【意味のあるもの】か……」


 そう言って考え込むリズレットにローラは言う。


ローラ「当然ですわ……、様々な国家がひしめき合い、様々な思惑で動いている世界情勢において、国防は重要な位置を占めるものです」

博士「ふむ……、無論私も、防衛力なしで国家の安定が得られると思うほど【夢想家】ではないさ」

ローラ「ならば……わたくしたちの研究の意味も理解していただけると……」

博士「……だが、少なくとも【君たちの兵器開発】が意味があるものだとは……私は思わない」


 そのリズレットの断言にローラは少し顔を歪ませて言った。


ローラ「国防に必要な兵器開発が無意味だと?」

博士「……君達のものは必要でもないだろう【兵器開発者】くん? 君たちの研究は、何より【どれだけ人を効率よく殺傷し得るか】を目的に研究がなされている」

ローラ「それは……、より味方の被害のない兵器を目指しているからで……」

博士「その考え方には一定の理解は示すが……、それにしては君たちの兵器は【人を効率的に殺しすぎる】のだ」


 リズレットは笑顔を消して無表情で言う。


博士「身を守るために武器を手にするのはいいだろう。でも……君達の兵器はそのような存在ではない」

ローラ「……」

博士「人類は長い歴史で兵器をアップデートしてきたが……、結局その本質は足元に転がる石ころと同じだ。人は足元の石ころでも人を殺すことが出来る」


 リズレットはバルコニーの手摺にもたれかかっていう。


博士「さらに言えば兵器がなくとも……、素手でここから突き落とせば私は死んでしまう」

ローラ「何がいいたいのですか?」

博士「……過剰な殺傷能力は無意味なのだよ。それはかの【核兵器】が生まれた後も戦争――【殺し合い】が終わらない……この世界の歴史が証明している」


 リズレットは冷たい目で言う。


博士「君が行っている兵器開発は――、無駄に人を殺す事を追求するためだけのただの【自慰行為】だ……、見るに耐えない」

ローラ「!」


 リズレットの言葉に苦虫を噛み潰したような表情をしたローラが答える。


ローラ「……ほう、なるほど……、【世界平和】をのたまう【夢想家】らしい発言ですわね。貴方はわたくしたちの兵器は【絶対悪】だと言いたいのですか?」

博士「……私の考えを勝手に想像しないでくれたまえ? 兵器の【善悪を問う】行為は、道端の石ころの【善悪を問う】のと同じだよ? いかなる兵器も人類の手の延長でしかない。善悪は振るう人の意志によって決まるのだ」

ローラ「ならば――、手にした人が悪事に利用しなければ【悪にはならない】と言うこと……、わたくしたちの兵器開発が無意味だなどとはなりませんよね?」

博士「それは……、まさに【兵器開発者】らしい言葉だ。兵器を生み善悪定まらない人にばらまいておきながら、それによる被害は【自分たちの責任ではない】と言う。君も研究者の端くれなら、言い訳を言って逃げずに、自分が行った【善も悪もすべて自分の責任である】と飲み込みたまえ」


 真っ直ぐ見つめるリズレットを睨んでローラは答える。


ローラ「ならば……人類は兵器を捨てて石器時代に戻るべきだと? 人類の発展の歴史を全否定なさるのですか?」

博士「……勝手に自分たちの功績を捏造しないでくれたまえ」

ローラ「なに?!」

博士「海の果てを望み……、空の果てを望み……、宇宙の果てを望み……、そうして人類は発展してきた。それは彼ら純粋な希望を持つ冒険者の功績であって、君達【兵器開発者】の功績ではない」

ローラ「……」

博士「君達が今までしてきたのは、そういった純粋な希望の産物に【人殺し】の要素を加えて、兵器として世界にばらまいただけだ。……そして、それによって人の命が失われると、それを望まないものに取り入って別の兵器を売って……、そうして財を得てきた」


 リズレットは小さくため息をつくとローラに言った。


博士「悪いが……私は【兵器開発者】にはならない。顔を洗って出直したまえ」

ローラ「ち……」


 ローラは舌打ちすると懐から拳銃を取り出した。それを静かにリズレットに向ける。


博士「ふむ……、有意義な【論争】を捨てて、黙って【武器】を向けるのかね?」

ローラ「貴方と【論争】する気などありませんわ」

博士「私の理論も決して完璧ではない。だからこそ君のような者との【論争】は有意義であろうと思ってついてきたが……、君のことを買いかぶりすぎていたようだ」


 リズレットはそっと笑ってバルコニーの向こう青い空を見つめる。


ローラ「ここから逃げるすべはありませんわ。そのバルコニーから飛び降りて自殺でもしない限り……、その水着姿では何も護身の用意はしていないでしょう?」

博士「そのとおりだね……、私はこの身一つだ」

ローラ「まさか……、貴方の助手が助けにきてくれるのを期待してらっしゃるの? それは無駄ですわ」

博士「ふむ……」

ローラ「ここら一帯は軍用ロボットが警備してますので……、絶対に助けなど来られません」


 ローラは薄く笑って言う。


ローラ「命が惜しければわたくしに従いなさいなリズレット博士。その若さで命を散らしたくないでしょう?」

博士「ふむ……」


 ……と、不意にリズレットがバルコニーの手すりに足をかけた。それを見てローラは驚愕の表情を作る。


ローラ「まさか!! 自殺するつもりですの?!」

博士「ふふ……、私の計算は完璧なのだよ」


 そう言ってリズレットはバルコニーから空へと身を躍らせる。そのまま崖へと自由落下してゆく。


ローラ「そんな!!」


 驚くローラは急いでバルコニーへと走る。その時――、


 ドン!!


 屋敷の周囲の、森の樹木がいきなり吹き飛び宙を舞った。


ローラ「え?!」


 その土煙の中からなにかの影が高速で飛び出してくる。

 それは宙を舞うリズレットを空で掻っ攫うとそのまま地上へと降りていった。


ローラ「アレは……、人?」


 驚くローラの目前に、助手の腕に抱かれたリズレットが見えた。


 その時、リズレットは助手に向かって言った。


博士「うむ……計算通りだね? 助手くん」

助手「もちろんです! お助けに参りました」

博士「ふむ……ありがたいことだが。君のカラダにいくつか弾痕が見えるが?」

助手「ああ……、ここに来るまでに何体かの軍用ロボットとやり合いまして……、その【ミニガン】の弾痕ですな」


 それを聞いてリズレットは驚きの顔を助手に向けた。


博士「それは大変だったね助手くん。私のワガママのせいで」

助手「まあ……、俺は【死なない】んで、気にしないでください。それより……」


 二人ははるか上空、屋敷のバルコニーにいるローラを見る。ローラは嘲笑いながら叫んだ。


ローラ「は! 【世界平和】が聞いて呆れる……、そんな化け物を生み出して――、結局貴方も……」

博士「悪いが……私の技術では、助手くんのような存在を生み出すのは不可能だ。そもそも研究者の倫理がそれを許さないしね」

ローラ「だったらそいつは……」

博士「助手くんは助手くんだよ……。私の最愛の……ね」


 そう言ってリズレットは笑顔を助手に向ける。悔しげなローラは舌打ちをしてただ彼らを見下ろすだけだった。



◆◇◆



???「ミカエル……」

ミカエル「はい? 叔母様? なにか問題でもありましたか?」

???「兵器開発部のローラが勝手に、……彼女らに接触したようよ」

ミカエル「は? 彼女らにはもう手を出すなと……、通達してあったはずですが?!」

???「そうね……、見事に返り討ちにあった挙げ句……、納品予定だった軍用ロボット十数体をダメにしたそうよ」

ミカエル「……」

???「どうするの?」

ミカエル「……もう一度組織全体に通達をします」


 ――リズレット=ガブリエル及び、獅子戸亮――、両名には決して不要な接触を行わないよう。

 これは【日本国の国防】にも影響する、絶対的かつ重大な命令である。

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Lislet Laboratory~天使な博士とケダモノな助手~ 武無由乃 @takenashiyuno00

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