第二話 博士と実験体
――四年前――、7月16日――。
???「はあ……」
もはやいつ頃からこうして閉じ込められているのだろう? 俺はただため息を付くことしかできなかった。
暗闇には明かりがなく、時間経過を図るすべはない。あの日閉じ込められてから俺は時間を数える事すらできず、ただ闇を見つめ続けることしかできなかった。
そんな状況が覆ったのはあの日、目の前の鉄扉が開かれて、その向こうから小さな子どもが現れたのだ。
???「何だテメエ」
子供「ふむ……、これは本当に興味深いね? 君は本当に【五年間】ここに閉じ込められていたのかい?」
そう言った子供の言葉に、俺は閉じ込められていた期間が【五年】である事実を知った。
子供「見た感じ飢餓でやせ細ってもいない……、暗闇に五年間いながら精神的にも安定しているように見受けられる」
???「おいガキ……、俺の質問に答えろ」
子供「ふむ……、流暢な日本語――、資料のとおり明確な日本人であるようだ」
???「……」
黙り込む俺を見て子供は首を傾げて笑った。
子供「ああ……すまない。私の紹介をしなければならないね? ――私の名は【リズレット=ガブリエル】、先日亡くなった前任者から研究を引き継いだ者だ」
???「先日……亡くなった。――お前みたいなガキが後任?」
リズレット「――ふむ、君の目には私は十にも満たない子供に見えるだろうが――、一応十は超えている……、それにしばらく前任者の助手をしていたからね……、見た目通りの子供とは思わないことだ」
???「ち……。で? 俺をここから出したのはなぜだ?」
リズレットは笑顔を絶やさずに俺の言葉に答える。
リズレット「前任者の研究を引き継いだ時に、君に関する研究も再開されることになってね。――だから迎えに来たのだよ【実験体ハ0256号】くん」
実験体ハ0256号「……」
俺は闇の中からそのガキを睨みつける。その視線を受けてもなおリズレットは笑顔を消すことはなかった。
◆◇◆
――四年前――、8月24日――。
実験体ハ0256号「おい……」
リズレット「なんだね?」
リズレットに与えられている研究室のソファーに座りながら、俺はリズレットに声を掛ける。
実験体ハ0256号「……俺をこのまま自由にさせてていいのか?」
リズレット「……束縛されるのがお好みなのかい?」
実験体ハ0256号「冗談じゃねえ……。でも、俺をこうして研究室に住まわせて、色々周りに言われてるんだろ?」
リズレット「ふむ……、確かにその通りではあるが。君が心配することではないよ?」
そのリズレットの言葉に俺は顔を歪めていった。
実験体ハ0256号「心配なんざしてねえよ。お前も結局――あの研究者共と同じだ……、ヒトを実験材料扱いして切り刻む」
リズレット「……」
黙って振り向くリズレットに俺は以前から思っていた疑問をぶつけた。
実験体ハ0256号「お前――、本当にこの実験がどういうことか、本質を理解してるのか?」
リズレット「どういうことかね?」
実験体ハ0256号「経験の浅いガキが……、大人に言いくるめられて何も知らず手伝ってるんじゃないのか?」
俺のその言葉に――、リズレットは少し考えてから言った。
リズレット「前任者から託されたのだよ」
実験体ハ0256号「は?」
リズレット「――平和を維持するためには時に汚れることも必要……。汚いことである自覚は――、無論あるとも」
実験体ハ0256号「……」
リズレット「でも……、ここでやめてしまったら、彼が手を汚してまで進めていたすべてが無駄になる」
――俺は黙ってリズレットを見つめる――、リズレットの目には強い決意の色が見て取れた。
◆◇◆
――三年前――、4月3日――。
実験体ハ0256号「リズ!!」
リズレット「……」
リズレットはその場に跪いてただほおけている。
実験体ハ0256号「おい……リズ! 早く立て!! このままじゃお前逃げられなくなるぞ!!」
リズレット「……結局、馬鹿なのは私だったようだ」
リズレットはただ涙を流す。
リズレット「結局私は――、彼の意志をはき違えて……、間違えてしまった」
実験体ハ0256号「……リズ」
リズレットは燃える建物の中央で、ただ静かに終わりを望んで目を瞑っていた。
実験体ハ0256号「……この……馬鹿野郎」
俺は思い切りリズレットの頬を叩いた。そのショックで目を開いたリズレットは俺を見つめる。
実験体ハ0256号「……たかだか十年そこら生きただけガキが――、すべてを知った風な気分に浸ってんじゃねえよ!」
リズレット「……君」
実験体ハ0256号「俺は知ってるぞ? 少なくともお前は必死になって、この事態を止めようとしてたろうが!!」
リズレット「……でも、私は彼らの片棒を担いだ愚か者の一人で……」
俺は黙ってリズレットを脇に抱える。
実験体ハ0256号「そう思うなら――、今から償えばいい。お前にはそれが出来るだけの力がある」
リズレット「……でも」
実験体ハ0256号「いつまで死んだ奴の後を追うつもりだ?」
リズレットは俺の言葉に目を大きく開いた。
実験体ハ0256号「お前――研究者だろうが? だったらいい加減研究者らしく、誰かの後を追うんじゃなく、自分がすべき研究をしやがれ」
リズレット「――そうか……、そうだね――、君の言うとおりだ【アキラ】くん」
アキラ「は――、とりあえずこんな胸糞悪い研究所とはおさらばだな……、リズ博士」
俺はリズレットを抱えて炎の中を走る。すべての闇は炎とともに灰になり――、その研究の記録はこの世から抹消された。
◆◇◆
――二年前――、2月12日――。
博士「ふむ……、ここが今日から私達の研究所だよ助手くん」
助手「それはいいんですがリズ博士。――とりあえず隠れ住む必要もなくなったんじゃ……」
博士「まあ……ある程度解決はしたが――、用心に越したことはない。町中だと人に迷惑がかかる可能性もあるからね」
俺は彼女らしいと思いながら笑顔を向けた。
助手「それにしても……」
初めて出会った頃はまるっきり子供であったリズレットは、もうそろそろ年頃の女性へと変わりつつある。
俺はその変化に少し戸惑いながら彼女の後をついて行く。
博士「では……始めようじゃないか。ここから……」
――誰かの後を追うのではなく――、誰かに操られて騙されるのでもなく――、彼女が想う彼女の目指すべき研究――。
博士「――人類の目指すべき究極の課題――、【世界平和】の研究を――」
俺はリズ博士の小さな手を握って、しっかり確かに頷いた。
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