第40話『生きたいと吼えろ、我が心3』

 ――こんなモノなのか?


 【変色の獣】の攻撃が大地を貫く。

 空に向かって光が伸び、枝が分かれる。

 その枝から無数の光の粒子が放たれて、戦闘員の三割もの数が命を散らす。


 ――こんなモノなのか?


 さらに【変色の獣】の攻撃は苛烈に続く。

 雷を伴い、焔を従え、怪物を使役し、徹底的に人間を蹂躙する。

 気づけば『トゥーゲント・ヘルト』のある一画を除き、緑さえも失ってただの荒野となってしまう。


 ――こんなモノなのだな……。


 立ち上がるものなど最早なく、そもそも身体を残しているものがほとんどいない。

 僅かに息をしているものも呻き声を上げるばかりで、一向に立ち上がる気配を見せない。


 ――この程度なのだな……。


 知らず【変色の獣】は落胆している。

 或は失望だろうか?

 なんにせよ、彼女は詰まらないものを見るように、眼下の世界を見渡した。


 何もなかった。唯緑があるばかり。

 是が我が求めた果てか?

 否とよ。

 断じて否とよ!

 げに醜いものが、この身が追いかけたモノの筈が無い!

 

 ――さあ立ち上がれ!

 ――我に食らいつけ!

 ――弱くなった我如きに苦戦する奴腹どもが、【獄炎の獣】を下すことなぞ出来るワケも無し。

 ――あるのだろう⁉

 ――我を殺す何かがあるはずだ!

 ――そうでなければ!


 なんと無駄な時間だ。

 なんと無駄な試みだ。

 この試行がただの錯誤で終わるなぞ、あっていい訳が無い!

 自身の唯一性を引き裂いて迄手に入れた可能性の果てが、無為であるなぞ残酷すぎるではないか!


「嗚呼……貴様も終わったのか?」


 契約者の繋がりが消えた。

 その事実が【変色の獣】をさらに深い失望に落とす。


「我に面白いモノを見せてくれるといっただろうに……」


 こんな殺風景が、貴様の言う〝最高〟なのか?

 だとしたら、何とお粗末な最高だろうか。


「もういい……認めよう! 我が間違えた!」


 潔く認めようではないか。

 選択を誤ったと。

 過大に見過ぎたと。

 貴様らはその程度だったと。


「貴様等は悪くない。我が勝手に勘違いしただけだ……」


 その失望は世界に向き、再び【変色の獣】は世界を滅ぼそうと決意した。


「幾たび貴様らが世界の灰から這い出てこようと、そのたび我が滅ぼそうと。理由なぞ要らぬ。意味も要らぬ。唯滅ぼそう」


 是は戒めだ。

 二度と、勘違いしないように。

 禍根を残さず焼き尽くそう。


「――そんなことさせない」


 ☆


「――そんなことさせない」

「――――」


 最恐、最悪の獣は一人立ち上がた妖精を見下ろした。


「貴様一人が立ったところで最早何にもなるまい」


 詰まらなそうに、目を逸らした。

 もはや子蟲一匹に興も湧かぬ。

 相手してやる道理なし。


「……逃げないで」

「なに――?」


 今この子蟲は我に何と言った?

 逃げるだと? この我が、なにに?


「逃げないでって言ったの」

「奇なことを言う。我が何から逃げるというのだ、この芥の大地のどこに、我を恐れさせるモノがある!」


 豪風を放って吼える。


「ヒトの意志、そして希望」

「は――」


 【変色の獣】は笑い飛ばした。

 この地のどこに希望なぞがある? その意志とやらがどれほどの力がある?


「戯れるのも大概にしろ。貴様なぞ相手する価値もない」

「――恐れていないのなら、どうして君は人に相似た?」

「――――」


 この姿になった理由だと?

 それは……。

 ――それは。


「本来、進化は恐怖から逃れる為にある。生き残るために、自身を害する恐怖から遠ざかる為に」

「――――」

「人を畏れ、認めたからこそ、君は今私と語らっている」

「蒙昧だな」


 恐怖なぞ有るものか。

 あるのはただの欲求。

 至上でありたいという完全性への欲求のみ。


「我を畏れさせるモノなぞ、世界に一つしかない!」

「……」

「停滞のみだ! 停滞だけが、我を恐怖させる!」

「……ならば増やすと好い、〝淘汰〟という恐怖を――!」


 ステラは紫紺の魔力を熾す。

 魔力はステラの背部に収斂され、麗しい流動的な一対の羽を顕現させる。


 ――幕間は是にて終い。

 ――是よりが、妖精の本領。

 ――自由の極みをとくと御覧じろ!


 瞬目――少女は飛翔はしった。

 その速度は是迄の比にはならず、まるで姿が消えたかのようだった。


「――――っ⁉」

「はじめまして――」


 瞬間に接近する。

 巨大で秀麗な美女の顔が視界一杯に広がる。


「――私はステラ。ただのステラ!」


 未だ驚愕の坩堝に嵌っている【変色の獣】に痛烈な一閃を振るう。

 その威力は是迄の攻撃とは一線を画し、【変色の獣】の腹部までを斬り裂き、腸を零れさせた。


「貴様アアアアアアアアアアアアアア――‼」

「私は名乗った! 君も名乗るべきよ! はそうするの!」

「我を愚弄するな!」


 怒りに任せて巨腕を振るった。

 しかしすでにステラは其処には居ない。

 巨腕の下部に位置をとり、振るわれたの後の弛緩した関節部を狙ってさらに一閃!


「ぐあああああああああ⁉」


 魔力によって拡張された剣線は、厚さ数十メートルはありそうな【変色の獣】の右腕を斬り飛ばした。


「貴様! この傷許さぬぞ⁉」

「赦さないのは私も同じ! 赦せないから、戦ってるんでしょ!」


 ――!


 【変色の獣】の右腕の切断部がもごもごと蠢きだす。

 肉が盛り上がる。

 モノの数秒で、新たな右腕が生え揃う。


「……、この程度で我を下した心算か? 為らばそれは勘違いだ。少々土を付けた程度で、粋がるなよ羽虫があああああああああああ‼」

「なら何度だって、斬り裂くだけ!」


 怒りの形相を作り、獣の咆哮を放つ。

 その怒りの奔流を少女は真っ向から受け止めて、自由に空を乱舞する。


「私は自由だ……!」


 星のように、太陽のように、風のように、人々のように――。

 ――恋のように自由だ!


「それに比べて、君はとても不自由そうね」

「――――――――――――――――――――――ッッ⁉」


 その言葉はあまりに衝撃的過ぎて、【変色の獣】は思わず攻撃の手を止めてしまう。


「今何と言った?」

「……」

「何と言ったと問うている‼」


 何も言わないステラの苛立ち、【変色の獣】は怒りの咆哮を上げる。


「ずっと怒ってばかりで不自由だっていったの!」

「貴様……」

「怒っているのは不安の裏返しでしょ⁉」


 ステラ自身もそうだった。

 いつか消えてしまうであろう自分。

 その事実が怖くて、恐ろしくて、不安で――。

 ずっと何かに怒っていた。

 ルーエやミュー、フロイたち武器庫いえの皆に出遇うまでは、ずっと怒っていた。


「君は怖れている! 脆弱で、無力な人間を!」

「――――」

「だから真似た! だから唆した! だから怒りをぶつける!」

「――――」


 下らぬ妄言――そう切って捨てるには、あまりにその言葉は重かった。

 故に、【変色の獣】は瞑目した。

 戦闘の最中にありながら、彼女は自己を分析する。


 ――なぜ人を被写体モデルにした?

 ――なぜ契約者フランに言葉を弄した?

 ――なぜ、こうまで腹立たしい?


 ……そうか、我は怖れているのか。

 あの羽虫が言うように、確かに、怖れているのか……。

 怒りが湧くのは、奴らがこの命に届き得る脅威と判じたため。

 

 認めよう。

 認めようではないか。

 今なお攻撃の手を緩めぬ、この好敵手を認めようではないか。

 

「――認めよう」

「――⁉」

「確かに、我は貴様らが怖ろしい――故に」


 ――故に、是が非でも貴様らを滅ぼそう。


 ☆


 百メートルは確実に有する巨体。

 対するは一メートルと数十センチ。

 あまりに絶望的な戦力の差。

 それでもなお――その戦いは拮抗していた。


 速度を上げて連星の如く、乱舞するステラ。

 近づけば切り裂き、離れれば雷を避ける。

 その様はまるで嵐の中で蝶が羽搏いているようだった。


 その戦いがすでに十分――。


「くそ……」


 レインは口惜しさに呻いた。

 何をしているのだ自分は。

 たかが足を失ったくらいで、隻腕隻足がなんだ。

 立ち上がれ!

 あれほど待ち望んだ敵がそこに居るのだぞ⁉


 【災害級】が何を仕出かしたいま一度思い出せ!

 忘れたのか! 故郷を焼かれたことを!

 忘れたか、空を奪われた屈辱を!

 忘れたか、英雄を奪われた怒りを!


「くそおおおおおおおおおおおおお‼」


 左手だけで、照準を定める。

 文字通り左手だけだ。

 身体は最早、動かない。

 固定したくとも力が入らない。

 ――だから何だ!


 気合で定めろ!

 穿て! 活路を!

 彼女を勝利に導け!


「ああああああああああああああああああああああああ‼」


 必死の咆哮を放とうと、銃口は震える。

 其の震える銃身を、一人の男が手に取った。


「君は――!」

「俺が支える!」


 その男は、漆黒の髪を血で濡らし、紅い瞳をさらに赤く充血させていた。

 男は――怪物と戦う一人の妖精を見た。

 麗しく、怪しく、優美に舞うその妖精を。


「ステラ!」

「――――」


 少女ステラは――当然リーベスに気が付いた。

 唇だけを動かして彼に伝える。

 

 ――『勝とう』


 ただの一言。

 其れだけで、総身に活力が、心に勇気が満たされる。


「閣下! 合図を待ってくれ!」

「――!」

「必要な時が必ず来る! 俺が支えてお前が撃て!」


 レインは困惑した表情を見せた。


「待ってくれ! 見ての通りはもう動けない! だから君が撃ってほしい!」


 彼は血まみれの下半身を見せた。

 左大腿から先を失っていた。

 背中からの出血も激しい。


「悪い閣下。俺ももう限界なんだ。正直立ってる事さえ儘為らない。此処にこれたのも奇跡だ」


 先刻の戦闘で、ミーチェの力を最大限に稼働させたがために、ミーチェの補正の一部が著しく減退している。

 左半身の感覚がほとんどなかった。


「だから俺が支えて、お前が撃つんだ」

「――!」


 嗚呼――神様。

 一瞬レインの瞳に涙が浮かぶ。

 しかしすぐにそれを拭い去った。

 彼は力強く、応えを返す。


「勝つぜ!」

「勝つとも!」


 ☆


「――勝つ!」


 喉を震わせて自身を鼓舞する。

 大好きな人が見てる。

 大好きな人のために戦っている。

 大好きな人を護りたいと思えている。


「もう――最高だ!」


 滲みだすように、笑みがこぼれた。

 苦しいコト、悲しいコト。

 失った命の数々。

 その総てが、彼女のイマを祝福している。


「何を笑っている!」

「ヒトはね、幸せだなぁって思ったら笑うんだよ!」


 いいながら彼女は雷を斬り裂いた。


「君が知らないこの想いが! 人の力だ!」

「そんな曖昧なモノに縋るな!」

「曖昧じゃない! 確かに在る心だ! 心の強さだ!」


 時には濁り、その形を変えてしまうこともある。

 時にはその重さに、耐えきれなくなるともある。


「――それでも私たちは! 何年も何年も! 何時までも何時までも、この想いを抱えていく!」

「――――!」

「たったそれだけが、人を人にする条件!」


 兵器だと言われた。

 何よりも、優秀な兵器だと生み出された。

 だからステラ自身も、そう在れと務めてきた。

 自分の想いを隠して……。


 でも違った!

 もっと簡単なコトだった!

 言語も、羽も、牙も、尻尾も関係ない!

 誰かを想うだけで、ヒトは何よりも優しく為れるのだから!

 それが人なのだから!


「ダイスキって、言葉にするだけで、こんなにも幸せなの!」

「意味の解らぬことを!」


 最早、傾ける耳はい。

 全身全霊で、この羽虫――。


「いや――ステラだったな」

「うん」

「貴様を殺す、我の蒙を開いたことだけは褒めて遣わす」

「……」


 傲然と言い放つ。

 そして、総身を魔力炉心となした。

 高温、高熱を纏い、ステラを近付かせない。


「この一撃ですべては終わる。貴様も、貴様が護りたいと思う総ても」

「……」

 

 魔力が【変色の獣】の口に向かい……収斂されていく。

 大きく口を開けた。

 そして乱回転する魔力の塊を放とうとした瞬間――。


「今だ!」

「……!」


 嗚呼――神様。

 はじめまして。

 あなたにはじめて祈ります。

 如何か……どうか、この一弾を……!


着弾ヒット


 レインが放った鉛の塊は、狙いを過つことなく――【変色の獣】の口内に侵入し、魔力の塊を炸裂させた。

 魔力が逆流し、身体の半ばで弾け飛ぶ。

 胸部から上のみを残して【変色の獣】は宙に取り残された。


「終わりだ!」

「……」


 妖精が舞い落ちるのを見た。

 その美しき終わりを確かに見た。


「我はお前たちになりたかったのか?」

「……少なくとも、そんなに大きかったら色んな事を見逃しちゃう。だから――」


 ――次が有るなら、少しは心を寄せて欲しい。


 ステラ渾身の一撃が、【変色の獣】を両断する。

 光の欠片が舞う。

 あまりにあっけなく、【変色の獣】は散っていく。

 

 誰かを想うなぞ、なかったな。

 一人が至上と思っていたのだ、当然だ。

 それが間違っているとも思わない。

 だが、そうだな――。


「――お前たちは美しい」


 認めてやろう。


 ☆


 【変色の獣】が散るのを見届けて、ステラは呼気を吐き出した。


「……ぁ」


 同時に魔力が抜けていく。

 流石に限界だ。

 疵も深いし、流石にもう休んでいいだろう。

 彼女の羽が背に収まっていく。


 そして、不自由の権化に囚われて落下していく――。


 その姿を捉えていたリーベスは這いずりながら、ステラの落下点に向かった。

 幸いにも離れちゃない。

 間に合う。


 大して離れていないのに、もう何年もあっていないようだ。

 どうしてこんなに彼女に逢いたいのだろう。

 如何しこんなにも愛おしいのだろう。

 分からない。


「ステラ……!」


 わかるのは、この名がとても心地いいというコトだけだ。

 それだけで十分だった。


 ふわりとステラが落ちてくる。

 リーベスは右半身を駆使して仰向けになり、彼女を受け止める。

 相変わらず、枕のように柔くて軽い。


「――お帰り」

「……それ私が言いたかったのに」


 ふくれっ面をする。

 そんな彼女に苦笑した。


「ただいま」

「うん――おかえり」


 どうにも機嫌が悪いようなので、先手を打ってみた。

 彼女は嬉しそうにお帰りといった。


「終わったな」

「そうだね」


 余りに犠牲が多い戦いだった。

 失った命の数を想えば、無暗に喜ぶ事も出来ない。


「って! 通信機器どうなったの⁉」

「大丈夫、フランが一つ持ってたよ、中央部に連絡してくれた。半日もあれば救援を寄こしてくれるそうだ」

「ちょ、ちょっと待って! フランさん⁉ どういうこと⁉」

「後で話す」


 そう言って力無い息を吐き出した。

 彼も重症なのだ。

 

 ――業‼


「なに⁉」

「……!」


 鳴動が轟き渡る。

 其の鳴動と共に淡く、緑の森が消えて行く。


「【変色の獣】が死んだことで、元の形に戻って行ってるのか」

「全くとんでもないね」


 背後にいるレインを見た。

 遅れてやってきたリーベスト動向を共にしていた兵士たちが彼を治療している。

 

 彼らの救助によってリーベスは一命をとりとめたのだ。

 無論絶対安静だったのだが……、無理をおして彼は来た。

 恐らくこの後彼らにどやされるコトだろう。


「――!」

「森が消えた」


 緑の残滓さえ見せず、幻だったかのようにあの緑の樹海は消え失せた。

 そのことが終わりを告げている。


「はあ」

「ふう」


 がっくり。

 脱力する。

 もう無理だと身体が喚いている。

 家に帰って紅茶を飲みたい。


 そう思った瞬間――。

 無数の足跡を鳴らして、〈モンスター〉の大群が押し寄せた。


「くそ⁉ なんでこのタイミングで!」

「【変色の獣】だ! あの〈モンスター〉たち、【変色の獣】を畏れて隠れてたんだ!」


 【変色の獣】の威光を畏れ屯していた〈モンスター〉の軍勢。

 それはもはや『怪獣協奏曲』の域にあった。


 この場に居る全員が絶望に染まった。

 ステラが立ち上がろうとするが、其れさえかなわず、リーベスの上に倒れ込んだ。

 ぐえ。と呻いた。


「どうしよ! このままじゃ!」


 あせり、惑うステラの耳には届かなかった。

 だが確かに、リーベスの耳には聞こえた。

 その声を、確かにリーベスは覚えていた。


 ――――ッッ‼


「……⁉」


 砂を上げて、無数の砂鯨が現れた。

 ステラの顔が驚愕に染まった。

 砂鯨が〈モンスター〉の軍勢を蹴散らし始めたからだ。

 正しく鯨飲。

 横並びとなった砂鯨の群れは、いとも容易く〈モンスター〉の軍勢を下した。


「……!」


 〈モンスター〉の軍勢を掃討したのち、一頭の傷だらけの砂鯨がリーベスの前におとずれた。

 警戒するステラを宥める。

 彼からは敵意を感じない。


 ――――ッッ。


 砂鯨は低く唸った。

 憶えているか? そう問うているようだった。


「憶えているよ」

「知ってるの⁉」


 驚愕するステラを他所に、砂鯨を撫でる。


 その砂鯨は、かつて、リーベスとフレデリカが遭遇した砂嵐を起こす〈モンスター〉との死闘の際に現れた。

 恐らくはなわばりを荒らされたことが気に食わなかったのだろう。

 リーベスとフレデリカがあわや命の危機という所で、純種の〈モンスター〉を討ち破った。


 その後颯爽と砂の中に帰っていた。

 彼が居なければ、今リーベスはここにいない。


「ありがとう。また助けられた」

「また⁉ どういうこと⁉」


 砂鯨は深く唸った。

 大して気にした様子もなかった。

 リーベスに撫でられるのが気持ち良かったのか、目を眇めた。

 

 ――――ッッ。


 一通り撫でを堪能したらその砂鯨は咆哮を上げて砂の中に帰っていく。

 なんとイケメン鯨だろう。


 ――こうして、後に『叛意樹海の戦い』と呼ばれる物語は幕を閉じた。



 ☆


 戦いが終わって、沢山の後処理が行われた。

 死傷者の確認。遺族への補償。基地の増設。

 本当に様々なコトが行われた。

 レインは「下半身が動かない私を酷使するとは、この国の未来は暗いね」と笑った。


 【災害級】の〈モンスター〉。

 その脅威が南部に訪れたことは、国民に流布された。

 そして犠牲を払い討伐したことも。

 暫くフェスト軍国は熱狂の中に在った。


 ――其れでもその内冷めて、またいつもの日常に帰っていくだろう。


 ともあれ、総ての雑事をレインに押し付けて、帰投したリーベスとステラはイマ、武器庫の扉の前に居た。


「なんか、改まると緊張するね」


 ステラがもじもじとしている。


「そうだな、当たり前に帰るだけなんだが……」


 自身も緊張しているのが分かる。

 ネネのコトやクーフェのコトを語らなければ為らないのだが、どうにも……。


 たくさん謝らなければならない。

 たくさん𠮟られなければいけない。

 たくさん後悔しないといけないし。

 たくさん悲しんで、沢山涙しないといけない。

 

 ――それは生きているからだ。

 生きているからこそ、悲しめるし苦しめる。

 辛い事も悲しい事も沢山ある。


 でもそれは是からのことなのだ。


「……!」


 リーベスが意を決して扉を開けた。


「「ただいま!」」


 妖精と剣のようだった男が、大きな声で帰還を家族に伝えた。

 そして……。

 その声を聴いた家族たちの足音がバタバタきこえてくる――。


 是からも辛い事や、悲しいコトはきっと起こる。

 けど――それが終わればまた日常が始まる。

 いつもの、或いは新たな日常が――馬鹿らしいほど続いてく――。




 


 



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