掌編「前例屋」


「私は『前例屋』です。

 前代未聞をひとつずつ潰していくことで生計を立てている者……。あなたが欲しい前例があれば遠慮なく仰ってください。わたくし、前例屋が、前例を作って差し上げましょう」


 人は、前例がないことに怯えやすい。

 過去になかったことには手を出しにくい。


 今では一般的となったクラウドファンディングが、かつては詐欺だなんだと言われていたのが懐かしい。成功という前例があったからこそ、今では誰もが手を出せる手段となっている。


 誰かが既にやっている、というのは、遡り過ぎると意味がないが、直近でおこなってしまえば前代未聞をマイルドにしてくれる。手を出しにくいという障害を取り払ってくれるのだ。


 誰もしなかったことにはまだ見ぬ価値がある。


 しかし、しなかったことには「しなかった理由」があるのだが……。



「たとえ理由があろうとも、前例屋は全ての前代未聞を受付けます。あなたが欲しい前例はなんですか? 遠慮なく仰ってください。起きた事故は全て私が責任を持ちましょう――起きた全てを含めて、前例に含まれます。これが、前例屋――ですからね」

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前例屋 渡貫とゐち @josho

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