エピローグ:園田「春の色」
☆☆☆
目的地に到着したバスのドアが開く。ほのかに桜の香りが漂っているのを感じた。
三月の終わり。私は香くんと二人で病気になる前に一度登ったことのある山に登ることになった。これは私から提案したこと。リハビリをちゃんとするようになって密かに決めた自分の目標だったから。
「足下気をつけてね」
先にバスから降りた香くんが振り返りながら手を差し出して心配そうに私を見つめる。
「うん。ありがとう」
私は差し出された手を掴んでゆっくりとバスの昇降台を降りた。
降りてすぐに登り口がある。そこには神社があって、満開の桜の木が春を彩っている。
辺りを見回すと小さな提灯がいくつもロープに吊られていて、桜の木の下ではたくさんのグループがシートを敷いてお花見を楽しんでいた。
私たちはそこに建つ神社でお参りをしてから、山の頂上を目指してゆっくりと歩き出した。
数ヶ月前の冬に、香くんは退院をした。
退院した日に莉歩も誘って三人で香くんの退院祝いをした。
莉歩は「いや二人でやりなよ」と遠慮したけど、私がワガママを通して三人で退院祝いを行った。
ずっと仲良くなさそうだった香くんと莉歩だったけど、ずっと軽口をたたき合っていた。いつの間にか友達になってるみたいで、胸のあたりが暖かくなって嬉しくなった。
初詣には香くんと二人で行って、初めて手を繋いで歩いた。香くんは寒くて顔が赤くなったなんて言ってたけど、たぶんそれは嘘。だって私も恥ずかしくて顔が赤くなってたから。一緒なんだなあって思って、それが嬉しくて笑った。
それからも何度も一緒に出掛けた。買い物にも行った。水族館にも行った。まだ行ってないけど近いうちに遊園地とか動物園にも行こうって約束してる。
どれも凄く楽しみ。だけど、私が一番楽しみにしていたのは実は今日のこの山登りだった。香くんの見てるきらびやかな春の季節が、私にも見れる気がしてるから、心は何日も前からずっと弾んでいる。
私の左の手足には少しだけ麻痺が残った。手の感覚は鈍いし前みたいに思いっきり走ることはできなくなった。
「疲れたら言ってね。その度にちゃんと休憩しよう」
その麻痺が残った左の手を握って歩く香くんが、優しい笑みを浮かべた。感覚が鈍くなった左手でも香くんの手の温もりは感じ取れて、体中が暖かくなる。
「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。ゆっくり歩けば良いんだから」
そう言うと、香くんは「そうだね」と言って前を向いた。本当にゆっくりと歩きながら私たちは目に入る景色のことを話しながら歩いた。
途中、老夫婦に追い抜かれていった。その後ろ姿を見て二人で「こっちの方がおじいちゃんおばあちゃんみたいだね」って笑い合った。
だけどそれで良い。私が病気になる前に登った時は、私の方が歩くのが速くて隣り合って歩けなかった。でも、今はこうやって歩けてる。
それはどっちかが無理をして合わせてるってわけじゃない。元々歩くのが遅かった香くんと少し足にも麻痺が残って、前よりも歩くのが遅くなった私。
私たちの歩く速度は無理をしなくても合わせて歩けるようになった。みんなは少し麻痺が残ったことを残念がっていたけど、私はこうやって歩けることが嬉しい。
「ふふっ」
同じ速度で歩けることが嬉しくて、笑みが零れた。それが不思議だったのか香くんが首をかしげてこっちを向いた。
目と目が合う。宝石みたいな瞳に見つめられて私は胸をときめかせる。
私たちの間を桜の匂いを乗せた風が優しく吹き抜けていった。わたしの伸びてきた髪がなびく。遅れて香くんの匂いがした。その香りに、私は心から思ったことを香くんに向けていった。
「生きてて良かった」
香くんは「うん」と言って笑った。その言葉を合図に、私たちはまた前を向いて歩き出す。 ずっと先に、私たちを追い抜いていった老夫婦の後ろ姿が見えた。
なんとなく、あの老夫婦におじいちゃんおばあちゃんになった私たちを重ねてみた。
「ねっ、ずっとこうやって歩こうね」
「もちろん。ずっと隣にいる」
思わず口をついて出た言葉。
香くんの横顔に見る。同じように老夫婦を見ていた。それだけで私と同じことを考えてくれてるんだってわかった。
それが嬉しくて胸がときめいて、体の奥が優しく暖かくなるのを感じる。
私はいま、とても幸せなんだ。
周りの景色が今まで見てきた世界のなによりも、煌びやかな春の色に彩られて見えた。
とても綺麗な君を好きになったクズな僕と、煌びやかな世界に生きてるあなたに恋した壊れた私。 九津十八@ここのつとおよう @coconotsu18
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