42話:若月「園田さんが言った。『好きになって、○○○○○』」

 ◆◆◆


 ウィッグをつけてない、女の子にしてはとても短い栗色の髪。

 手術をした痕も、伸びた髪によってほとんど見えなくなっていた。

 体を震わせながら、僕の手を握る園田さんの体温は冷たい。ここまで千堂さんのバイクに乗ってきたんだろうから、冬に近づいてきた秋の空気で冷やされたんだろう。

 だけど、どんなに冷たくても柔らかい感触がある。夏には骨ばった手だったのに、幾分か女の子らしい手になってきている。少しずつ回復してきてるんだなって感じた。

 園田さんは僕の手を握って、生きていてくれてよかったと言ってくれた。

 その姿を見て、僕は園田さんが手術したすぐ後のことを思い出した。

 生と死が混ざり込んだような空気のHCUで、いくつも体から管がつけられた園田さんの手を握り、僕も同じように力が抜けて膝をついて泣いたっけ。

 千堂さんが帰ってからも、ずっと手を握っていてくれている園田さんに僕は、あの時の言葉をもう一度口にした。


「園田さん。生きていてくれて、ありがとう」


 園田さんが驚いたように目を丸くさせた。その大きな目から、止まりかけていた涙がまた溢れて零れたのが見えた。


「わたし生きてて、わか月くん、うれしい?」


 不安そうに尋ねてくる。


「もちろん、園田さんが生きていてくれて良かったよ。本当に良かった。あの時、あのままもしものことがあったら、僕はきっと寂しさと悲しさに耐えられなかった。だから生きていてくれてありがとう」

「わたしも、わか月くんが生きててくれて、良かったよ。わたしだって、わか月くんにもしものことがあったら……ごめんなさい。考えるだけで涙が」


 園田さんの透明な涙が頬を伝い、顎の先から落ちた。


「大丈夫。僕は生きてる。園田さんだって生きてる」

「うん」


 頬に涙の通り道を作りながら、園田さんが笑った。その笑顔がとても愛しく感じる。

 僕は「もういいよな」と思う。

 一応これでも、身を挺して園田さんを守れたんだから言っても良いよな、と確認するように心の中で呟いた。

 胸が張り裂けそうなくらい強く鼓動する。緊張で口の中が急に乾いたような気がした。一度、二度と深呼吸をすると、薬の匂いが混じった空気が肺に入ってきた。

 真っ直ぐ園田さんの顔を見て僕は、はっきりとした口調で名前を呼んだ。


「ん?」


 園田さんが、首を傾げた。


「大切な話があるんだ。ちゃんと聞いて欲しい」


 真剣さが伝わったのか、園田さんは「うん」と一度、はっきりと頷いた。それを見てから、一呼吸置いて、口を開いた。


「千堂さんから聞いたよ。リハビリ頑張ってるんだってね」

「これ以上、みんなに迷わくをかけたくないから」

「そっか。応援してる」


 園田さんは「ありがと」と笑った。

 僕も微笑んだ後、「ここから、少し長くなるけど」と前置きを置いた。園田さんは静かに僕の目を見つめてくる。


「園田さんのリハビリは本当に心から応援してる。それで園田さんの後遺症が無くなるならそれが一番だ。でも厳しいかもしれないけど、どんなに頑張っても後遺症は残ってしまうかもしれない」


 園田さんは静かに小さく頷いた。


「手が満足に動かせないままかもしれない。言葉もゆっくりでしか話せないままかもしれない。ゆっくりでしか歩けないままかもしれない。だけど、そのときは僕を頼って欲しいんだ」


 園田さんが何かを言おうとしたのがわかった。だけど、今だけは話を聞いて欲しくて、僕は言葉を被せるように少し大きな声で次の言葉を口にした。


「僕が園田さんの手になる」


 園田さんの口が止まる。それを見てトーンを戻して話を続ける。


「ゆっくりでしか話せないならちゃんと最後まで聞いて満足するまで話し合う。ゆっくりでしか歩けないのなら、隣をずっと歩く。だから頑張って努力して、それでも後遺症が残ったとしても落ち込まないで欲しい。園田さんが頑張ってきたことはずっと隣で僕が覚えてるし、知ってるから」


 ずっと覚えていようって決めた。何があっても支えようって決めた。


「園田さんの隣に僕はいる。園田さんが困っていることがあれば僕が手伝う。そんな僕達の関係を申し訳なく思わないでほしい。それを僕と園田さんにとって当たり前の日常にしよう。ごめんなさいもありがとうもない、いつもの日常にさせて欲しい。その為に、僕を園田さんの隣にずっといさせて欲しい」


 ベッドのシーツを強く握って、皺になる。

 最高潮の緊張が僕を包む。声が震えたらかっこ悪い。だから、もう少しだけ体が震えるのは我慢しろ。一度言ったこともある言葉だけど、もう一度、前に言ったときよりも、もっと強い想いを込めて。


「日菜子……さんのことが、好きです」


 かっこ悪い言い方になった。

 我慢しろって思ったのに、大切な最後の四文字を言うときの声が震えて上擦った。

 園田さんの手紙で名字じゃなくて名前を呼んで欲しいって書いてあったのをふいに思い出して名前を呼んでみた。だけど、呼び捨ては慣れなくて、結局、名前の後に「さん」をつけてしまった。

 本当に締まらない告白になってしまった。だけど、それでもちゃんと気持ちは言えた。


「わたしも、わか月くん。ううん、香くんのことが好きだよ」


 そのおかげで、初めて僕達は『好き』って言い合うことができた。名前を呼び合えた。

 手を強く握られて握り返す。園田さんがはっきりとした口調でこう言った。


「好きになって、良かったよ」


 ふわりと優しい風が吹いた。白いカーテンがはためいて、陽射しが直接園田さんを照らす。左の口角も十分に持ち上がっている。光を反射するような白い肌のおかげもあってか、その笑顔は文字通り、輝いて見えた。

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