3 キーホルダーと帰宅

「待つのだワン!」


 歩き出した私を、テッドが呼び止めた。


「どうしたの?」

「これを見るのだワン」


 テッドは口にハンカチをくわえていた。

 紺色のベースに赤と緑のチェックが入っているだけという、どう見ても成人男性向けのデザインである――こんなの、絶対私じゃない。


「何、そのハンカチ……」

「さっきの魔物が落としていったやつワン!」


 確かに――さっき私の口を塞いでいたのは、このハンカチだった気がする。

 ていうか――


「――あの二人、魔物だったの?」

「そうだワン! ――波長がそうだったワン」

 

 どういうことかわからないが――そこらへんはテッドのほうが詳しいだろう。


「――で、このハンカチを――」

「持っていくのだワン!」

「え? なんか、呪いとかは――」

「ないんだワン! ――ぼくが確かめたから確実だワン!」


 あまり信用できないけど――どう考えてもテッドの方が詳しいはず。ここはテッドを信用しよう。


「わかった……」


 よだれのついたハンカチはちょっと気持ち悪いけど……仕方ないか。後で洗濯しよ。

 私はテッドからハンカチをもらうとポケットに入れ、今度こそ家に帰ることにした。

 

  ▽ ▽ ▽


 3分程歩いたところで、家についた。

 私の家は、一昔前なら「夢のマイホーム」とよばれたであろう一戸建てである。

 黒と白のおしゃれなデザインで、なんとも高級そうな見た目だが、正直言って真実は知らない。

 というのもこの家を買った理由が、「私を授かったから」というものだからだ。


「あ……」


 テッドの方を向いて、私は気がついた。

 ――うち、ペットいなかったわ。


「テッド、どうするの? うちペットいないよ……」

「大丈夫だワン!」


 するとテッドの体が光りだし、みるみるうちにあのキーホルダーに戻っていった。


「――これならペットにはならないだワン!」


 ――あ、キーホルダーの姿でも喋れるんだ。

 そんなことに感心していると、テッドは私のリュックの外ポケットに潜り込んだ。


「じゃあ、これで帰ろうだワン? 早く部屋に入るんだワン!」

 

 ――使い魔ってこんな話し方する? めちゃくちゃ上から目線なんだけど。

 まあいいや、オズの国についても聞きたいし。入ろ……


  ▽ ▽ ▽


「ただいま~」

「おかえり、リツ!」


 私が家に入ると、ママの温かい声が私を迎えた。

 まっすぐ行ったリビングのテーブルには、すでに盛りつけられた料理がある。

 どうやらかなり遅かったようだ――あんなことあったから当然かもしれないが。


「おそかったわね――なんかあったの?」

「えーっとね……電車が遅れてたの」


 正直に「怪しい人に襲われたけど、犬のキーホルダーが巨大化して助かった」と言って信じる人なんていない。

 それに警察に連絡されたらもっと困るし……嘘も時には必要だ。


「あら、大変だったね……とりあえず、ご飯食べなさい」

「うん……」

「あら、元気ないわね。どうかしたの? 熱はない?」

「大丈夫……疲れてるだけ」

「わかった――調子悪いときは正直にいいなさいね」

「うん……」

「あ、手洗いはちゃんとしなさいね」

「はい……」


 私は手洗いを済ませると、食卓についた。


  ▽ ▽ ▽


 少しぐらい疲れはとれたが、それでも大部分は残っていた。

 こうなったら、早くねよう。うん、それがいい。


「ごちそうさま――私、もう寝る」私は椅子から立ち上がった。

「大丈夫? 本当に、熱とか――」


 私はママの心配を無視して、部屋に向かって歩き出した。


  ▽ ▽ ▽


 私は二階の自室に入ると、ドアを叩きつけるように閉めた。


「――よかったワン」


 ポケットから声がしたと思ったら、ポケットからテッドが飛び出てきた。

 そして空中にいる間に体が光りだし――着地するときには例のもふもふな犬に戻っていた。


「――これで第一関門突破だワン!」

「でも……これでよかったの? いつか話さないと――」

「――たしかに、僕もそう思うんだワン……でも今話したとして、うのみにしてくれると思うワン?」


 確かに。

 うちのママは現実主義者だし、おばあちゃんの血族でもない。オズの国についても、ただのフィクションとでしか思ってないだろう。

 パパはオズの国についてなんか知っているかもしれないが、今は単身赴任で名古屋。来週まで帰ってこないだろう。


「――今話すより、「隠しようがないこと」が起きてから話したほうがいいと思うワン」


 隠しようがないこと、か。

 願わくばそんなことは起きてほしくないが――まあ仕方がないだろう。


「じゃあ、話すんだワン――オズの国について」

「――ちょっと寝てたい……」

「わかっただワン――あ、そうだ」

「何?」

「あのハンカチを出すのだワン」

「なんで?」

「調べるためなのだワン」

「調べるって、何を?」

「あのハンカチから負の魔力を感じるんだワン! 詳しく調べるためにも、ほしいのだワン!」

「うん、わかった……」


 犬にそんな事ができるかわからないが、渡さない価値はないだろう。

 私はポケットから例のハンカチを取り出し、テッドに渡した。


「じゃあ、調べとくワン!」

「……どれくらいかかる?」

「30分ぐらいだワン」

「……わかった……じゃあ、おやすみ」


 私は着替えもせずにベッドに潜ると、すぐに眠ってしまった。

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魔法使いの末裔~私のおばあちゃんはオズの国を旅したらしい~ あじゃぴー @seijo-ami

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