2 帰り道の異変

 私の家は千葉県にある。

 千葉県って言っても、東京に近いからかなり都会だ。

 おばあちゃん家は茨城の北のほう。つまり、めちゃくちゃ遠いのである。


(はあ、なんでこんなに遠いのかしら……)


 駅を出ると、まだ肌寒い三月の風が頬をなでた。

 おばあちゃん家は晴れだったが、ここは曇りである。正直、寒い。

 電車だからほぼ座るだけでいいのだが、やはりそれだけでも疲れてしまう。

 それに――帰り際にあんなことがあったのだ、疲れて当然だろう。


(……早く帰って、コーンスープでも飲もう)


 そうと決まれば早く帰ろう。

 私は駅前の広場を出発した。


  ▽ ▽ ▽


 私の家は、郊外の閑静な住宅街にある。

 人通りが少ないうえ夜は明かりもほとんどないという、防犯的に見れはお世辞にもよくない立地だ。

 とはいえ車で迎えに来てもらう距離ではないので、今こうして向かっているのだ。


「……休憩しよ」


 住宅街に入ったあたりで、ここで足が限界を迎えた。

 交差点の角でリュックを下ろし、水筒を取り出す。

 水筒のふたを開け、温かい緑茶の味を楽しんだ――その時、突然後ろから肩をつかまれた。


「――何!?」


 肩を引っ張られ、強制的に後ろを向かされる。

 そこにはつばの大きな帽子を深くかぶり、茶色いスーツを着た男がいた。

 帽子のせいで顔はよく見えないが――こんなの、私でもわかる。

 

 ――これ、やばいやつだ。


 多分これ、誘拐とかそういうやつだ。

 これまで犯罪とは無縁だった私でも、なんとなくわかってしまう。

 たぶん大声で叫べばいいのだろうが――巨大なハンカチで口がふさがれかないそうにない。


「……た、助けて……」

「ふ、当代はこの小娘か……「この血統」も落ちぶれたな」


 ――私はもう男を直視できなくなっていた。

 右のほうに目をそらしていると、後ろからコートにマフラーを着た男がやってきた。こっちは背が高く、ぜえぜえと息を切らしている。


「兄ちゃん……少しは待ってよ……」意外にも声は高かった。

「そんなことやってられるか? ――叱られるのは俺らなんだぞ」

「じゃ、じゃあ……捕まえたの?」

「ああ――こいつが当代だ」


 兄は私の両肩をつかみ、弟のほうに向ける。


「そう……よかった……」

「あとは靴を回収して、「口封じ」をすれば終わりだ」


 ――あ、これ殺される奴だ。


「や、やめて……」


 そう言ったつもりなのに、ハンカチのせいでうまく声が出ない。

 どうしよう、どうしよう――


「じゃあ、回収と行こうか――おい小娘、靴はどこだ?」


 靴といわれれば、心当たりは一つしかない。

 朝おばあちゃんに渡された、あのハイヒール。

 今履いてるのはスニーカーだし――この二人はなんとなくそんな雰囲気がするから。

 じゃあこの二人はおばあちゃんの言ってた――「悪い魔女」の手下?


 閑話休題。

 私は「やめて!」と叫ぼうとするが、ハンカチのせいで声にならなかった。


「ああ、今しゃべれないんだったな……指さしで教えろ」


 私はあの靴が入ったリュックを指さす。もう何も考えられなかった。


「ありがとさん――俺はこいつをだまらせとくから、お前は靴を探せ」


 するとジャンと呼ばれた背の高い男がリュックの方に近寄り、中をあさり始めた。


「や、やめ――」


 私が声なき声を上げた、その時。

 リュックの中から、光るなにかが飛び出してきた。


  ▽ ▽ ▽


「――うわぁ!?」


 突然の出来事に、弟は思いっきりしりもちをついた。

 リュックから飛び出したのは、薄黄色に光る板――いや、多分あれ犬のキーホルダーだ。朝おばあちゃんにもらったやつ。

 キーホルダーはみるみるうちに大きく立体的になり、あっというまにもふもふな犬の形になった。


「兄ちゃん、なにこれ!?」

「これは……逃げろ、そんな暇ない!」


 兄は弟の手を掴み、少し引きずるように連れて逃げていく。

 すると安堵した私に疲れが押し寄せて、私は膝から崩れ落ちた。


「……助かった……」

「――大丈夫だったワン?」

 

 声のした方に顔を向けると、そこには真っ白な犬がいた。

 首がなくなるまで顔をうずめられそうなほど、もふもふ団子な犬である。

 ビーズ玉のような黒い瞳を下に向け、心配そうな顔でこちらを見ていた。


「うん……あなたは?」

「ぼくはテッド、一ノ瀬いちのせ千鶴ちづるの使い魔だワン! ――でも今はリツ、つまりあなたの使い魔だワン!」


 一ノ瀬千鶴って、おばあちゃんの本名じゃん。

 つまり、おばあちゃんの話は本当……?


「千鶴……? それって、おばあちゃんのこと?」

「そうだワン!」

「――じゃああなた、「オズの国」から来たの?」

「そうだワン!」


 私は悟った。

「オズの国」は実在しており、この犬はその使いであると。


「――じゃあ、この靴は本当に……」

「もちろだワン! ――この靴は魔法の力を持っているんだワン!」

「――でも、どうやって使うの?」

「今すぐ使えるだワン! ――でも、ここで使ったら目立ちすぎるワン……ぼくとしては、帰ってからやってほしいのだワン」

「そ、そう……」

「――それに、風邪引いたら大変だワン……ぼくは大丈夫だけど……」


 確かにあのもふもふ毛皮では、風邪なんてめったにひかなそうだ。

 うちもコーンスープが飲みたいし、帰ったほうがいいだろう。


「うん、わかった。風邪引いたら大変だしね」


 私は立ち上がり、さっそく家へと向かっていった。

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