魔法使いの末裔~私のおばあちゃんはオズの国を旅したらしい~

あじゃぴー

魔法少女誕生編

1 おばあちゃんの入学祝

 お泊りからの帰り際、私は家主である祖母に呼び止められた。

 

「リツ! 帰る前に、入学祝いをあげるわ」


 アンティークな家具で揃えられた、2人だけのダイニングキッチン。

 朝の木漏れ日が窓から入る中、真っ白な髪を縮れさせたおばあちゃんは、ほこりがかった白い箱を持ってきた。

 光沢はあるが飾りっ気はない紙に、十字に交差した赤いリボンが巻かれているだけという、あまりにも単純すぎるラッピング。

 これ、ちゃんとした店で買ったものじゃないわ。


「とりあえず、開けてみなさい」


 おばあちゃんはそう言って、ハサミでリボンを切る。

 恐る恐る開けてみると、中には紫の緩衝材に包まれた靴が入っていた。


(――ハイヒール?)


 まだ中学生(4月からは高校生だけど)な私には似つかない、かかとの高いハイヒール。

 こんなの履いたら絶対靴擦れするし、そもそもサイズが合うかどうかすらわからない。

 触れた感触は氷のように冷たく、持ち上げてみるとずっしりと手にのしかかる――金属でできているわ、これ。


「……なに、これ?」喜びや怒りの前に、まず唖然の声が出てきた。

「おばあちゃん、靴買うならちゃんと相談してよ――」

「大丈夫よ、リツ――だってこれは「魔法の靴」だもの」

「魔法の靴?」


 私は唖然としながら、この「魔法の靴」について考えた。

 知っている限りだと、「魔法の靴」が出てくる作品は1つだけ――「オズの魔法使い」。

 映画が封切られてから80年、小説に至っては発売されてから120年を超えるような古典だが、1回見て1回読んだことがある。

 

 1回目は小1の時、児童館でのクリスマス会。

 2時間ほど映画を見せられたが、ほとんど覚えていない。


 2回目は中1の時のこと、学校図書館で小説を借りた。

 読書月間なのだから一冊ぐらい読もうと、たまたま見つけた「オズの魔法使い」を借りたのだ。

 今は感想などどうでもいいが――かなり面白かった。


 うろ覚えの記憶を掘り起こす。

 確か作中では主人公が「魔法の靴」を使って家に帰ってたっけ――


「――そう、魔法の靴」


 おばあちゃんの快活な声で、私は現実に引き戻される。

 私は震え声で聞きたいことを聞いた。

 

「――魔法の靴って、「オズの魔法使い」の――」

「ええ、その靴よ」


 ますます混乱した。

 おとぎ話に出てくる魔法があったらいいのになとは考えたことはあるものの――「そんなものは存在しない」と何度説教されてきたことか。

 厨二病全開だった高学年のころならまだしも――それさえ完治した今、こんなのを見せられうのみにするわけがない。


「オズの魔法使い? おばあちゃん、それフィクションでしょ――ボケたの?」

「ボケてないわよ」おばあちゃんははっきりと言い返すが、顔は笑顔だ――冗談だと思っているのね、たぶん。

「実はあれ、実話なの」

「――え?」


 あんなファンタジー、実話なわけない。

 確かにうちのおばあちゃんはこう――夢見がちなところがある。

 それでも今のように、おとぎ話と現実の区別がつかなくなることはなかった。


「そう。ドロシーは悪い魔女を倒してから、カンザスの家に帰ったでしょ? ――そのドロシーがオズの国での経験をもとに書いたのが、あの「オズの魔法使い」なの」

「で、でも……」


 もしそうだとしても、「オズの魔法使い」はアメリカの話だ。

 生まれも育ちもここ茨城県、太平洋戦争でさえ一家全員で生き抜いたおばあちゃんと、「オズの魔法使い」は何も関係ないはず――


「……どうしてそんなこと……知ってるの?」

「なぜって、私もオズの国に行ったことがあるのよ――10代のころにね」

「――え?」


 そういえば、おばあちゃんの少女時代なんてしらなかった。

 幼少期の戦争体験聞いたことあるものの、それから今までのことは全然知らない。

 というか、若いころのおばあちゃんなんて想像がつかない。

 ひいおばあちゃんとひいおじいちゃんは私が生まれる前に死んだし、3年前死んだおじいちゃんも無口な人だったから、おばあちゃんの過去を聞いたことすらなかった。


「あら、これまで言ってなかった? ――「悪い魔女を倒して」ってお願いされて、旅に出たの――でも、私が死にかけちゃって。でもそこに「良い魔女」がやってきて、無傷で家に帰らせてくれたわ――この靴と一緒にね」

「はぁ……」質問する気持ちにもなれなかった。

「本当は自分の子供にあげたかったんだけどね――でも、私の元にはあなたのお父さんしかやってこなかった。この靴の力は女の子しか使えない……だから墓までもってこようかとも思ってたけど、そんな時あなたが生まれたから……つまり、そういうことよ」おばあちゃんは続ける。

「中学に入るころにはあげたかったけど、あいにく腰がやられてて……」


 ああ、それは覚えてる。

 小6の時おばあちゃんの腰が壊れて(病名は忘れた)、卒業式に出られなかったことがあった。

「卒業祝いをあげたかったねえ」と言っていた記憶があるが――もしかして、これのこと?


「――あ、ちょっと話がそれすぎたわね。電車に乗りそびれたら大変だから、箱ごともって帰りなさい」


 正直「そんなものいりません」と突っぱねたいけど――ここはこらえどころよね。

 それに、魔法とかありえない――ここはもらっといて、物置の奥深くで眠らせれとけばいいや。


「う、うん……ありがとう、おばあちゃん」


 私は無理して満面の笑みを浮かべた。


  ▽ ▽ ▽


 銀の靴を箱ごとリュックに入れ(ギリギリ入った)、仏壇でお祈りも済ませ、あとはもう帰るだけとなった。

 ――しかし玄関の前で、おばあちゃんはまたもや私を呼び止めた。


「ごめん、リツ、まだ渡しそびれてたのがあって……」

「……何?」


 もう何が来ても驚かないわよと身構えながら、おばあちゃんの反応を待つ。

 おばあちゃんはズボンのポケットから、何か小さいものを取り出した。

 どうやら、ただのキーホルダーのようだ。

 さっきのハイヒールよりかは現実的なプレゼントである。


「はい、これ」


 おばあちゃんはキーホルダーが入った手を広げ、キーホルダーの全貌を見せた。

 

 ――犬だ。

 毛並みの模様すらない、真っ白な犬の絵である。

 黒い瞳とペンで書かれた輪郭以外は、すべて真っ白だ。

 こんなキャラ、見たことがない――きっと、勝手におばあちゃんが作ったのね。


「……何のキーホルダー?」

「キーホルダーじゃないわ、お守りよ。『良い魔女』からもらったの――あの靴と一緒にね」


 お守り、か。

 そんなの買って、ろくに効果を感じたことがない。


「これがなきゃ、私はとっくに死んでたと思うわ――だから、持ってきなさい」


 キーホルダーなら、置き場に困ることはないだろう。

 それにあのハイヒールが「確実に何の変哲もない」ハイヒールとは限らない。

 死んだら元も子もないし、とりあえず持っていこう(数か月後には家のどこかで眠っていそうだが)


「……わかった」

「次会うのはお盆かしら? じゃあがんばってね、リツ!」

「うん……じゃあね、おばあちゃん」


 私は祖母に別れを告げると、目の前にある最寄り駅へと向かった。

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