第3話 星空の見える場所

「どこでもっていうけどな」

 俺は俺のストレージの中をのぞき込んだ。

「今の星空が見える場所なんかこの地球上にはないだろう?」

「そうだね」

「そうだねじゃないんだよオイ」

 ナンシーは縮れ毛を後ろに流して、指先に小さな炎をともした。

「それでも見たい景色があって《ケイオス》の五二階まで行ったわけ。でもやつらは『原初』の夜空に夢中だった。アルデバランもベテルギウスもまだあるの空ばっかり見せて、それがあるべき姿だって言うんだ。何言ってんだよ、アルデバランもベテルギウスももう無いはずだろう」

 この女、やはり俺と同じだ。俺はにじんできた鼻の脂を指で拭った。

「気持ちは、分かるが……」

「分かるんなら連れてってよ。お金ならあるよ」

 ナンシーは札束をひらひらさせた。アメリカドルで結構な額だった。

「連れてってくれるんだろ?」


 俺は金に弱い。なぜなら金は何よりも強いからだ。人よりも、情よりも、時に国家よりも。


 俺はナンシーに告げた。

「正直に言おう、俺の行き先はイギリスのケンブリッジだ。やりようによっては人工天蓋そらの外に出られるかもしれない。だが、出られないかもしれない。その場合は俺と一緒にケンブリッジまで来てもらうことになる。それでいいな?」

「かまわないよ、最終的に夜空が見られるんならね」

 ナンシーは横たわったまま足を組んだ。

「あたしが見たいのはそれだけなんだ」

「なんでそんなに夜空にこだわる?」

「なんだっていいだろ」


 ぷいとそっぽを向いた少女の後ろ頭をしばし見詰めていたが、答えは得られそうになかった。俺は再びストレージを閉じて、能力者向けの検問にむけて気を引き締めた。をあらためられることもないし、音声を記録されているわけでもないが、もし何らかの不測の事態が起きて、中のナンシーの存在がバレたらことだ。


 そうでなくても、日本政府は《ケイオス》の爆弾魔を探しているんだから。

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パイロキネシス 紫陽_凛 @syw_rin

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