過去も現在も未来も(アレクセイ視点)

第33話

「はいこれ、読んでもらいたい書簡ね。読み終わったら、そっちのサイン関係よろしく。俺はこの手紙類、まとめておくから」

「……あのさ」

「何よ」

「僕、新婚なんだ」

「知ってますが? ちなみに明日から結婚のお祝いも兼ねて、お前の休暇が始まるのも知ってますが? そのために、今はお仕事こなしていただきたいんですが? ちなみに俺らも明日から休暇だし、お前がマリーちゃんに会いたいように、俺もエマちゃんに会いたいんですが?」

「……はい」


 マリーツァと一緒に帰国したのが二ヶ月前。

 迎えに行くまでの間に挙式の準備はしていたから、一ヶ月も経たないうちに式を挙げ、僕らは間違いなく夫婦となった。


と同時に今までの仕事に加え、マリーツァとエマの祖国と友好条約を結ぶためのやり取りが増えた。

 流通はどうするか。国交間の通行証はどうするか。定印式はどうするか、とか。兎にも角にも毎日がてんてこ舞い。


(もちろん、忙しいのが嫌ってわけじゃないんだ)


 全部この国にとって有益ゆうえきであり、何より大好きなマリーツァを迎えられたからこその忙しさ。

 しかも明日から国王になって初めての長期休暇に、「ようやく休んでくれる!」と騎士団員と民たちまで大喜び。団員たちも「せっかくなのですから、これを機会に団長にも休暇を!」と、協力もしてくれていた。


(アシュリーとエマも伴侶になってだいぶ経つのに、まともに長期休暇を取れないでいたもんね)


 ふたりを休ませてあげたい気持ちもあって、朝から晩まで馬車馬のごとく働くのもまったく苦じゃなかった。

 ただ、マリーツァとお茶の一杯も飲めない。就寝と起床の時間も違って、抱きしめるのもまともに出来てない日がこれだけ続くと、どうしたって身も心も欲求不満。


(体を重ねたのも、マリーツァを迎えに行った夜の一度っきりだし……)


 あちらの国でも翌日からは挨拶だなんだって、早朝から晩まで予定がいっぱい。マリーツァも一緒に参加する場面も多くて、早々に眠りにつくほかなく。国へ戻る途中の宿泊先でも同様で、帰国してからはご覧の通り。


(圧倒的にマリーツァが足りてないのが……。今日の仕事はあと少しでも、元気欲しい……)


 と、心でひとりごちかけているとドアが開かれ、現れたのは噂のふたり。


「マリ――」

「エマちゃーん……!」


 僕をたしなめていたはずのアシュリーが、ものすごい瞬発力でエマへ飛びつく――ことは叶わず。


「すみやかに定位置へお戻りください」


 寄らば切ると、エマの綺麗な中段回し蹴り。


「ぅんなこと言わず!」


 アシュリーも、ばっ! とひれ伏すみたいにしゃがんで一撃目は交わし、キスしたいと唇を尖らせ、さらなる前進を試みてはまた足技で払われていた。


「ちょっと! ちょっとでいいの! ほんと、ちょっと抱きつかせてもらってちゅーって出来れば俺、またお仕事頑張るから!」

「それだけで済むのでしょうか」

「おっぱいにも顔は埋める!」

「業務時間内に興奮される行動は、お慎みを」

「じゃあじゃあ足に――」

「許可しかねます」

「うわーん! エマちゃーん!」


 繰り広げられる、話す内容とはまったくそぐわない蹴りとガードの応酬。

 なんとか少しでも前へ進もうとするアシュリーと、それを完全に止めているエマに、マリーツァが感心しつつ笑っていた。


「アレクセイはこうはならないのね」

「真っ直ぐでいいなとは思うよ? でもさすがに、こんなふうには出来ないかなあ……」

「どこまでなら出来るのか、教えていただける?」

「……いいの?」

「どうぞ」

「じゃあ、あの……――マリーツァ、元気ちょうだいっ」


 正面から抱きつき髪へ顔を埋め、甘い香りを肺いっぱい吸い込む。


「はぁ……マリーツァは今日も全部が柔らかくて、いい匂いだね……」

「元気は出た?」

「まだ、もうちょっと」


 なんて嘘。

 ほんのちょっとだろうと、マリーツァはやっぱり僕にとって元気の源だ。匂いと柔らかさと、存在すべてが僕にとって最高の癒やし。

 こうして抱きしめているだけで、頭の疲れがすーっと消えていくのが分かる。

 

「……ねえ、どうして来てくれたの? 急用?」

「エマが、そろそろ気力が切れるはずだから顔を見せて、少しでも元気を取り戻してあげてほしいって」

「さすがエマだね。ありがとう、元気出て来たっ」


 何よりです、とエマが頷き。

 引き続き柔らかい体と香りに癒やされていると、またアシュリーが騒ぎ出した。


「なんでアレクはよくて、俺は駄目なのさ!」

「陛下には、この場での下心がないからです」

「ぅんなわけあるかー!」

「わたくしは時と場合、場所を選んでいただきたいと伝えているのですが」

「抱きついて、おっぱいに顔埋めたいだけだもん! ここで押し倒したいとは言ってな――っ!?」


 エマの足払いが綺麗に決まって、アシュリーは床へ仰向けに倒されていた。


「騎士団長として、品位に欠ける発言はお控えいただきたく」

「……はい」

「わたくしは言いました。時と場合、場所を選べと。この後も仕事に努め、明日、休みが確定したならば止めはいたしません」

「…………」

「ご不満でもございますか」

「俺も、仕事を終わらせるための元気が欲しいよぉ……」


 嘘か真か。倒れ込んだまま顔を両手で覆って、さめざめと泣き出すアシュリー。

 エマは完全無視で、「仕事がありますので」と部屋を出ていこうとする。


「エマちゃん、行っちゃやだぁ……」

「…………」

「だって好きなんだもんっ、大好きなんだもん!」

「…………」

「……俺のこと、嫌いになっちゃった?」


 悲壮感丸出しの声にエマの足が止まり、床の埃も吹き飛ぶかってぐらいの息をつき。

 早歩きでアシュリーの傍に戻ってくると、横たわる顔近くの床を、どんっ! と片足で踏みつけた。


「特別です」

「うんっ、ありがとう! エマちゃん大好き愛してる!」


 ズボン越しだろうと、がっちりしがみつけるのが嬉しくてたまらないのか。太ももに頬ずりしているアシュリーの瞳は、ハート乱舞状態。


「アシュリー、またエマに恋しちゃったね」

「私も、あなたに足払いを決められるといいのかしら」

「なんでその結論!? 僕、ああいうのに興奮する性癖ないよ!」

「エマのように、執務のお手伝いが出来ないでしょう? だからせめて、それ以外の部分で何か出来ればと思って」

「何かがそこでなくていいし、そんな心配してたの? マリーツァは、充分僕たちを手伝ってくれてるよ」

「陛下のおっしゃるとおりです。お姉様は、陛下に変わって各国への手紙や貴族への手紙を引き受けてくださっております。后の署名は国王と同等の威力を発揮しますし、その文面もさすが両親の代筆をされていただけあって、非の打ち所がないものです」

「ね? 僕、マリーツァには充分助けてもらってる。僕ね、本当に貴女を伴侶に迎えられて嬉しいんだ。一目惚れして、初恋の相手で、性格だって僕の理想そのままっていうか、たまに天然なところも可愛い――」

「褒めてくださるのは嬉しくても、そこまでにしてちょうだい。ふたりの前で聞かされるのは恥ずかしいわ」

「…………」


 無言になったのは、彼女の指が唇に添えられたせい。

 しかも体の前面にしっとりと寄り添われ、なまめかしく頬も撫でられれば、ぴしっと体が硬直してしまう。


「続きはふたりきりの時……今夜、聞かせていただける?」

「は、はいっ、もちろん、です!」

「ならバスローブ姿でお待ちしているわ」


 背伸びしたマリーツァが、ちゅっと頬にキスしてくれる。


「……私もあなたの伴侶になれて嬉しいのよ」


 反対側の頬にもキスをくれて、ふふっ、といつもの笑顔。


「アシュリー様」

「は――ッん!?」


 足にしがみついたままでいたアシュリーの胸ぐらを掴んだエマが、そのまま体を持ち上げて唇を奪う。


「続きが欲しいのであれば、引き続き仕事に努めてください」

「……はひ……頑張りまふ……」


 唇の力も抜け、まともに言葉を発せてない相手を笑うでもないエマがパッと手を離せば、アシュリーはまた床へと逆戻り。

 部屋に残った男ふたりときたら、僕は鼻の下を伸ばしっぱなし。アシュリーなんて、横たわる体をくの字にして股間を押さえ出していた。


「うぐっ……エマちゃん、好きぃ……! なんでここに来て、まだ興奮させてくれんのよ! 今夜、さんざん喘がせてもらわなきゃ!」

「僕も――……ん? 喘がせて、もらう? 喘がせる、じゃなくて?」

「最初はさ。男が甘ったるい声出すなんて、とか俺も思ったわけですよ。ぅんでも気づいたのね。俺がエマちゃんを気持ちよくしてあげたいのと同じぐらい、エマちゃんも俺を気持ちよくしたいと思ってくれてんだなーって。そこを我慢するのって、相手に悪くね?」

「あ……うん」

「あと俺が声出すと、すっごい嬉しそうに色々してくれるんだよねー。気持ちよくて伴侶も可愛くなってくれるなんて、最高です!」

「そっか……そうだよね、勉強になります」

「てことで仕事再開! とっとと終わらせて甘やかしてもらう!」

「うんっ」


 そこからは、近来まれにみる速度で書類の山をふたりで平地にし。予定よりはだいぶ早めに休暇へ突入できたと、互いに自分の伴侶の元へと駆け出していた。


「マリーツァ!」

「アレクセイ、終わったのね。お疲れ様――」

「頑張ったご褒美ちょうだい!」

「んぅっ!?」


 飛びつくみたいに抱きしめて、唇を重ねる。


「アレクセイ、待って……ッ」

「駄目、無理、やだっ」


 キスしながら器用に彼女を抱き上げ、そのままベッドへ直行。

 押し倒した体を跨いで服を脱ぎ始めると、真下にいるマリーツァは苦笑気味。


「アレクセイ、そんなに慌てなくても……。お休みはしばらくあるのでしょう?」

「あっても無理だよっ。どれだけマリーツァに触れてなかったか……!」


 そこからは、腕の中のマリーツァをこれでもかというぐらい堪能し。

 結果、ベッドの上で指一本動かせないほど、というと大げさかな。でも腰に力を入れられないと、マリーツァは立ち上がれなくなっていた。


「ほんとごめん。久しぶりで、考えなしにしちゃって……」

「最初から最後まで優しいだけのセックスも。最初から最後まで激しいセックスも。どちらもあなたとなら、私は大好きよ」

「マリーツァは優しすぎるね」

「独りがりではないあなただから、私も気持ちいいの」

「……ありがと」

「こちらこそ、幸せな時間をありがとうだわ」


 そのまま抱きしめると、ただただ幸せな心地よさに包まれる。


「僕ね? もっと、マリーツァのためにいろいろしてあげたい。……マリーツァも、僕に我が侭言ってね?」

「時間はいくらでもあるんだもの。ひとつずつ、ゆっくり伝えるわ」

「うん……」


 髪を撫でてくれる仕草にうっとりしていると、しばらくしてマリーツァが自分のお腹に両手を置いた。


「どこか辛い?」

「そうではなくて……いつか新しい花が芽吹くかしらって」


 そう言うマリーツァは、不安そうでも心配そうでもない。

 今後の楽しみとして願っているのが分かって、ちゅっと彼女の白くて柔らかいお腹にキスを贈り、抱きしめ直す。


「ねえ、アレクセイ……。今、ひとつ我が侭を言っていいかしら」

「うん、いいよ。なんでも言って?」


 僕を見上げた表情は、笑顔ではなく。

 だからって悲しそうでもなく、ただただ穏やか。


「……お願いだから、私よりも先に死んだりしないで。年老いた順に死ぬのが正しいんだもの……あなたも、どうかそれを守ってちょうだい」

「マリーツァ……」

「でもまずは、みんなで一緒に長生きしましょうね」

「うん……はい、約束するよ。僕は貴女よりも長生きするって。正しい順に、一生を過ごすって……」


 それはいつか、僕が貴女を看取るということだ。

 正しいとはいえ、きっと僕は泣いてしまう。

 でも、それでもいつかその時が来たら。貴女が目を閉じるまでは笑顔でいられるように。


「昼間は国王としての仕事を頑張って……夜はこうして貴女を抱きしめて、貴女だけで頭の中をいっぱいにして……好きも愛してるも、たくさん言いたい。貴女の笑顔がもっと見たくて、それから……」

「なあに?」

「……それからね? たくさんキスしたいよ」


 唇に、途中でやめることも、ためらいもなく出来るようになったキス。そんな優しいキスも、欲望のまま貪るようなキスも、たくさんたくさん、数え切れないぐらいに。

 私も、と笑うマリーツァの息がか細い。彼女が眠りに落ちる証拠だ。


「おやすみ、マリーツァ……」

「ええ……また明日……」


 腕枕をしてあげれば、胸元に感じるマリーツァの息。

 徐々に寝息に変わったのを感じながら、僕も幸せを腕に抱きながら目を閉じる。


(我が侭で甘えん坊で、国王ではない僕はてんで駄目な男なのに受け入れてくれて……伴侶として選んでくれて、ありがとう)


 そろっと、僕も彼女のお腹を撫でる。

 ここに注いだ種が、いつか芽吹いてくれればいいなと願うけれど。


(それだけが全てでもないんだ)


 過去は過去として。

 現在が現在として。

 未来を未来として。

 やっと、毎日一緒って言っても本当になった僕の隣で、菫色バイオレットの瞳が愛していると見つめてくれるよう、努めるから。


 そうして貴女のために、僕はこれからも花を贈ろう。

 花言葉を調べて、その時々の僕の気持ちを乗せて。

 言葉でも、花でも、行動でも。僕は一生、貴女への愛を伝えるよ――。

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