秋の空に想う
第32話
「……素晴らしい秋晴れね」
秋も始まったばかりのここ最近、曇りが続いていたぶん、この晴れ間は気持ちいい。
空や木々の色は違っても、まるでグーベルク国を出立した朝のように爽やかだった。
(もう二ヶ月も前の話だなんて、時が経つのは本当にあっという間だわ)
グーベルク国から祖国までの道中は、まったく順調だった。
通り道となった各国で、私はすでにアレクセイの伴侶同然として歓迎され。皆さんが口々にアレクセイを讃え、感謝の言葉を口にした。
聞けば作物の不作が続いた際、いち早く食料を無償で提供してくれたり、病気が流行った時には医師団まで派遣してくれたとのこと。国同士のいざこざが起きたとなれば仲介役として間に入り、とても良い関係性にしてくれたりと、いつだってアレクセイは親身になってくれるのだと言う。
(他国でも愛される国王なのだと、私も誇らしくて……)
グーベルク国滞在中に起きた事件の全容も、正しく伝えられたことにも胸を撫で下ろし。無事帰国してからはすぐ、エマが私の立場を両親に説明してくれた。
そのエマも、今は里帰りではなくお姉様を送り届ける役目で来たのだと、騎士としての態度を一貫させ。改めて陛下とアシュリー様と挨拶に来ると約束し、馬の交換などを行ってすぐに帰国してしまった。
あまりにもエマらしくて両親も苦笑していたけれど、何より驚いたのは私の今後がまったく予想と違った部分。離縁して出戻るはずの長女が、国王陛下の伴侶にと願われての帰国に変わっているんだもの、驚かないはずがなかった。
ほとんど勝手に決めてしまったことを謝罪し、滞在中に起きたことも自分の気持ちも正直に伝え。全ての話を聞き終えた両親は、今度こそ幸せになりなさいと笑顔で私を抱きしめてくれた。
(その後も大騒ぎで……)
私としては大げさにしたくなくても、グーベルク国の国王に
ぜひともご挨拶をという申し出を皮切りに、少しでも懇意にしておきたいという貴族たちから、お茶会や食事会の申し出が山程届いた。
当然お祝いの品も届き、返礼や何やらの対応に明け暮れ。アレクセイにも伝えなくてはとリストを作り、それは花嫁道具のひとつとなった。
「やっと落ち着いてくれたわね」
ゆっくりとお茶を飲む時間を作れるようになったのは、つい最近。
先日は、両親から改めて一度目の結婚に関しての謝罪と、二度目の結婚へのお祝いの言葉をいただいた。
その席で、幸せに水を差すつもりはないがお前も知っておくべきだ……と前置き後、父が教えてくれたこと。
サミュエルから謝罪の手紙が届いていた、と。死刑ではなく、一生、監視付きで暮らすことになった、と。彼はこれから、自分の行いを懺悔して生きていくのだろうと。
アレクセイ陛下もこの件を承知しているし、改めて謝罪の手紙が届いているとも教えてくれた。
(どうか、少しでも安らかな時間を得られますように)
許された命を無駄にしないように。
今、どこにいるかも分からない人だろうとも。二度と会わない人だとしても。
(偽善だと言われても、そう願う気持ちに嘘はないのよ)
残念だったり悲しかったり、あの時もっとああしていれば、こうしていれば。
そんな後悔は今もあって……でも、私はこの道を歩んでいるわ。私が自分で選んだ道なの。誰のせいにも出来ないし、それは誰にもきっと平等なはず。
(自分で認めて、ようやく歩めるのね)
庭で空を見上げて、一息つき。
「さあ、今日の日課を始めましょう」
木の幹にかけておいた
実は二週間ほど前、私にもアレクセイから「準備が整った。今から迎えに行くよ」という内容の手紙が届いた。
単独行動をしているわけではないのだし、馬の歩みはひとり旅と違い遅い。だからといってのんびり旅しているはずもなく、手紙が届いた日から予想するに、数日以内に訪れてくれるはず。
分かってしまえばじっと座って待てなくなり、朝から何度も外に出てはこうして門の向こうを確認していた。
「迎える準備も旅立つ準備も出来ているわ。あとは、あなたが来てくれれば……」
風に乗り、漂ってくる良い香りは金木犀。ダリアは終わり、この花が咲き始める季節になっていた。
「アレクセイも、この香りに気づいているかしら」
私が滞在中、だいぶ花の名前を覚えてくれてはいたけれど。今までまったく興味を持っていなかっただけに、みんな同じに見えてきた……と何がなんだか状態になっていたのを思い出して笑ってしまう。
(アレクセイ = チューヒンというひとりの男性を、もっと幸せにしてあげたいわ)
たくさん癒やして、甘やかしてあげたいの。
その気持ちは、離れてさらに強くなったのよ。
「会えない間、話したいこともたくさん――……?」
正門の向こうに続く道を、こちらに向かってそれはそれはすごい速さで一頭の馬が駆けて来た。
「あれは……」
目を凝らしていると、太陽の光に反射して輝いている髪色は――銀。
急ぎ木を降り正門へ駆けつけると、馬上の人は門番へ必死に何か訴えていた。
「門を開けて……! その人は……彼は、私の夫になる方です!」
門番が慌てて門を開けきる前に、隙間から強引に敷地内へ飛び込んできた人へ飛びつく。
「アレクセイ……!」
「マリーツァ、会いたかった!」
お互いの頬を包みあって、確かめ合う。
これが夢ではないと。現実として、目の前にいるのだと。
「あなた、どうしてっ。ひとりで来たの?」
「まさか! ちゃんと馬車で来たんだけど、この道をあがった所だって聞いたら我慢できなくて。一本道だし、エマがもうここは家の敷地だって言うし馬を走らせたんだ。マリーツァこそ、どうして僕が来たって分かったの?」
「木登りをしていたのよ」
「なんで木登り!?」
「二階の窓からでは、通りの先までは見えないんだもの。登っていて正解だったわ。おかげでこうして、あなたをすぐに見つけられた」
「はー……」
その、ため息でもない声はどういう意味? と、尋ねようとしたのに、
「ほんと貴女って人は……素晴らしい女性だ!」
「きゃ!?」
急に抱き上げられ驚きで両目を見開けば、アレクセイはうっとりと私を見上げた。
「ああ、マリーツァ。貴女の瞳は、今日も美しい
「
再会を喜び合っていると、馬車と騎士団と国旗が近づいてくる。
先頭に見えるのは、間違いなくアシュリーさんとエマ。「おーい!」と手を振っているのも見えて、私も手を振り返した。
それに門番が知らせたのか、屋敷からは両親も駆けてくる。
「父と母よ」
「うっ、緊張する」
「何千人も前にして演説する人が?」
「それとこれとは別だよっ。アシュリーもこの国に入ったぐらいから、ずーっとやばいしか言ってないんだ」
「ふふっ、初めての挨拶だとそうなるのね」
「うん。でも、君を迎えに来たって。僕の伴侶にってちゃんとお願いするから……隣で見てて」
「ええ」
彼は自ら両親へ近づくと、うやうやしくお辞儀をし。
「始めまして。
一度私を見て、笑顔を浮かべ。
「マリーツァを誰よりも愛する男です」
私の手を取り、そう宣言してくれた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます