第30話 交渉当日
「えっと、アピールポイントはこれでいいかな?」
「はい、特に貴国の環境や風土、産業に合わせて最大限の効果を発揮するようにチューニングしたことを強調してもらえればと……」
「よしよし、わかったぞ。あと、細かい技術的な説明は頼んだよ」
「はい、お任せください」
翌日、ついに他国との魔導具の取引の日がやって来た。主に他国との交渉などに使われる魔法技術省内の貴賓室には子供くらいの大きさの四角い箱型の魔導具が運び込まれ、その脇で資料片手にテオドールさんが上役の男に魔導具についての説明をしていた。どこかで見たことがあるなと思ったら、カミーユさんと口論していた男か……。
交渉時に何かあるとは考えづらいが、一応警戒するに越したことはないだろうと気を引き締めていると、
「あんまり緊張しなくていいわよ。相手の国との関係は良好だし、今のところ他の国の変な動きも見られないしね」
肩を叩かれ振り返ると、そこにはいつものメイド服とは違いフォーマルなドレス姿のミアが立っていた。いつもの姿とのギャップに戸惑っていると、
「あら、私のドレス姿に見惚れちゃった? ふふーん、私もいつでもメイド服ってわけじゃないのよ。こういう公式の場くらいちゃんとおしゃれするんですからね。……ちょっと、何か褒め言葉とかないわけ?」
「えっ? いや、その、いいと思う……けど」
自分でも嫌になるくらい気の利いたことを言えなくて死にたくなった。でも、無理だよ! ただでさえいつもと違う雰囲気でドキドキしてるのに、今までろくに女の子と付き合いがなかった俺にいきなり気の利いたこと言えだなんて!
「まぁ、いいわ。ちゃんと刺さってるみたいだから許してあげましょう。それはいいとして……ねぇ、ちょっとどうしたのよあれ?」
ミアが指差した先にはいつもと同じ聖女服を着た聖女様が居た。テーブルに座り、不機嫌そうにボリボリとお茶菓子の高級そうなクッキーを食べ、こちらと目が合うとふいと露骨に逸らされてしまった。
「何かあったの? あったならなるべく早めに解決しといてほしいんだけど? 他国とか国内でのごたごたより何よりも一番厄介なのが、あの子の暴走なんだからね?」
「うっ……」
ミアに詰められて言葉に詰まる。他国との交渉の場で暴走されたら堪らないし、今の内に少しでも関係を修復するために行動しておいた方がいいのはわかっているのだが、
「いや、別に。何でもないよ……」
自分でも驚くほど子供じみた言葉が出てきてしまい、自己嫌悪に陥る。一体何をやってるんだ俺は? 聖女様を守り補助するための付き人としてのプロ意識はどこにいったんだ? だが、どうしても譲れない何かのせいで床に貼り付いたように足が重く、そこから一歩も動くことができなかった。
「うーん、色々言いたいことはあるけれど、今から機嫌直せって言ったってさすがに無理だろうし……。とにかく、もし何かあったらちゃんと責任取ってセシルの暴走止めてもらうわよ」
「ああ、わかったよ」
心に迷いはあるものの、その力強さにミアが驚いたように目を丸くするほど、この言葉だけはすんなりと出てきた。そうだ、聖女様をお助けしたいという気持ちだけは本物なんだと改めて想い、拳を強く握りしめた。
「よし、ならいいわ。じゃあ、そろそろ時間だし行きましょうか」
ガチャッ。
「いやいやどうも、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
ミアの言葉とほぼ同じタイミングで、貴賓室の扉が開いた。相手の国の要人と技術者らしき男たちが笑顔で部屋に入ってくる。彼らを見て、俺とミアは驚きのあまり絶句した。慌てて聖女様を見ると、まるで宝物のおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせて笑っていた。
こうして今、絶望の扉が開かれたのだった……。
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