第2話 生命を宿す舵輪
抵抗してもこいつの膂力には敵わないことを悟った。それでも諦めたくない。こんな所でむざむざと殺されてたまるか。
振り子の全身をばたつかせ、脚を鞭のようにしならせてから胸骨の剣状突起やや下。鳩尾の的を目がけ思いっ切り蹴り上げてやった。
「ッ─、てんめえ…俺と喧嘩しようってのか」
ゴロツキは血相を変えた。
藻掻く反動でフードがはらりと髪の毛をくしけずるように捲れてしまった。
「ガキかと思ったら女じゃねえか。おい、お前臭えぞ。最後に垢を落としたのはいつだ」
錆でボロボロの年式落ちのゴーグルを額に付ける白髪のボサつき頭だが、眼はただ者ではなかった。歴戦を潜り抜けてきた野獣の目付き。
「女にそんなデリカシーのないこと聞くヤツ初めて。ガサツなんだね。
おどけてみせても誤魔化せないはったりに口角は釣り上がり、顳かみから冷や汗が滲む。
つま先を吹き抜ける風。ダストの下から地獄への静けさが皮膚を撫でる。何食わぬ顔で寝床にしていたダストが腕一本に生殺与奪の権利を握られている。
その生々しい静寂から死に直面したことを知った。
途端に怖くなった。
本気で死ぬんだ。
殺されるってこんなに息が詰まるものなの。
飢えに耐えては凌いだ。たくさんの大人たちに目を付けられてもやり過ごしてきた。雨に濡れても傘ひとつ差し出してもらえず。それでも私は挫けなかった。腐った掃き溜めで希望を捨てなかった。
故郷さえ亡くならなければ普通に暮らせたはずの私の運命はついにここで終わる。報われなかった寂しさと情けなさで怒りが湧き、金切り声を震わせると涙が溢れた。
「殺してみろよ!!私は医者なんだ!!どんなに星を渡っても、私の医療が正しいって証明してみせるんだ、かならず、救うんだ、私の手で、ぜんぶ」
─その瞬間、船がかすかに揺れた。
次第に揺れは波を増す。ゴロツキの足元がふらついておぼつかないほどに。それは地震の揺れとは似て非なるもの。鉄の塊がコンパスのように遠心力を伝い揺れるのだ。
「おい、ウル!本気で殺りはしねぇよ。だが船に侵入したのは事実だ。船乗りとして許す訳にはいかない」
彼の焦りに、ぼやけた視界にかろうじてコックピットを捉えた。誰も居ないはずの操縦席にたしかに”彼女はいる“。
銀髪の美しい長髪。人形のような端正なお顔。特殊な生命維持装置のカプセルに保護用の見慣れないスーツを着用し、培養液に浸されていた。
培養液の気泡が下から上に流動して警告らしきランプが依然として点滅中。胸元に繋がれ張り巡らされた管がたゆたい、棺の中で時が止まったように眠るお姫様が涙越しにキラキラと光る。今までの星渡りで一番綺麗な光景だ。
見惚れていた矢先、乱暴になんの配慮もなく緩衝材が山積みのデッドスペースへ投げられた。
「いった、何すんのよ!」
「この船の
ゴロツキのパイロットコードの胸元は
『ブルー・ザ・キッド』と鈍い金属の一閃を放つ。
とんでもない奴の船に忍び込んでしまった後悔は時すでし遅し。なぜなら彼こそがふくろう星雲の撃墜王───
銀河最速の弾丸なのだから。
キノスラの心臓外科医 灘 粋美 @suivi
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